異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加7話 俗にいう賊 -3-

公開日時: 2021年3月28日(日) 20:01
文字数:2,400

 地下室を出て、地上にある応接室にて確認作業を行う。

 少々安っぽい革張りのソファに座ってエステラと差し向かいで座る。

 ヤップロックは帰らせた。あいつは首を突っ込まない方がいい。どんどん感情移入して無罪放免を訴えかけかねないからな。

 

「君はすごいよ。よくもあのわずかな時間で、あの強情な被疑者の情報をここまで引き出せたもんだね」

「相手が単純だっただけだ」

「そうだね。……純粋で、きっと優しい娘なんだろうね、彼女は」

 

 俺は『単純』だと言ったんだ。勝手にいいように変換すんじゃねぇよ。

 

「彼女が庇おうとしているのは、おそらく五歳前後の幼い女の子だ。やんちゃ坊主や母親という言葉には反応を見せなかったからね」

 

 牢屋なんてところに独りで閉じ込められていると、考えることは大切な者のことくらいしかないものだ。

 そんな、頭の中が大切な者で埋め尽くされている状態でその話題が出てくれば、どうしても人は反応をしてしまう。

 

 カクテルパーティー効果というものがある。

 パーティー会場のような騒がしい場所であっても、自分に関係のある言葉は自然と耳に入ってくるというものだ。

 騒がしい居酒屋のBGMで自分が知っている曲が流れると耳に付いたりするアレだ。

 自分の名前、好きな物の話、興味のある話、懐かしい物の話など、自分に関係のある物の場合、このカクテルパーティー効果は効力を発揮しやすくなる。

 

 だからこそ、逆に難しくなるのだ。

 自分が大切に思い、なおかつずっとそのことを考えていた時に、そのものの話題を出されて『それを無視する』なんてことは。

 どんなに微弱でも、無反応とその微かな反応は異なる。

 

 もっとも、それを察知するためにアンテナを張る方にも技術は要求されるがな。

 

「よく変化に気が付けたな」

「直前に彼女の無呼吸状態を見ていたからね」

 

 ヤップロックの話の途中、サル女は俯いて完全に沈黙した。

 無反応とは異なる、『狩る』前の予備動作。ピンと神経を張り詰めて、獲物の隙を窺っていたあの反応。

 

「アレと比較できたから、彼女のわずかな反応でも確信できたよ。『ビンゴだ』ってね」

 

 そうして、サル女が反応を示した言葉に的を絞っていくつか誘導するような言葉を並べ立てる。

 

「最初ほどの反応は見られなかったけれど、でも確実に君の言葉を聞いていたよ、彼女は。そして、膝をかき抱いた」

 

 三角座りのように、胸の前を覆い隠す動作は不安の表れだ。

 身を縮めることで体内の不安を抑えつけようとしたのかもしれない。

 

「どこがどうとは、具体的には言いにくいんだけれど……彼女には、守ってあげなきゃいけない幼い妹――もしくは血縁関係にはないかもしれない女の子がいる。そんな風に見えた」

「お前の目にそう映ったんなら、きっと大きく外れてはいねぇよ。ただまぁ、最初の反応が『まだ幼い』ってのに反応したんだとしたら、性別は男かもしれないけどな」

「確かにね。けど、それはどちらでもよくて――」

「あぁ。あいつはそのおチビちゃんのために食い物、もしくは金を手に入れる必要にかられていた」

 

 そう考えるなら、ポップコーンを欲しがったのも、おチビちゃんを喜ばせるためなのだろうと推測が立てられる。

 ただ、なぜ原材料の方を襲ったのかは理解できんが…………単純に『ポップコーン』と聞いて先に思い浮かんだのが原材料の方だったのかもしれない。

 ヤツが行商人を獲物として襲っていたのであれば、目にするのは原材料であることが多いだろうしな。完成品は店で買うものだから。

 もっともっと単純に、完成品のポップコーンを知らないのかもしれない。

 まぁ、その辺はどうでもいい。

 

 とにかく、あのサル女はどこかで聞きつけた『幼い子供が喜ぶポップコーン』というものを狙ったのだろう。

 

「最後の言葉は、かなり効いたんじゃないかな……」

 

 申し訳なさそうにエステラが言う。

 最後の言葉――

 

 

「じゃ、帰ろうか。『お前を待っている家族のもとへ』」

 

 

 あのサル女が帰ることが出来ない場所。

 それを明確に、鮮烈に思い起こさせる言葉。

 確かに、焦るだろうな。今晩は眠れないかもしれないな。

 

「が、それもこれも、さっさと終わらせるためだ。むしろ親切心だぞ、俺的に」

「君の親切は、良識ある一般人には理解されにくいからね」

 

 硬い笑みでそんなことを言い、それでも俺のやり方には賛同を寄越してくれる。

 

「もし、本当に彼女のもとにそんな幼い子供がいるのだとすれば、早く解決させなければいけないよね。その娘のことも、気がかりだし」

 

 他者から強奪することでしか糊口を凌げないヤツが養っている子供が、まっとうに生きる術を身に付けているとは考えにくい。

 ましてや、その『働き手』であるあのサル女自体が痩せ過ぎているのだ。

 ガキの体力なんかたかが知れている。……時間は、あまりないな。

 

「はぁ……ボクを信用して、話を聞かせてくれればいいんだけどなぁ……」

「無茶言うなよ。パウラたちでさえ、俺たちには話せないことを抱えてたんだぞ? 初対面の、それも敵対している相手に何を話せるってんだよ」

「……だよねぇ………………あぁ、今回の件、結構ヘコんでるんだよねぇ」

「今回の件……どっちだ?」

「ダイエットの方……」

 

 お前はロレッタに相談されたろうが。

 俺なんか誰一人だぞ? ……くそ。

 

「……ヤシロ、何か手はある?」

「……どっちの話だ?」

「賊の方」

 

 あっちこっちに思考が飛んでやがる。

 エステラのヤツ、マジでヘコんでんだな。いろいろ抱え過ぎてお前が倒れるなよ。

 

「俺にとある権限をくれるなら、あるいはな」

「一週間で?」

「くらいで、な」

「……何が欲しいの?」

「ふっふっふっ……」

 

 俺はエステラに向かって手を差し出す。

 手のひらを上に向けて、「ちょーだい」のポーズで。

 

「…………え、お金?」

「ううん。牢屋の鍵☆」

「え…………っと、……本気?」

「うん!」

 

 戸惑い引きつるエステラの顔を、俺は満面の笑みで見つめ返していた。

 まぁ、任せておきたまへよ、エステラ君。んふふふ…………

 

 

 

 

 

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