「お待たせしましたぁ~。お吸い物です~」
「さぁ、くださいまし! 早く! ワタクシに、真っ先に! 早くしないと餓死してしまいますわよ!?」
……うん。学習はしていないようだ。
「ロレッタ。すまんがちょっと大きめの茶碗を持ってきてくれ」
「あの、ヤシロさん。お椀ならここに。お吸い物はこのお椀によそおうかと思ったのですが?」
ジネットが持ってきたのは焼きおにぎりを載せる皿と、お吸い物用らしい小さな椀だ。
それではダメだ。ドンブリとまではいかなくとも、もっと大きくないと……零れてしまう。
「とりあえず持ってくるです!」
ロレッタが駆けていく。
その間に、ジネットの持ってきた皿に焼きおにぎりを載せ、客に振る舞う。
「ぎゃああ! 熱いッスー!」
意地汚くガッツいた連中が揃いも揃って焼きおにぎりの洗礼を受け、「焼きたてなんだから、そりゃそうなるだろう……」的な冷ややかな視線を集める中、教養のある客連中は焼きおにぎりを半分に割り、立ち昇る香りを存分に堪能してからパクリと齧りついた。
「んまーい!」
上々の反応だ。
そしてタイミング良く、ジネットの許可を得て厨房で鮭を焼いていたデリアが食堂へと戻ってくる。お盆いっぱいの、焼きたての鮭を持って。
「あぁ、堪りませんね、この鮭の芳醇な香り……食欲をそそります」
と、当然のような顔をしてベルティーナが焼き鮭に舌鼓を打つ。……いつの間に参加してたんだよ。気配を感じさせろよ。
「お兄ちゃん。大きいお茶碗持ってきたです!」
そして、残るはジネットのお吸い物なのだが……ふっふっふっ。
俺は焼きおにぎりを半分に割りお茶碗へと入れる。
そして、その上からお吸い物――だし汁を注ぎ入れた。
焼きおにぎり出汁茶づけ!
あっさりとしたジネットのお吸い物なら、くどくなく、舌にも胃にも優しいお茶漬けになるのだ!
「なんですかそれ!? すっごい美味しそうです!」
「……マグダも、興味津々」
「ジネット。私におかわりをください」
ロレッタやマグダまでもが食いつき、ベルティーナは当然のように二杯目を要求している。
それらに対応するジネットだったが……
「わ、わたしも食べてみたいですっ!」
珍しく、提供する側よりもされる側に気持ちが寄っている。
客に振る舞ったら存分に食うがいいさ。
「あたいも食いたい! あ、ここにほぐした鮭入れてもいいか!?」
おぉ、いい案だデリア! さすが、鮭においては右に出る者がいないな!
そうして、オーソドックスに食う者、アレンジを加える者、各々が思い思いに焼きおにぎり茶漬けを堪能する。
そんな中、ついにこいつの我慢が限界に達する。
「あぁ、食べたいですぅ!」
「代わってやるから、お前も食えよ」
「いいんですか!? ありがとうございます、ヤシロさん」
会心の笑みを浮かべて、ジネットが俺へおたまを渡してくる。
俺の最初の仕事は、ジネットへの配膳だ。
「はぁぁ……美味しそうです。だいたいの想像は出来るんですが、やっぱり実際食べてみたい衝動には勝てないですね」
職務を途中で放棄することへの後ろめたさからか、ジネットがやたらと多弁だ。
言い訳のようにあれこれとしゃべった後、待ちかねたとばかりに焼きおにぎりを半分に割る。
心なしかいそいそと落ち着きがない。
「……店長が、シスター化していく」
「恐ろしいことを言うんじゃねぇよ、マグダ……」
実現しちまったらどうするんだ。……ないよな? ……ありませんように。
…………あぁっ、精霊神に願ったらますますベルティーナに近付きそうな気がしてきた!?
「わっほいわっほいしまふぅ~」
熱々の焼きおにぎり茶漬けを口に頬張って、ジネットがわっしょいわっしょいしている。
あぁ。もういいんだ。ジネットはわっしょいわっしょいで。
「うふふふ! 今日こそは堪能いたしましたわ! 隠し玉が登場する前に満腹にならなかったワタクシはまさに勝ち組っ! 勝者ですわ!」
焼きおにぎり茶漬けを啜りながら、エレガントさが微塵も感じられないドヤ顔をさらすイメルダ。
オーバーなんだよ、茶漬けくらいで。
「みなさん! 本日、この素晴らしいお料理に出会えたのは、ワタクシのおかげであるということ、ゆめゆめお忘れなきようにっ!」
なんでこんなことでここまで居丈高になれるんだろうなぁ、こいつは。
「あの、ヤシロさん。あの人、なんかしたんッスか?」
イメルダの自信の意味が分からず、ウーマロが俺に尋ねてくる。
本人に聞けよ……とか思っていると、本人が答えてくれた。
「おねだりをしたんですわっ!」
「なんで、そんなことであんな自信満々になれるんッスかね?」
だから本人に聞けっつうのに。俺は知らん。
「でも、イメルダさんのおねだりのおかげで、焼きおにぎり茶漬けが食べられたのはホントです。イメルダさん、偉いです!」
「……うむ。マグダも知らなかった新しい食べ方……イメルダ、大義であった」
「ほほほっ! もっと褒めるとよろしいですわっ!」
「イメルダさんが、お嬢様なのに意地汚い庶民派でよかったです!」
「……普通の感性を持っていればとても真似できない行為を、恥ずかしげもなく出来る度胸はさすがっ」
「褒められている気がしませんわっ!?」
そりゃあ、褒めてないからだろうな。
「イメルダさんの素直な心が、多くの方々に新たな出会いと喜びを与えたのです」
「イメルダさん、すごいです。わたしも感謝しています、この味に出会えたことを」
食いしん坊シスターとその娘はにこにこ顔だ。……どんどん似ていく…………怖いよぅ。
「イメルダちゃん! 最高だ!」
「ありがとうな! イメルダのお嬢さん!」
「イメルダさん、バンザーイ!」
「今日も巨乳がよく揺れているでござるっ!」
「おほほほほっ! みなさん、ありがとう! ベッコさん以外のみなさん、ありがとうですわ!」
「ぬゎっ!? 省かれたでござるっ!?」
いつの間にか入り込んでいたベッコをきっちりとスルーして、イメルダは両手を振って観衆の声援に応えている。
……アイドルか。
「ワタクシ、非常に気分がいいですわっ! よろしいですわ! 本日、この場のお代はワタクシが持ちますわっ!」
「いいぞー!」
「木こりギルド最高ー!」
「イメルダさん美人!」
「イメルダさん太っ腹!」
「イメルダさん巨乳でござるっ!」
「ベッコさん以外のみなさん、ありがとうですわ!」
「ぬゎっ!? またまた省かれたでござるっ!?」
大変気前のいい話ではあるのだが……イメルダよ。
お前、今回俺に奢られるってこと忘れてないか?
俺がお前の分奢って、お前がお前以外の連中を奢るって……それどうなのよ?
「ヤシロさん。ワタクシ、とても満たされた気分ですわ!」
この上もなくご満悦な顔のイメルダ。
お前がそれでいいなら何も文句ねぇけどな。
「じゃあ、満たされたついでに一つ協力してくれねぇか?」
「ヤシロさんがワタクシに? なんですの!?」
いやいや、すごい食いつきだけど……これまでも結構頼ってたろ?
「結婚式をより良いものにするために、ある男を倒したいんだ」
「ほほぅ。結婚式を邪魔立てする悪者ですの?」
いや。むしろ、どちらかと言えば協力的なヤツなんだが……
「ちょっと、無理なお願いをしたくてな。そのためには、完膚なきまでに叩きのめすのが手っ取り早いと思うんだ」
そうすることで、向こうも理由をつけやすいだろう。
無条件であまりに優遇し過ぎるのも、周りの目があって難しいだろうしな。
特に、『一部の連中には大人気の代物』を拝借しようってんだからな。
「それで、誰を倒すんですの?」
俺の参謀に名乗りを上げる気満々のイメルダ。
お前がいれば百人力……いや、必ず勝てる。
だからな――
「倒す相手は、ハビエルだ」
――しっかり頼むぜ、ハビエルキラー。
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