「うっま!? さらに美味しなったんちゃう、これ?」
揚げナスカレーを口に運び、レジーナが口元を押さえながら目を丸くする。
一丁前に口元を隠している。普段は上品さの欠片もないくせに。
「やめてんか、ウチの体内覗き込もうとするん」
「口の中なんか見ようとしてねぇわ」
「えいゆーしゃ、あーん!」
「食ってる時に口開けるな、テレサ。あと、口の中フェチじゃねぇから、俺」
レジーナのせいで、テレサの教育に悪影響が出た。
一回隔離施設かどっかで性格矯正してもらってこい、お前は。
「テレサさん。お食事中におしゃべりする時は、口の中の物がなくなってからですよ。そうでない場合は、レジーナ先生のように手で口元を隠すのがマナーですよ」
「はい!」
カンパニュラに指摘され、手で口元を隠して返事をするテレサ。
出来る娘ではあるのだが、最近は少し甘える素振りを見せるようにもなっていた。
特に、カンパニュラには甘えているようだ。
「テレサのヤツ、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいんだろうな」
「いや、おるやん。お姉ちゃん」
「『ちゃんとした』お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいんだろうな」
「酷いですよ、ヤシロさん」
そろそろ、バルバラを姉だと認めたくなくなる年頃かと思ってな。
まだか? まだなのか、そうかぁ。
ジネットの予想は的中し、俺たちが飯を食っている間、新規の客はやって来なかった。
とっくに飯を食い終わっている大工どもが、食後のコーヒーをちびちび飲みながら、美女の食事風景を眺めているばかりだ。
……金取るぞ、お前ら。
「あいつら、いつの間にコーヒーを飲むようになったんだ?」
「最近、少しずつ増えているんですよ。クーポン券のおかげですね」
リボーンにコーヒー無料券を付けたところ、結構利用者がいたようだ。
最初こそ受け入れられなかったコーヒーだが、数日経つと「あれ、またちょっと飲みたいかも?」みたいな客が増え、ジネットが飲みやすい飲み方を教えてやったところ、徐々にではあるがコーヒーの売り上げが伸びてきたらしい。
見れば、大工どもの飲んでいるコーヒーにはミルクがたっぷりと入っているようだ。シュガーポットが傍にあるところを見ると、きっと砂糖もわんさか入っているのだろう。
俺は逆に飲めない仕様だな、甘過ぎて。
「最近は、ロレッタさんも飲まれるようになりましたしね」
ロレッタはコーヒーを伝授されて以降、「本物の味を舌で覚えるです!」とか言ってコーヒーを飲むようになっていたんだよな。
最初こそ、無理やり飲んでいた感が拭えなかったが、最近では割と普通に飲むようになっている。
「マグダさんは、まだちょっと苦手みたいですけれど」
くすくすと、口元を隠して笑い、ちらりと厨房の先――浴場の方へ視線を向けるジネット。
まだ出てこないから大丈夫だよ。
俺やジネットに続いてロレッタまでコーヒーを飲むようになって、マグダもコーヒーを飲もうとするのだが、まだまだ苦手らしく、毎回尻尾がえらいことになっている。嫌いな物に触れると、マグダの尻尾は太くなるからな。「ぼんっ!」って。
カフェオレは飲めるようになったようだし、そのうちコーヒーにも慣れるだろう。
そんな無理して飲むようなもんでもないしな。
とはいえ、コーヒー人口が増えることを、ジネットは嬉しく思っているようだ。
祖父さんの知り合いは、みんなコーヒーが好きだったしな。自分が少し祖父さんに近付いた気にでもなっているのだろう。
とにかく、お揃いや一緒が好きなヤツだから。
「そういえば、どうでしたか?」
「ん?」
スプーンを置き、ジネットがこちらへ顔を向ける。
背筋を伸ばして、若干居住まいを正して。
かしこまった雰囲気で尋ねてくるところを見るに、ずっと気になっていたことを知りたいのだろう。
つまり、三本枯れ木の状況を。
「それに関しては、マグダが報告することになっている」
マグダが言いたそうにしていたので、ここでは詳細を伝えずにおく。
だが、それだけでジネットは察したようで、物凄く嬉しそうに微笑んだ。
「では、楽しみに待っていますね」
『楽しみに』、ね。
まぁ、もし報告しにくいような状況になっていたのなら、俺からジネットに伝えることになるだろう。
つらい報告は、口にする方もつらいからな。
だから、マグダが報告するということは、つまりそういうことなのだ。
その辺のことを、ジネットもよく分かっているのだろう。
陽だまり亭では、なかなかサプライズが難しいのだ。
情報が駄々漏れになってしまうからな。
「カンパニュラさん、テレサさん、お味はどうですか? 辛くはありませんか?」
「はい。とても美味しいです」
「おぃしー!」
お子様用のカレーも好評のようだ。
ジネットが嬉しそうにしている。
カレーが好評で嬉しいのか、マグダの報告が待ち遠しいのか、はたまた、嬉しい報告をする嬉しそうなマグダを想像しているのか、理由は分からんけどな。
まぁ、たぶん全部だろう。
「ホンマ、賑やかなとこやなぁ、ここは」
あちらこちらでにこにこと笑顔が咲く陽だまり亭を、レジーナは若干居心地の悪そうな顔でそう評する。
その居心地の悪さ、それな、照れだぞ。
いい加減、馴染めっつーの。
もうこの街には、お前を忌避するヤツなんか一人もいないんだからよ。独りぼっちになんか、なろうと思ってもなれねぇんだぞ。諦めろ。
ほ~ら、ジネットが両腕を広げて「ウェルカム!」って言ってる様が容易に想像できるだろ? そうなるとな……逃げられないんだぞ、この街では。
陽だまり亭は、日陰までも照らし出し、そこに身を潜めていた日陰者をも明るい日の光の下に引っ張り出してしまうからな。
ほら見ろ。
いつもはお前を見かけても距離を取ってる大工たちが、妙にそわそわしてお前のこと見てるぞ。
レジーナは素材がいいから、あの陰気な真っ黒ローブを脱ぐだけで注目を集めてしまうのだ。
「はぁ~、美味しかった。お腹ぽんぽんのおっぱいぷるんぷるんやわぁ~」
素材はいいんだよなぁ、素材は。口さえ開かなければ。
「こんにちわ~。ジネットちゃん、いますか~?」
俺らが飯を食っていると、客ではないがウクリネスが陽だまり亭へやって来た。
手には大きなバスケット。そこからカラフルなワッペンを取り出してジネットに見せようとしている。
そういえば、ワッペンの話がウクリネスに届いたんだよな。
このオバサン、また睡眠時間削ってなきゃいいけど。
この街じゃ、寝る前に羊の数を数えると不眠不休で働く服屋を思い出して眠気が吹き飛んでいくんだよな。
「試しにいくつかワッペンを作ってみたんですけど、よければ一度使ってみて、くれま……せん、か…………」
元気よくしゃべっていたウクリネスの動きが徐々にゆっくりになり、ついには停止してしまう。
どうした?
寝不足過ぎて体が限界を迎えたか?
だが、ウクリネスのまぶたは閉じられることなく、むしろ瞬きも忘れてある一点を凝視している。
いつもとは雰囲気の違う、大人しい印象のワンピースを着たレジーナを。
「……ヤシロちゃん」
「ん、どした?」
「私、今夜も眠れないかも!」
「寝ろ! 死ぬぞ!?」
あらら、まぁまぁと、口から声が漏れ落ちるのも気にせず、ウクリネスがレジーナに駆け寄り、全身を隈なく、無遠慮にじろじろ舐め回すように観察する。
「……ア、アカン……死ぬ……」
「注目されたからって理由で死ぬヤツを初めて見たよ、俺は」
ウクリネスの熱過ぎる視線にさらされ、レジーナが溶け始める。
「やっぱりレジーナさん、飾り甲斐があるわぁ~」
お菓子の詰め合わせを見つめるガキのように、ウクリネスのほっぺたが赤くつやつやしていく。
そういや、ミスコンの時も張り切ってレジーナを化けさせてたっけな。アレの仕掛け人はパウラたちだったっけ?
「ヤシロちゃん。髪の毛をふわふわにする方法知らないかしら? 言い値で買うわよ」
「お前も、金を持たせると危険な人種なんだな……」
髪をふわふわにするには、温風でブローしてやるといいんだが……たいまつの熱を風で送ってブローが出来るかどうかなんぞ、俺は知らん。
「髪をふわふわにして……そう、リボン! リボンね! リボンがいいわ、絶対」
「おっぱい魔神はんと同じようなことを言わはるな、この人……」
「あ、やっぱりヤシロちゃんもそう思った? ですよね~、それがマストですよね!」
ウクリネスの中の変なスイッチが入ってしまった。
「待っていてくださいね、レジーナさん。ううん、レジーナちゃん!」
「なんや、一足飛びに距離感縮められたんやけど、ウチ!?」
「明日中に、あなたを別人に変えちゃう可愛い衣装、作り上げてみせるわ!」
「いや、いらんで!?」
「大丈夫! お金なんて取らないわ! むしろ払う! お金出すから着せ替えさせて!」
「怖い怖い怖い! 目ぇ血走ってるで!? えぇから一回たっぷり寝ぇ! 寝て起きたら落ち着いとるさかいに、きっと!」
「うん! レジーナちゃんを可愛く変身させたらぐっすり眠れると思うわ! それじゃ、また明日ね! 約束ね!」
言い捨てて、ウクリネスは持ってきたバスケットをジネットに押しつけ、飛び出すように陽だまり亭を出て行った。
滞在時間、短かったなぁ……
「陽だまり亭……怖ぁ……」
うん、まぁ……ここにいると、想像もしなかったような出来事に巻き込まれることあるからな。慣れないうちは大変かもな。
……俺も慣れてねぇけどな。
レジーナが押し寄せる『圧』にやられてぐったりしたころ、ほかほかと湯気を纏ってマグダたちが風呂から出てきた。
ジネットはマグダやエステラたちの分のカレーをよそいに厨房へと向かい、カンパニュラとテレサもその手伝いへ向かう。
テーブルに座るメンバーが一新され、賄いタイム第二弾が始まった。
その間、ずっとレジーナはテーブルに突っ伏していた。
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