『BU』の七領主が揃ってぽかんとした表情になる。
ハトが豆鉄砲を喰らったような、とはまさにこのことだな。
「『俺を信じるかどうか』ってのでやると、どうにも賛成しにくいんだろ? だからよ、『とりあえず話を聞くために、今この場所でだけなら信じてやってもいい』ってのでどうだ?」
そんな提案を、ゲラーシーへと託す。
さぁ、決めろ。判断しろ。
『BU』の代表として結論を出せ――お前、一人で。
「いいだろう」
『多数決をする』ことを、『多数決をせずに決めた』ゲラーシー。
俺はここで、もう一度微かな笑みを浮かべておく。
俺の笑みに気が付いたのか、ゲラーシーは急いで言葉を追加する。
「無論、不満がある者がいるのであれば、それも多数決で決めたいと思う。不満のある者は発言をしてほしい」
だが、この状況で不満を言う者はいないだろう。
気に入らなければ、多数決で反対すればいいのだ。
『オオバヤシロを信用しない』と。……ま、それも出来やしないだろうがな。
「……反論はないようだな。では、改めて――あの者の発言を、今日、この場所に限り信用してもよいと思うものは挙手を!」
ザッ……と、四本の腕が上がる。
ゲラーシー、ドニス、トレーシー、そしてドニスから逃れたい一心の二十五区の領主。
賛成多数だ。
「たしか『BU』の多数決は絶対なんだよな? なら、今手を上げなかった三人の領主も、俺の発言を信用してくれるってことでいいんだな?」
「くどいぞ」
そりゃそうさ。
くどいくらいに念を押しておかなきゃ、お前らあとで騒ぐじゃねぇか。
「早く話せ!」
ゲラーシーは知りたくて仕方ないのだ。
いや、知らせたくて仕方ないのだ。真実を。自分に過失がないことを。裏で繋がってなどいないということを。
銀髪の給仕長が下がり、俺は、七領主の前に立ってゆっくりと話を始める。
まずは、招待状を出した相手について。
「これは、二十九区にいる、ある貴族から送られた招待状だ。『相談したいことがあるから、ぜひ来てほしい』とな」
俺宛てに届いたその招待状を開いて見せる。
差出人の名前がはっきりと見えるようにして。
「マーゥル・エーリン。その人が、こいつの差出人だ」
「……姉上」
ゲラーシーが唇を噛み、他の領主たちが眉根を寄せ、ドニスがそっとまぶたを閉じた。
ドニスだけは何を考えてるのかが読めないが、他の連中の反応はほぼ想像通りだ。
さっきのやりとりで、『俺とゲラーシーが裏で繋がっているのではないか』という疑念が脳に刻み込まれている領主たちは、今、こう思っているはずだ。
『やはりか』と。
ただし、他の領主連中と立場が違うゲラーシーだけは違うことを考えている。
『ほら見ろ、俺は無実じゃないか』と。
だからこそ――
「まったく。姉上にも困ったものだ! 私に内緒で、そのような勝手な真似を……まぁ、僻地に追いやられ我が家のことには一切の口出しも出来なくなった哀れな人ゆえ、今回の話に関して何一つ知らせてはいない。それが裏目に出てしまったのだ。今現在、我が区が置かれている状況をまるで理解していないとは……間の悪いことこの上ない」
――そんな、言い訳にしか聞こえないことをぺらぺらと連ねてしまうのだ。
本人は勝ち誇っているつもりなのだが、人間は見たいものを見ようとする性質を持っている。
アンコウという魚は、少々変わった捌き方をする。器具にぶら下げて、腹に大量の水を含ませて、吊り下げたまま捌いていくのだが――
もしジネットがアンコウを捌いていたら「そんな捌き方するんだ」と感心するだろう。
しかし、それをアッスントやウッセのような、料理も出来ないような信用もないオッサンがやっていたら「食い物で遊ぶんじゃねぇよ」と反感を覚えるだろう。
人の脳は先入観と思い込みで、実際に目の前で繰り広げられている真実をも捻じ曲げてしまう生き物なのだ。
自身の潔白を信じて疑わないゲラーシーが、己の潔白を証明したと勝ち誇って大々的にアピールしたその言葉は、疑念を抱く者の目には『必死に言い訳を繰り返す見苦しい姿』に映るのだ。
さて、ゲラーシーへ疑念が集まっているところで、さらに追い打ちをかけてやるか。
「マーゥル・エーリンは、ここ数日ストーカーに悩まされていたんだ」
「ストーカーだと?」
声を上げたのはドニスだった。
発言したのが俺だったので、つい問いかけてしまったのだろう。以前ならそんなミスは犯さなかっただろうが、俺に慣れちまったんだろうな『宴』の席で。うっかりってやつだ。
慌てて澄まし顔を作っている。フォロー代わりに、スルーして話を先に進めてやるよ。
「あぁ。ここ数日、マーゥル・エーリンの館の付近を不審な者がうろついていたようだ。まるで監視でもされているかのように、嫌な視線を感じているとも言っていた」
そこまで言うと、領主たちは合点がいったようだ。
マーゥル自身が言っていたように、与しやすい(と思われている)マーゥルには監視が付いていた。余計なことをしでかさないように。
それをストーカーだと勘違いしたのだ……と、連中は思い込んでくれただろう。実際はそんなことはないのだが、監視されていたってのは事実だ。嘘ではない。
「そこで、誰か頼りになりそうな男に警護をしてほしいと思い立った。だが、マーゥル・エーリンには、こういう時に頼れる男がいなかった。ストーカーの正体が分からない以上、二十九区内の貴族に兵を借りることも怖かった」
実際、監視していたのはゲラーシーのところの兵なのだから、頼れないというマーゥルの証言には信憑性が生まれる。――あくまで、領主どもの中では。
「マーゥルは、監視していたのがゲラーシーのとこの兵だと知らない設定なのに、ゲラーシーには頼れないって思ったの?」なんて細かいところを突っ込んでくるヤツはいない。
人間の頭は、自分と他複数の人間が知っている事実は、第三者も当然知っているはずだと思ってしまう傾向が強い。周知の誤認だ。
そんなことよりも。
今は『ゲラーシーの姉が、オオバヤシロを引き込んだ』という疑念の方が大きいはずだ。
「そこで、既知の関係にあった俺が、臨時の私兵として雇われたんだ」
誰かがため息を漏らした。
苛立ちがはっきりと感じ取れる、重々しいため息だ。
その苛立ちが向けられているのは、俺じゃない。ゲラーシーだ。
面倒ごとを引き込んだ者の身内として。
いや……回りくどい言い訳を俺にさせている黒幕として、かもしれない。
その流れを、加速させてやる。
疑念は、さらなる疑いを匂わせてやるだけで途端に大きく膨れ上がる。
「しかし助かったぜ。いくら招待状を持っているとはいえ、いきなりこの館へ来て『入れてくれ』つっても、あっちの銀髪Eカップに門前払いされちまうだろ?」
ゲラーシーの後ろへと移動していた給仕長が咄嗟に胸を隠して俺を睨んでくる。
恥じらいは持ってるんだな。能面みたいな顔してても。
「偶然にも『二十九区内にいる貴族は私兵を差し出せ』ってお触れが来ててよ」
領主たちが、一斉にゲラーシーを見る。
皆一様に眉がつり上がっている。中には、唇をわなわなさせているおっさんもいる。
「なので、マーゥル・エーリンの館の私兵として、ここの警備に駆り出されたのさ。『複数の領主と面識があり幾度となく交流を重ねた』という自己紹介をしたら、この部屋に配備してくれたぜ、あんたの部下がな」
館の警備に来る私兵は、貴族から借り受けたものだ。身辺調査のようなものまでは行われない。どの貴族も、不祥事をやらかすような人物は送ってこないからな、普通は。
なので、貴族からの紹介状があれば、あの銀髪給仕長のチェックはパス出来る。
何十人もいる兵の配置を決めるのはその部下に任される。
給仕長は、領主を迎える準備に全力を注がなければいけないので、書類のチェックをして、あとは部下に任せる。それがいつものやり方だ――と、マーゥルに教わった。その通りだったぜ。
実際、俺はトレーシーにドニス、それから四十二区から三十五区まですべての領主と面識があるし、直に話をして、商談まで持ちかけたことがある。信頼だって厚いさ。な、エステラ?
『精霊の審判』にかけられても問題はなかった。その余裕がよかったのだろう。俺の言葉は信頼され、この部屋の警備に加わった。
体格には恵まれてないから、とか言って顔のほとんどが隠れる物々しい兜とか被ったりしてな。
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