「ジネット。ルシアとギルベルタに揚げたこ焼きを食わせてやってくれ。で、マグダを呼び戻して手伝わせろ。セロン、その状態じゃ落ち着かないからウェンディを袋から出してくれ」
「なにっ!? その袋の中にいるのはウェンたんなのか!? ラ、ラララッ、ラッピングされているではないか!? ついに、お持ち帰りできるのか!?」
「で、ナタリアとギルベルタはそこの変態を取り押さえといてくれ」
「かしこまりました」
「かしこまる、私は」
「う~ん……領主付きの給仕長がすんなりとヤシロの言うこと聞くこの状況ってどうなんだろう……」
「エステラは、面白いことで悩んでないでこの手紙を読んでくれ」
俺は、朝一番で届けられた手紙を差し出す。
「これ……マーゥルさんからの手紙かい?」
「あぁ。今朝一番で手紙を送ろうと思ったら、ハムっ子がそれを持ってきてな」
どうやら、『BU』がトレーシーへ通達を送った直後に、トレーシーはマーゥルに宛てて手紙を書いていたらしい。
その手紙を読んで、マーゥルは俺たちへ手紙を書いたのだ。
行動が早くて助かるぜ。
「ねぇ、この『トレーシーさんへの伝言は一度だけ受け付けます』って、どういうことかな?」
「マーゥルはトレーシーから相談の手紙を受け取った。それに返事を書けるのが一回きりだってことだろうな」
トレーシーがマーゥルへ助けを求めるのは想定済みだろう。
だからこそ、マーゥルは一度しか手紙を出せないのだ。
「マーゥルの立場的に『力になれない』って返事を書く機会が一度だけあるってことだ」
「なるほど。マーゥルさんの立場で何度も手紙のやりとりをしていれば、内部からの転覆を謀っていると取られかねないってことだね」
「外患誘致は重罪だろ」
「区によるだろうけれど……極刑も免れないかもしれないね」
日本でも、外患誘致は裁判無しの極刑だ。
敵と通じ、国家転覆を謀る行為は、それだけ罪深いということだ。
「お目こぼしは一回。その一回に限り、伝言を書き添えてくれるってわけか」
「それも、万が一手紙の内容を見られても平気な分量……ってことになるだろうな」
「事細かに指示を出したりは出来ないんだね」
「構うものか。分厚い紙の束を送りつけてやるがいい」
ルシアが、「出来るはずがない」と分かりきった顔でそんなことを言う。
相当頭にきているようだ、今回の『BU』のやり方に。
『BU』の内部にいるマーゥルやトレーシーに対しても、あまり穏やかではいられない程度には。
「たった一回の伝言……なんて言えばいいのかな…………」
「『好きにしろ』と伝えるのだな。所詮は『BU』の中の人間だ。こちらがどう言ったところで、逆らうことなど出来はしまい」
す巻きのくせに鋭いことを言う。
少々癪ではあるが、俺もルシアと同じ意見だ。
「トレーシーには、自分の意思で動いてもらうのがベストだな」
「それが、ボクたちを追い詰めるような判断であっても、かい?」
当然、俺たちにトドメを刺すような行動は控えてほしいところだが――トレーシーを動かすよりも、そうならない状況をこちらが作り上げる方が安全だと言える。
「トレーシーには『くれぐれも、自分たちの利益になるように動け』と伝えておこう」
「『くれぐれも』、かい?」
「あぁ、『くれぐれも』だ」
迷うことなく、自区に都合のいい方についてもらう。
その方が行動が読みやすいからな。
「結局は、急ごしらえの仲間など信用できんということだ。我々だけでねじ伏せるぞ、『BU』を。エステラよ、覚悟を決めよ」
「え……」
「なんだ、覇気のない! たとえ二対七であろうと、私は『BU』ごときに屈するつもりはないぞ」
「いえ、それはボクもそうなんですが……ルシアさん」
「……なんだ?」
エステラの顔が、徐々ににやけていく。
そんな様を不気味に思ったのか、す巻きのルシアが引いている。
けどまぁ、エステラがにやける気持ちも分かる。あいつは好きだからなぁ、仲間とか友達ってのが。
「ボクたちのことを、そこまで信用してくださっているんですね」
「は、はぁ!? な、なんだ、今さら」
「利害関係にあるので協力をしてくれているんだと、それくらいには親しくなれたとは思っていたんですが…………ふふ……いつの間にか、隣に立って共闘できるくらいに認めてくださっていたんですね。あの、ルシアさんが」
「う……うるさいっ!」
エステラは、最貧区四十二区の、新米領主だ。
デミリーを除けば、領主の中に親しい者もおらず同性や同年代の友達もいない。
そこへ、同性の中でも頭一つ抜け出したルシアがそこまでの信頼を見せてくれたんだ。そりゃ嬉しいだろうよ。
ルシアにしても、他に親しい領主なんかいないだろうし。
こいつらはお互いにとって特別な存在ってわけだ。
「わ、私はっ、ミリィたんや、ウェンたん、それにハム摩呂たんがいる四十二区が…………す、好きな、だけだ」
「にやにやにや……」
「えぇい、にやにやするでない! そんな不気味な顔はカタクチイワシだけで十分だ!」
なんか酷いこと言われてるー。
でも、照れ隠しだと思えば可愛いもんだ。
にやにや……
「えぇぇえい! にやにやが溢れておるぞ、この店は! 換気せよ! よくない空気だ!」
す巻きのままじたばた暴れるルシア。
顔が真っ赤だ。指摘されて、自分の振る舞いを顧みたのだろう。照れてやがる。
「ルシアさん。ボクも好きですよ、ルシアさんが」
「わ、私が好きだと言ったのは四十二区がだ!」
「では、わたしたちのことも好きでいてくださるんですね。ありがとうございます、ルシア様」
「ジネぷーまで何を言い出すのだ!? そ、そういう意味では……な、くはない、が……えぇい! やめるのだ、その顔を!」
「俺も好きだぜ、花園の花とか、金になりそうで☆」
「貴様は心底黙れ、カタクチイワシ。虫唾が走るわ」
ふふん、それもどうせ照れ隠し…………だよ、な?
うわぁ、すげぇ真顔。
「口を開けば話している、四十二区のことを、ルシア様は」
「ギ、ギルベルタ! 余計なことは口にするな!」
「………………情報を集めさせている、給仕に、四十二区の最新情報を」
「なぜ深く考えた末に、それが余計ではない情報だと思い至ったのだ!? その辺のことを黙っていよと言ったのだ!」
どうやら、四十二区が大好きらしいな、ルシアは。
赤く染まった顔を向こうへ向けようと、す巻きのまま身をうねらせる。
イモムシか、お前は。吊るしたらミノムシだな。
「ふ、ふん! 不愉快だ! これはちょっとやそっとでは機嫌は直らんぞ!」
「つまり、早く食べたいと催促している、揚げたこ焼きを、ルシア様は」
ちょっとやそっとじゃ機嫌が直らないから、揚げたこ焼きで自分のご機嫌を取れってか? 随分と分かりやすい性格になったもんだな、ルシア。
……って、あれ?
「なんでジネットがここにいるんだ?」
さっきも普通にルシアと話してたけど。
「揚げたこ焼きは、マグダさんが作ってくださってますよ」
「いいのか? 作りたい魔神のお前が」
「魔神って……もぅ、酷いです」
少しむくれて、でもすぐに微笑みを浮かべる。
「マグダさん、もう少しだけ時間が欲しいそうで……それで、どうしてもと」
「時間が欲しい? なんのだ?」
「なんでも、『復活するまでの時間』……だ、そうですよ」
あぁ……俺のせいってわけね。
一応照れたりするんだな、マグダも。あの時は、そこまで照れてたような記憶はないんだけどな…………あれ、そういやあの時、マグダって何してたっけ?
途中からマグダの記憶がないな…………いたっけ?
「……へい、お待ち」
そんな話をしていると、タイミングよくマグダが戻ってきた。
美味そうな揚げたこ焼きを持って。
「お、マグダもうまいな。さすが、たこ焼きはお手の物か?」
「………………」
じっと俺を見つめた後、無言で揚げたこ焼きを一皿差し出してきた。
……ノーコメントかよ。
そして、ルシアのテーブルへ向かう途中で――
「…………むふっ」
――と、息を漏らした。
嬉しいは嬉しいんだな、褒められて。
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