「運動会……確かに、そんな話をしていたことがあったね。アレはニュータウンで行った『宴』の前だったかな?」
「あぁっ! あたしも覚えてるです! パウラさんとネフェリーさんが、西側ばっかり楽しそうなことしてズルいとか言ってた時ですね!」
「……たしか、四十二区を西、中央、東と分けて体力で競う大会」
「なんだか楽しそうです! それで、それが成功すると、教会で美味しいパンが食べられるようになるんですか? いいこと尽くめですね」
ジネットの思考がぽんぽんと飛躍しているが、それはイコールではない。
が、まぁ、結果そうなるだろうな。
「ちなみに、俺の思惑通りに事が運べば、新しい仕事が増えてリベカが喜ぶ」
「協力します! なんだってします! 是非詳細を!」
「あと、スポーツの大会だから、バルバラは大活躍でテレサに尊敬される」
「よし! やろうぜ! 運動会! 領主! 今こそ服を脱ぐ時だぜ!」
「……『一肌脱ぐ』だよ。服は脱がないよ……」
そうして、俺の周りでジネットとソフィーとバルバラがキラキラと瞳を輝かせ始める。
こうしておけば、エステラは断りにくいだろう。
「運動会、か。ほならウチには無縁の行事やなぁ。ウチはお家での~んびりと……」
「怪我人が続出するだろうからお前は強制参加な?」
「なんでやのんな!?」
「デリアにマグダにハムっ子が一ヶ所に集まってスポーツで勝負するんだぞ? ……死人が出ないようにするので精一杯だっつの」
「やめときぃや、そんな物騒な催しもん……」
まぁ、死人は大袈裟だが、怪我くらいはするだろうな。
なにせ四十二区の連中ときたら、高度成長期の日本かってくらいにガッツと根性を基準に今を生きているからな。
転んで怪我するくらいなんとも思っていないのだ。
「……まぁ、怪我人が出そうなんやったら、ウチが参加せぇへんわけには、いかへんやろね」
レジーナの参加表明に、ジネットが嬉しそうに頬を緩ませる。
………………白衣ブルマ…………あり、だな。
「ヤシロ。ろくでもないことを考えているところ悪いんだけど、詳細を聞かせてくれるかい?」
「人の思考内容を決めつけるな。ちょっとエロいことを考えていただけだ」
「だからこそろくでもないと言っているんだよ。いいから、内容」
スポンサー集めに駆けずり回る面倒くささをありありと顔に浮かべつつも、新しい試みに興味津々といった感じのエステラ。
内容は以前も軽く説明したので、ここでの説明も軽めに留めておく。
今はまだ具体的な内容やチーム分けまでは決めていない。その辺は追々だ。
とりあえず、3~4チーム程度に分かれて競技を行い、順位に応じたポイントを加算していって、最終的に獲得ポイントが最も多かったチームが優勝。
そんな説明をしておいた。
「むっはぁ! 面白そうです! そういうことなら、今から特訓して、本番では勝って勝って勝ちまくってやるです!」
ロレッタが分かりやすく闘志を燃やし。
「へへっ! 見てろよ、テレサ。アーシがバッチリカッコいいところ見せてやるからな!」
バルバラが荒々しい闘気を振り撒き。
「……マグダ、イズ、勝利」
マグダが静かに勝利を見据えていた。
「『スポンサーを』ということは、優勝チームには何か商品があるのですね?」
さすがナタリアだ。いい勘をしている。
優勝賞品が豪華であれば、それだけ大会は盛り上がる。
だが、何よりも……優勝旗が欲しい!
細長いリボンに「第一回優勝○○」と書いて、代々受け継いでいくのだ。
そうすることで、旗に名誉と誇りが刻まれていく。
それを奪い合ってこその運動会だ。
「商品もそうだが、統一感を出すために運動着一式を作りたい。あと、競技に使う道具もいくつか必要だからな」
「道具? 一体どんなスポーツをするつもりだい?」
「そうだなぁ……リレーは絶対として、障害物競走に借り物競争、大玉転がしに二人三脚、綱引きと棒倒し、騎馬戦なんかもいいかもな」
……まぁ、棒倒しとか、俺は絶対参加しないけど。
え、理由? 獣人に人間が太刀打ちできるわけないだろうが。
「な、なんだか、すごく楽しそうです……っ!」
「そ、そうさねぇ。特に『障害物競争』ってのが興味深いさねぇ」
「ウチは『○玉転がし』が気になるなぁ」
純粋な好奇心から頬を赤らめわくわくしているジネットとノーマ。その横で純然たる邪な心で頬を赤らめる変質者……お前、自分のところにある薬全部飲んでみたら? 奇跡的にどれかの薬がその病に効くかもしれないぞ? 可能性は限りなくゼロに近いけども。
「それぞれの競技は追々説明するとして……やってみないか、運動会」
「「やりたいです!」」
「……無論、マグダも参加する」
陽だまり亭メンバーは乗り気なようだ。
そして、エステラとナタリアは――
「それじゃあ、各ギルドのギルド長と会席の場を設けてくれるかい?」
「はい。ついでに、会場の候補地も選出しておきます」
――もうすでに動き始めていた。
「ノーマ」
「なんさね!?」
こちらも、ちょっと楽しそうなイベントに心揺れ始めている。
何気にノーマは楽しいことが大好きだからな。特に、みんなでやる系のイベントが。
わくわくした顔を隠そうともしない。
……まぁ、まだ大人しい方なんだけどな、これでも。
「この話を聞いて暴走しそうな連中の抑え込みを頼む」
「………………また随分と、荷が重いさねぇ……」
とはいえ、ノーマくらいしかいないからな。デリアを抑えられそうなのは。
他にも危なそうな連中はいるが……ノーマに任せておけば大丈夫だろう。
「英雄! アーシは何をすりゃあいいんだ!?」
「まずはスポーツマンシップを覚えろ」
こいつなら、ルールを無視して競技をぶち壊しかねないからな。
玉入れで、カゴを支える係への攻撃とか、カゴの破壊とか。
……西側チームでデリアと同じチームになったりしたら…………危険過ぎるな。
チーム分けもちょっと考えないといけないだろう。
「ヤシロさん。運動会というものの開催と、柔らかいパンの関連が分からないのですが?」
四十二区での運動会には関係のないソフィー。
こいつが気にするのは教会が欲している柔らかいパンと、リベカが喜んでくれる情報くらいだろう。
「リベカにある物の製造をお願いしたいんだ」
「新しい麹ですか?」
「そうだな……まぁ、当たらずとも遠からずってところだ」
リベカに作ってほしいのは麹ではなく……
「パンをふっくら焼くための『パン酵母』だ」
以前俺が陽だまり亭で作った際は、酵母が手に入らず自家製の天然酵母を使用してパン種を発酵させたのだが……今回はリベカがいる!
あいつなら、どんな菌だって作り上げてしまうに違いない!
試作がうまくいけば、教会から定期的に発注されることになり、自ずと利益も上がることだろう。
そして、パン酵母――イーストが完成すれば、陽だまり亭でも作ってみたい物がある。
「街中の人がリベカの酵母のすごさを実感することだろう。そして、教会の抱える悩みを解決する一助となった姉を、きっと尊敬してくれるんじゃないかな?」
「はい! きっとそうですね! リベカほど素直ないい娘でしたら、きっと!」
鼻息荒く、ソフィーがコロンブスも真っ青なほど意欲に燃える。
まぁ、これだけの熱量があれば、イベントはうまく転がってくれるだろう。
「んじゃあ、各々――『煽り過ぎないように』関係各所に伝達してくれ!」
そう、『煽り過ぎないように』。
俺ははっきりとそう忠告したのに……
その日の午後から、四十二区は運動会へ向けて異様な盛り上がりを見せるようになった。
それはもう、……殺気が可愛く見えるくらいの、凄まじい熱気に包まれて、な。
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