「ほいよ。ざっと思いつくままに書いてみたぞ」
「早いね。どれ……」
俺のまとめた競技案一覧に目を通すエステラ。
陽だまり亭でも競技について軽く話したが、一覧には競技名の横に簡単なルールを記してある。
それを見つめ、何が面白いのか、エステラの口角が緩む。
「わざわざ不利になるような状況下で速度を競うものが多いんだね」
「不利に?」
「だってほら、二人の足を縛って走るとか、コースに障害物があるとか」
二人三脚に障害物競走。確かに、普通に走る徒競走と比べれば、走りの邪魔になることをあえてやらせる競技ではあるか。そんな視点で見たことはないけれど、わざわざ不利な状況下で競わせるってのはそうかもしれないな。
「この騎馬戦なんていうのも、一人で戦った方が動きやすいのに四人一組だしさ。この中で分かりやすいのは綱引きだね。逆に借り物競走っていうのは、一切理解が及ばないよ。どういうことなの、これ?」
借り物競走の説明には、『コースの途中で指令書を拾い、指示された物を借りてきてゴールする』と書いておいた。簡潔に分かりやすく書けたと思ったのだが、エステラには伝わらなかったようだ。
「とにかくやってみようか。準備の期間を設けるとして……明後日でどうかな?」
運動会の準備に、そこまで時間をかけるつもりはない。
遅くとも、十日以内には開催するつもりだ。……街中がそわそわして落ち着かないからな。さっさと終わらせて日常に戻さなければ。
……領民全員、小学生か。行事直前にわくわくしやがって。
「よし! じゃあ明日だな!」
「話聞いてたかいね、デリア!? 明後日さよ!」
「ノーマが準備を急げば、明日までに間に合うだろ?」
「なら、あんたらも手伝いなね!」
「よし! あたいが陽だまり亭の手伝いをするから、ヤシロ、ノーマを手伝ってやってくれ!」
「あらあら。見事な適材適所ですね」
ベルティーナがデリアの無茶ぶりをくすくす笑って見ている。
何気に、デリアに甘くないか、ベルティーナ? ガキの面倒をよく見ているからか? 言葉遣いとか、あんまり注意しないんだよなぁ、デリアには。
そんな疑問を簡潔にぶつけてみると――
「デリアさんの言葉には、悪意は感じられませんので。敬語は、何よりも相手を敬う心が言葉に表れているか、それが重要なのだと私は思います」
――だそうだ。
ま、俺も注意されなくなったしな。心が重要ねぇ。気構えとか心づもりって、無料でなんとでも言えるから便利なもんだ。
で、ここ最近一番注意を受けているバルバラは……まぁ、相手を敬う気持ちなんか持ち合わせちゃいないんだろうな。あいつの考えていることは、如何に自分の意見を押し通すかってことくらいだしな。
教育に時間がかかりそうだ。
「ちなみにノーマ。こういう構造の――ライン引きっつぅんだけど――こういうのって、金物ギルドの連中に頼んだらどれくらいで作れると思う?」
石灰で白線を引くライン引きの構造を紙に描いてノーマに見せる。
途端にノーマの瞳がきらりと輝く。
「アタシが本気を出せば徹夜で終わるさよ!」
「お前じゃなくて、他の連中が作ったら、だよ!」
「他の連中には任せておけないさね! こういうのはアタシが……!」
「お前は今から俺と小道具作りに行くんだよ!」
「略したら『こづくり』やなぁ~!」
「おい、誰か! 今ここの前を通過していった薬剤師を捕まえて深ぁ~い穴の底に埋めてきてくれ!」
あいつのエロへの嗅覚は一体どうなってるんだ。
最早超能力だろ、あれ。
「アタシがやりゃあ朝までに出来るさけど……他の連中に任せると明日の夜くらいまではかかりそうさね。アタシがやりゃあ朝までには出来るさけどね!」
「んじゃあ、男衆に依頼しておいてくれ」
プレ大会は別に石灰を引くほどのことではない。
地面に枝か石で線を引いておけばいい。
「じゃあ、アッスント。長いロープとU字の鉄杭を用意してくれるか? あと巻き尺があればそれを」
「承りました」
「巻き尺なら、オイラがいいヤツを持ってるッスよ」
「んじゃ、貸してくれ」
「ウーマロさん。商売の邪魔をされては困ります」
「いや、アッスント。ボクとしては、予算はなるべく抑えたいんだよ。協力してよ」
不満そうなアッスントの後ろで不満そうにエステラがむくれる。
確かに、巻き尺なんかそうそう使わないからな、俺は。必要があればウーマロを呼ぶし。
「それじゃ、準備にかかるか」
結局、会議らしい会議は出来ずに解散となった。
とはいえ、エステラやナタリア、ノーマたちは俺と一緒に東側に行くことになるのだが。
「会場は、東側にある空き地を利用するよ。あそこなら、数日間占拠しても問題ないし、道具を置きっ放しにしても大丈夫だから」
立地的に活用しにくい空き地があるというので、そこを競技場として借り受けた。
通る路地こそ異なるが、場所でいうと監獄のそばだ。
監獄や領主の館が比較的近くにある関係で、あまり一般領民には開放しにくい場所という理由があり、現在まで店も住宅も建っていないのだそうだ。
あんな、囚人もいないような監獄、そばにあろうが問題なんか起きないだろうに。
多目的会館を出て、教会へ向かう道すがら、設営案の図面をもとにウーマロとざっくり打ち合わせをして、設営に必要なものを口頭で告げておく。
あとはウーマロのセンスでどうとでも料理してくれればいい。
「観客席が欲しいッスね」
「何人来るかも分からんから、地べたに敷物で十分だよ」
自由参加ではあるが、四十二区民全員が選手なのだ。
『選手=観客』なので、わざわざ観客席など必要ない。自軍の陣地に座って、そこを応援席にすればいい。
「でも、シスターやお年を召した方たちもいるッスし」
「なに? 『シスターがお年を召している』って?」
「……ウーマロさん?」
「ち、ちちち、違うッス! シスター『や』お年を召した方たちッス! ムムお婆さんやゼルマル先輩たちのことッス!」
ベルティーナに睨まれ、ウーマロが命がけの弁明を行う。
……つか、なんだよ、『ゼルマル先輩』って。
「ゼルマル先輩はその昔、腕のいい職人だったんッスよ」
「大工だったのか?」
「家具を作っていたらしいッス。けど、領主の館の建築には参加してたみたいッスから、大工仕事もこなせるんッスよねぇ、きっと」
などと、敬うようなことを言う。
「お前の方が上だろう、技術も、知名度も」
「いやいや! 何言ってるッスか、ヤシロさん! 経験は、何物にも代えがたい財産ッス! 職人として過ごした時間は、ゼルマル先輩が生きている間は何があろうと追い抜けないッスから、それだけで十分尊敬に値するッス」
「でも、もうすぐぽっくりいくだろ、あの爺さん」
「ヤシロさん!? 怒られるッスよ!?」
聞けば、陽だまり亭で顔を合わせるうちに意気投合して、技術の継承とかしてもらっているらしい。
ジジイの昔話なんて、聞くだけでも苦痛だろうに。
ウーマロって、どんなに名声を得ても、貪欲に新しい技術を欲しているんだなぁ。
「んじゃあ、いくつか観客席も設けておくか」
「そうッスね。ヤシロさんのやることッスし、いきなりとんでもないVIPが見に来るとか、普通にありそうッスからね」
呼びもしないのに勝手にやって来るようなヤツをVIP扱いしてやる必要はねぇよ。
……つか、そういうことを言うなよなぁ。マジで来そうなヤツが何人かいるんだから。フラグになるだろうが。
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