異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

280話 泳がせて釣り上げる -4-

公開日時: 2021年7月13日(火) 20:01
文字数:4,015

「あ、あたい……も、もう、可愛いとか、もう……うぅ……っ!」

「何があった?」

 

 エステラたちのもとを離れてマーシャたちがいる場所へ戻ると、デリアが地面に蹲ってうにゃうにゃ頭を抱えて面白い感じになっていた。

 

「それはねぇ~、ヤシロ君が『可愛いデリア』とか言ったからだよ~☆」

 

 あぁ、それでか。

 いや、でもあれは必要なことだったんだよ。

 

「デリア」

「ぅにゃう!?」

 

 ネコか。

 ネコ科か。

 ネコ化か?

 

 照れているところ悪いが、ちょっとふざけていられない状況になりそうなので、声を潜めてデリアに耳打ちをする。

 

「早ければ今日か明日にも動きがあるかもしれない」

「……ん」

 

 デリアの顔から照れが消え、真剣な表情が俺を見上げる。

 

「また無茶を言うが、頼んだぞ」

「あぁ、任せとけ。あたいは、あたいが出来るところでみんなを守る」

 

 マーシャの件で役に立てなかったと落ち込んでいたデリアには、デリアにしか出来ないことを頼んである。

 偶然が重なって、デリアが適任になったのは運命のイタズラか、日頃の行いの賜か。

 

「だが、無茶はしなくていい。危ないと思ったらすぐに逃げ出せ」

「うん。けど、やってやる」

 

 デリアは責任感が強過ぎるので若干心配だ。

 ……ちらりと、ノーマを見ると「しょうがないさね」とため息を吐いて肩をすくめられた。

 引き受けてくれるらしい。

 

 やっぱりいいヤツだなぁ、ノーマ。

 

 もしかして、おっぱいが見たくて見たくて仕方ない時にちらりと視線を向ければ「しょうがないさねぇ」って見せてくれたり――っ!?

 

「しないさよ!?」

「俺、何も言ってないのに!?」

「全部顔に書いてあったさね!」

 

 マジで!?

 じゃあ今度はちょっとエロいイラストとか詳細に思い浮かべてみようかな。

 もしかしたらそれも顔に描かれるかもしれないし!

 それをベッコに模写させて……

 

「ヤシロ様」

 

 俺が、顔面ライトノベル化計画について真剣に頭を捻っていると、背後からナタリアがぬっと現れた。

 びっくりした。

 俺、一人で森にいたら、今の瞬間チビってた。

 

「……普通に来いよ」

「いえ、一応人目を忍んでおりますので」

 

 言われてみれば、領主たちのいる方から見れば、俺の陰に隠れるような位置取りだ。

 

「エステラ様が拗ねて煩わしいので、先ほどの行動の真意を伺いに来ました」

「式典が終わるまで待てなかったのかよ、あいつは……」

「緊急事態の詳細を知らされなかった辺りから拗ね始めておりましたので」

「しょうがないだろうが、胡散臭いヤツがそばにべったりくっついてるんだから」

「『そういうことだって分かってるけどさぁ……でもさぁ、もうちょっと何かあってもさぁ……いじいじ』だそうです」

「お前はモノマネもうまいんだな。適度に小馬鹿にした感じが滲み出ていて面白かったよ」

 

 まぁ、ただでさえ今回はジネットたちと別行動で領主の相手なんて面倒くさいことをやらされているのだ、それで仲間外れっぽいことをされたら拗ねるよな、エステラなら。

 

「式典が終わったら、ジネットが好きなケーキを『あ~ん』してくれる権をやるからもうちょっと我慢しろと伝えといてくれ」

「よくも瞬時にエステラ様が確実に食いつくであろうエサが思い浮かびますね」

 

 まぁ、そこそこ付き合いも長いしな。

 

「頼めるか、ジネット?」

「はい。わたしでよければ、いくらでも」

「では、私もついでに」

「……マグダも」

「じゃあ、あたしもお願いしたいです!」

「はいは~い、私も~☆」

「あ、あの、そんなに大勢は、一度には、その……」

「『無理だボケ』って言っていいんだぞ」

「そんなことは……」

 

 ナタリアの悪ふざけに、ここぞとばかりに乗っかるな。

 ジネットが困ってんだろうが。

 

「では、そのご褒美を突きつけて黙らせてきます」

「あぁ。ついでに、俺のことが気に入らない風を装っておくように言っておいてくれ」

「それでしたら大丈夫だと思います」

 

 ナタリアがこともなげに言う。

 

「さっきから、小さい悪口をずっと言っていましたから」

「ほほぅ……あとで詳細聞かせてもらおうか」

「あの、ヤシロさん……きっとエステラさんはお一人で寂しいんだと思いますよ? ですから、ね?」

 

 寂しかろうと、俺の悪口を言っていい理由にはなるまい。

 えぇい、腹立たしい。

 落ち着くために地べたにでも座ってやろうかな。

 

「ぺったんこ! あぁ、間違えた。よっこいしょ!」

「そんな間違いがあるかっ!」

 

 座る時の掛け声を間違えたら非難が飛んできた。

 エステライヤーは地獄耳か。

 

「……仲良くしか見えませんよ、お二人は」

「さね」

「ですね」

「……ヤシロだから仕方ない」

 

 ナタリアとノーマと、一人飛ばしてマグダが酷いことを言う。

 

「あれ? なんか今、あたし飛ばされた気がしたです!? 視線で分かるですよ、そーゆーの!」

 

 ロレッタが俺の視界に割り込んでくる。

 えぇい、腕をばさばさするな。バスケットのディフェンスか。煩わしい。

 

「では、そろそろ戻ります。この後は着工式だけですので、終わり次第速やかに退散いたしましょう」

 

 手早く言って、ナタリアが気配を消してエステラのもとへと帰っていく。

 すげぇ。目でずっと追ってるのに、一瞬見失いかけた。

 

 

 ざわついていた空気が徐々に落ち着いてくる。

 領主が多いからな、いつまでも引き摺ることはないのだろう。

 下手に誰かを突くと自分に火の粉が飛んでくるなんてことはよくあることだ。

 

「メドラ、大丈夫か?」

「あぁ。こういう役は割と慣れてるからね」

「悪いな」

「言いっこなしだよ、ダーリン。泥を被るべき汚点は、確かにアタシらにあった。それを雪ぐ機会をもらったって、アタシは思ってるくらいさ」

 

 狩猟ギルドがミスをした。

 そんな雰囲気を前面に押し出した。

 メドラたちのプライドを傷付ける行為だが、よく許してくれたものだ。

 

「それに、分かってくれる人が分かってくれてりゃそれでいいのさ、アタシはね」

 

 ウーマロたちだって、それで苦難の時を乗り切ろうとした。

 それでも、心ってのはどうしても摩耗してしまうものだ。

 

「大捕り物の時には、盛大な活躍を期待しているからな」

「……仕掛けるのかい?」

「まだまだ先の話だ。決行するかどうかも分からん」

 

 他区の領主に攻撃を仕掛けるってのは、それだけで区全体を巻き込む大事になりかねない。

 四十二区はもちろん、三十区に住む領民の生活が破綻するなんてことは避けるべきだ。

 

 うまいこと首だけを斬り落とせればいいが、ヤツは立ち回りがうまいらしいからな。

 クラスの悪ガキの傍若無人を、先生に言いつけてやめさせてやる~、と思ったらその先生が悪ガキの味方だった。そんなことにもなりかねない。

 傍若無人な同じ立ち位置の悪ガキに加え、上位の立場の人間から圧力をかけられれば屈するしかなくなることもある。

 

 エステラには、まだまだそんな重荷は負わせられない。

 

「だが、向こうが仕掛けてきたら容赦なく潰す。こっちが致命傷を負うことになっても、確実に息の根を止めてやる」

 

 そうならないように、事前に釘は刺しておくつもりだが。

 

「でも結局のところは、『これ以上足を引っ張るな』って睨みを利かせるくらいしか出来ないだろうな。領主の首を挿げ替えるなんて、俺らには出来ないんだし」

「まぁね。領主をやめさせたり就任させたりするのは王族の権限だからね」

 

 領主は『家』でなる。

 エステラが父親から領主を引き継ぐのは『家』の権限で自由に出来る。もちろん、領主変更の手続きは必要だが。それでも領主代行なんてことを自由に出来るだけの権限は有している。

 ドニスの二十四区のように『家』の括りから逸脱する場合は、きちんと手順を踏んで報告と手続きをする必要があるらしい。親から子ではないからな、あそこは。

 血縁者ではあるが、次期領主候補のフィルマンは、現領主ドニスの甥にあたる。

『家』を逸脱するのは、血縁関係であっても王族の許可がいるのだ。

 

 無論、女領主が婿を取る場合も、王族のチェックが入る。

 反王族勢力の者が、王族に従属するはずの領主の座に就くなんてことがあってはならないからな。

 

 よって、ウィシャートが邪魔だから別の領主に変えてやれ~、なんてことは俺たちの権限をはるかに越えることなので不可能なのだ。

 出来たとしても、現領主を再起不能にして追い落とすところまでが精々。

 それをしても、その後領主になるのは現領主の息子か娘だ。

 父を追い落とした四十二区に対し、友好的になるとは思えない。どう転んでも関係は悪化する。

 

 それでは意味がないのだ。

 

「ヤツは直接動かない。だが、間接的に関与はしてくる、絶対に」

 

 あぁいうタイプは面子を何よりも気にするからな。

 何かする度にしゃしゃり出てくる俺のようなタイプを野放しには出来ないだろう。

 

 今日俺は、二度ヤツの面子を潰した。

 仏様だって三回までしか笑って許してくれないのだ。

 器の小さいオッサンがそれよりも広い心を持っているとは考えられない。

 

 三度目はない。

 そう思ってるだろうな。

 

「釘を刺してくるってのかい?」

「あぁ。釘の刺し合いだな。どっちが深く突き刺せるかの勝負だ」

 

 縄張り争いみたいなもんだ。

「ここから先に踏み入れば容赦しないぞ」という威嚇行為だ。

 ちょっと暴力的な団体にたとえるならば、手を出すと報復に次ぐ報復から組を挙げての抗争に発展してしまうため、そうならないために「あ? やんのかコラ?」「お? ドツくぞワレ?」と言い合っている状態だな。

 見るからに危なそうな風貌に、目に余る傍若無人な振る舞いも、裏を返せば争いを未然に防ぐための威嚇行為だと言える。

「俺らに手を出したらただじゃ済まないぞ」と分かりやすく見せつけることが自衛に繋がることもある。……逆効果になる時もあるけどな。

 

「あんまり、無茶をするんじゃないよ」

 

 メドラが心配そうな顔で言う。

 あぁ、分かってる。

 

「我が身が一番かわいいもんな」

「うん! ダーリンが一番かわいいっ!」

「そーゆーこっちゃねぇよ!」

 

 

 俺の身に迫る一番の危険はお前だからな、メドラ!?

 自覚して、その上で自重して!

 

 どんな威嚇も牽制も、こいつには通用しないんだよなぁ、なんでか。

 

 

 

 

 

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