異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚24 それくらいのわがままは -1-

公開日時: 2021年3月5日(金) 20:01
文字数:2,387

「お待たせしましたぁ」

「ぁのね、すごくきれいだったょっ!」

 

 おつかいを終えて、ジネットとミリィが戻ってくる。やや興奮気味ながらも、発注した物はきちんと持ち帰ってきてくれたようだ。

 

「ギルベルタさんのおかげで、スムーズに事が運びました」

「本来は違反、この行為は。けれど、許可が下りた、ルシア様の。その証人、私は」

 

 花の持ち出しはルール違反だが、ルシアに頼んで特例で認めさせた。

 シラハのためだと言ったら「今回だけだぞ」と了承してくれたが、その表情は冴えなかった。

 当初は、ジネットとミリィだけで行ってもらうつもりだったのだが、花園にいる虫人族が「人間が花の略奪をしている」と騒がないようにと、ギルベルタが同行を申し出てくれた。

 おかげで大きな問題もなく、おつかいは完遂されたようだ。

 

「はい、てんとうむしさん。これで、あってる……かな?」

「あぁ、上出来だ」

 

 ミリィが差し出してきたのは四種類の花。

 花園に咲く、蜜がたっぷり入ったあの花たちだ。それぞれに鮮やかな色の花弁を誇らしげに咲かせている。蜜もたっぷりだ。

 

 シラハの話を聞いて元気がなくなってしまった二人に、花園までのおつかいを頼んだのだ。花園に行って、少しでもリフレッシュしてくれればと思ったのだが……、効果は覿面だったようだな。

 ミリィはすっかり涙の跡を消し、ジネットも嬉しそうな表情を見せている。

 

「あら、まぁ。花園の蜜ね」

 

 美しい花を見て、シラハが頬を緩める。

 

「この花の蜜は私も大好きよ。でも……」

 

 シラハは少し残念そうな、憐れむような顔をして俺に視線を向ける。

 

「花園の蜜は、もう全種類いただいちゃったわ」

 

『この辺にある物で、いまだシラハの知らない美味いものを』――と、俺は言った。

 そうして登場したのが花園の蜜であったことに、シラハは表情を曇らせた。ガッカリというよりかは、「折角考えてくれたのに、悪いわね」という感じだ。

 ルシアも同じような考えを持っていたのだろう。訝しむような表情を隠そうともしない。

 

「だから、結論を出すのが早過ぎるんだよ、お前らは。言ったろ? お前の知らない美味い物を『作ってやる』って」

 

 俺が何をしようとしているのか見当がついているジネットやエステラ、ウェンディはにこにことして得意満面だ。

 

「じゃあ、ジネット。手伝ってくれるか」

「はい」

 

 ジネットに手伝ってもらい、俺は花の蜜をブレンドしていく。

 あの日、花園で大絶賛された『全部混ぜ』だ。

 

 別の種類の蜜を混ぜたところで、ルシアが腰を上げた。

 顔には「なんてことをするんだ」と書かれている。

 

 まぁまぁ、いいから見てろって。

 

 花と花を合わせて密封し、シェイカーのように振る。気分はバーテンダーだ。

 これで、スペシャルブレンドが完成する。

 ……でもまぁ、ちょっと不安なんで、先にちょっと味見をしておく。

 

 …………うん。あの時と同じ味だ。

 日によって蜜の分泌量が変わる、なんてことはないようだ。

 

 蜜が空になった花をカップとして利用して四等分する。

 一つはシラハに、そしてルシアにギルベルタ、最後にミリィに手渡す。

 

「ぁ……ぁの、ね……」

 

 花のカップを手渡すと、ミリィが申し訳なさそうな恥ずかしそうな、そんな表情でもじもじし始めた。

 

「じ、実はね……さっき、花園でね…………お花の蜜、飲んじゃったの……」

「わたしが、おすすめしたんです。この中でミリィさんだけが元の味をご存じありませんでしたので」

 

 ミリィは、まるでつまみ食いをしたかのような、ちょっと恥ずかしい罪悪感にさいなまれているようだ。しかし……

 

「ジネット。グッジョブだ」

「うふふ……」

 

 俺が褒めると、ジネットはどこか誇らしげに照れ笑いを浮かべた。

 

 俺がやろうとしていることに気付き、そのための布石を事前に打っておいてくれたのだ。

 そうだよな。スペシャルな物の前に、スタンダードな物を味わっておいた方が感動はより大きいよな。

 相変わらず、よく気が利くヤツだ。

 

 俺は、ミリィに「問題ない」と伝える。

 むしろ、よくぞ味見をしておいてくれたって感じだな。

 

 そんなわけで、準備は整ったわけだ。

 

「さぁ、飲んでみてくれ」

 

 俺が勧めると、まずはシラハが口をつけた。

 そして、「まぁ……」と、目を見開いて口を手で押さえた。

 吐きそうな時のジェスチャーではない。驚愕の時に思わず口元を隠してしまうアレだ。

 

「……こんなに美味しい蜜は、今までに飲んだことがないわ」

 

 それだけ呟くと、残っていた蜜を再び飲み始めた。

 ワインのテイスティング程度しかない少ない量を、チビチビと、大切に。

 

「どれ……」

「飲んでみる、私も」

 

 ルシアとギルベルタが揃って花のカップに口をつけ、揃って目をまんまるくする。

 そして見つめ合い、破顔して、ルシアが両腕を広げてギルベルタに抱きつこうとして、それをギルベルタがするりとかわす。

 さすがギルベルタ。動作に無駄がない。

 

「美味しい、コレは。感動した、私は」

「私は、少し寂しいぞ、ギルベルタよ……」

 

 そして、ミリィは。

 

「はぁぁ………………すごい……すごいすごいっ! てんとうむしさん、すごいよぅっ!」

「いや、別に俺がすごいわけじゃねぇよ。みんなでいた時に偶然見つけただけなんだ」

「ぅうん! すごい! すごいすごいっ!」

 

 よほど気に入ったのか、珍しくテンションが上り詰めているようだ。

 ぴょんぴょんと跳ねて空になった花のカップをきゅっと握りしめる。当然、握り潰さない力加減で。

 

 新しい味を堪能した面々は、各々に違った反応を見せている。

 はしゃぐミリィ、感動するギルベルタにへこむルシア。……おい、ルシア。蜜の感想はないのかよ?

 

「ヤシロちゃん」

 

 そんな中、静かな声で俺を呼ぶシラハ。

 誰よりも落ち着き、誰よりも雄大に構え、誰よりも穏やかな表情をしている。

 視線が合うと、にっこりと微笑みを向けてくれた。

 そして――

 

「おかわり」

「食い道楽に戻ってんじゃねぇよ」

 

 あとでいくらでも飲ませてもらえよ。

 花園は近所にあるんだからよぉ!

 

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