程なくして、大きな鏡が大量に運び込まれてくる。
それをミラーハウスへと取り付けていく大工たち。
「ビックリハウスだけは、明日になりそうだな」
「そうッスね。講習会の二日目に間に合うかどうかってところッスかねぇ」
歯車の完成を待たなければいけない上に、その後組み立てと動作チェックが必要になる。
歯車が狂っていれば、最悪動作しないことも考えられる。
「まぁ、この三つがあれば十分か」
「そうッスね。正直、ミラーハウスが一番驚かれるかと思ったッスけど、他二つの方がすごいッスね」
ミラーハウスは、よくも悪くもミラーハウスだ。
想像の域を出ない。
まぁ、初めて入るヤツはそれなりに楽しめると思うけどな。
「よ~し、ミラーハウスの完成だ。なかなかいい出来になったぞ」
腕まくりをして、オマールが出てくる。
その後ろからは、足をふらつかせた大工が数名。
「結構、酔うな、あれは……」
「あぁ、クラクラする」
慣れないとそうかもな。
「……なんか、吸い込まれそうだった。……怖っ」
合わせ鏡のなんとも言えない怖さみたいなのはあるよな、確かに。
「誰かに入ってもらって、感想を聞きたいッスけど……給仕さんたちは忙しそうッスよね」
お化け屋敷とトリックアートの驚かせ役として、それぞれが自分の役割について、今一度再検証している。
如何にすればより驚きを大きくできるかと。
「ジネットたちは、お披露目の時に改めて来るって言ってたしなぁ」
早朝、朝食を持ってきてくれた陽だまり亭一行。
昨夜は本当に全員で一緒に寝たそうだ。テレサもギルベルタも。
お風呂から寝るまで、ずっと一緒だったんだと。
混ざりたかったなぁー!
で、日が出たら怖さも霧散したようで、いつもの笑顔で朝食を持ってきてくれた。
この後、午後から行うお披露目会に、改めて顔を出すと言っていた。
マスコットキャラクターのお披露目会に続いて、今度はアトラクションのお披露目会だ。
二日続けてこんなことやって、どれだけの人間が来るかは分からんけどな。
「しかし、お披露目会の前にってことになると、誰かを呼びに行かないと……」
と、視線を運動場の外へ向けると、そこに小さな天使が見えた。
「てんとうむしさ~ん」
ミリィが手を振ってやって来る。
今日も頭の上では大きなテントウムシの髪飾りが揺れている。
「どうした、ミリィ?」
「ぅん。ぁのね……」
近くまで来て、周りをきょろきょろと見て、口の横に手を添えて背伸びをする。
内緒話の合図だ。
耳を寄せると、ミリィが背伸びをして小声で言う。
「この前、寂しぃ気持ちで帰っちゃったから、『みりぃは平気だよ』って、ちゃんと伝えたくて……ほら、マスコットのお披露目の時はみんないた、から……その、改めて……ね」
わざわざ言いに来てくれたらしい。
「そうか。ミリィが平気ならよかった」
「ぇへへ。心配かけて、ごめん、ね?」
「いいや。全然」
ミリィの心配なら、いつでも、いくらでも。
「怖くて眠れない夜には、添い寝をしてもいいとすら思っているほどだ」
「はぅ……それは、大丈夫……」
「おぉっ、添い寝に許可が下りるとは!?」
「ち、違ぅ、ょ!? 大丈夫っていうのは、大丈夫じゃなくて、平気ってことで!」
「添い寝しても平気?」
「そうじゃなくて……もぅ、てんとうむしさん、みりぃのこと、からかってるぅ」
バレたか。
でもな、ミリィ。
「大丈夫」とか「平気」とか「結構です」ってのは、悪徳詐欺師が都合よく解釈をねじ曲げて悪用しやすい言葉だから、気を付けろよ。
「それとね、れじーなさんから、ゴムの木について聞かれたの」
「あぁ、探してほしいって言ってたか?」
「うん。もしできたら、てんとうむしさんも一緒に行ってほしいなって……、でも、忙しそう、だょ、ね?」
「ん~……まぁ、数日後なら時間を作れるぞ」
「ほんと!? じゃあ、また日程を相談させてね」
そんな「ぱぁあ!」って笑顔で言われたら、無理やりにでも予定を空けなきゃって思っちまうよ。
「で、ゴムの木の話の時、レジーナにエロいこと言われなかったか?」
もし言ってたら、あとでとっちめといてやるよ。
そんな気持ちで聞いたのだが。
「ぅん……っとね。……てんとうむしさんが、……ぱんつ、作りたいって」
「俺のせいにしやがったな、レジーナのヤツめ」
「てんとうむしさんは、言ってないの、そんなこと?」
「いや、言ったが?」
「言ったの!? ……ゃっぱり」
やっぱりってなんでしょう!?
「言いそうだなぁ」とは思ってたの!?
まぁ、言ったんだけども!
「あ、そうだ。ゴムの木の他にさ、探してほしい花があるんだけど」
「ぅん。ぃいよ。どんなお花か教えてね」
「じゃあ、今度な」
「ぅん」
三十一区領主のお付きの者の気持ち悪い方、スピロを取り押さえてくれたナタリアに、オリジナルブレンドのハンドクリームを作ると約束したしな。
膝枕をしてくれたレジーナとジネットにも、同じものをプレゼントしようと思う。
それを探してくれるミリィにも何かお礼をしたいところだが……
「そうだ、ミリィ。少し時間があるなら、新しいアトラクションを試してみないか?」
「ぇ? 今日お披露目のヤツ?」
「あぁ。たった今完成したばかりの最新作だ」
「ゎあ! ぃいの?」
「大工も、感想を聞かせてほしいってよ。な?」
「そうしてもらえると嬉しいッス」
「じゃあ、……ぅん。やってみたい!」
というわけで、ミリィと一緒にミラーハウスを体験してみることにした。
日本では、LEDを使ったりして幻想的なミラーハウスが増えてきたが、こっちで作ったのは昭和の遺物とも言うべき昔ながらのミラーハウスだ。
鏡とガラスで作った巨大迷路、ってところだな。
壁はガラスか鏡になっており、どこが通れる場所なのか混乱するような内装になっている。
通路の壁は三角柱を基本として組み合わせていく。
四角ではなく三角にすることで空間に広がりが生まれるのだ。
「危ないから、ゆっくりな」
「ぅん。……ぇへへ。なんだかどきどきする」
「手でも繋ぐか?」
「へぅ!? へ、平気っ!」
「じゃあ、迷子にならないようにな」
「平気だよぅ」
と、俺を見上げてほっぺたを膨らませたミリィが、ガラスに激突した。
「はぅ!? …………ぃたぃ……」
「大丈夫か? しっかり前を見て進もうな」
「ぅん…………わぁ! みりぃがいっぱいいる……っ!」
角を曲がれば、鏡が向かい合わせとなり、乱反射に次ぐ乱反射であっちこっちに俺たちの姿が映し出されていた。
「ぉもしろ~い!」
てってってーと駆け寄って、鏡に映る自分を覗き込む。
鏡を覗き込むミリィの後ろに、後ろ姿のミリィが映っている。
ミリィはしばらく鏡を覗き込んだ後、テントウムシの髪飾りをちょんっと押して揺らす。
揺れるテントウムシを見て笑う。
「ぇへへ……かゎいい」
「まったくだ! 持って帰る!」
「はぅっ!? ち、違うょ!? みりぃじゃなくて、てんとうむしの髪飾りが……」
「いいや、ミリィが可愛い!」
「ぁう……ぁの…………ぁり、がと……」
テントウムシの髪飾りで顔を隠し、ミリィが足早に先行する。
スタスタ歩いて、鏡に激突した。
「ぁうっ! ……ぃたぃ」
なんだろう、この和む生き物。
流行ればいいのに。
「ミリィ、危ないから、手繋いでいこう」
「……ぅん」
そっと俺の手を掴む小さな手。
手を繋いで歩き出すと、前方の鏡に俺たちの姿が映る。
「はぅ……っ」
その姿を見て、ミリィが声を上げ、視線を逸らす。
「はぁぅ……っ!?」
が、視線を逸らした先にも俺たちが映っていて、どっちを向いても俺たちが映っている。
「うきゅっ!」
あっちこっちを見た後、堪らなくなったって感じで俺から手を離すミリィ。
「ぁの……なんかね…………客観的に見ると……ちょっと、恥ずかしぃ、から……」
手を繋いでいる姿が鏡に映って視界に入るのが恥ずかしいらしい。
……後ろから抱きしめて鏡に映したらどんな顔をするのだろうか…………いかん、ドS細胞が疼き出す! 鎮まれ、俺のドS細胞!
ミリィが照れているので、話題を変えてやろう。
「本当は、床と天井も鏡にしたかったんだが、さすがに費用と、安全面で厳しくてな」
「踏んだら、割れちゃいそう、だもん、ね」
そうなんだよ。
ここの鏡は、もう純粋に鏡過ぎて、強度が低いんだよ。
鏡面になっているシートとか、ないからなぁ。
「天井も床も鏡にすると、前後左右どこまでも世界が広がっていくようで、すごく美しいんだ」
全方位鏡が出来るのであれば、光るレンガや集光レンガをレイアウトして、幻想的な無限空間を演出できたのだが……残念だ。
「それに、床と天井が鏡なら……スカートの中身が覗き放題だったのに!」
「床は、このままでぃいと、思うょ!?」
「違う違う! 下を見てると『覗いてる』と思われるけど、上を見ても反射したパンツが見えるんだ!」
「何が『違う』なのか、分からなぃょ!?」
上にも下にも、どこまでも続いていく無限パンツ!
そんなものを作りたかったのだが……技術が足りなかった。無念だ。
だが、最後の最後だけは頑張った!
鏡の迷路を超えると、ゴールに続く鏡のトンネルが出現する。
大きな正三角形のトンネルで、全面鏡張り。
ただし、鏡の上は歩けないので、深く堀り込んで鏡を敷き詰め、その上を分厚いガラスの橋が通っている。
厚みがあるので不透明ではあるが、おぼろげに色味が分かる程度には透けている。
鏡のトンネルを、ガラスの橋を渡ってくぐり抜ける。
橋の両サイドに小さな集光レンガをあしらい、無限に広がる空間を演出している。
幾分クオリティは劣るが、これでも十分に喜んでもらえるだろう。
合わせ鏡に浮かぶ無数の光の中を、ゴールに向かって進んでいく短いトンネルだ。
「お疲れさん。ここを超えればゴールだ」
「ぅん。……わぁ! すごく、きれぃ」
「じゃ、行こうか」
「ぅん」
と、一歩足を踏み出しかけたミリィが立ち止まる。
「……てんとうむしさん、先に行って」
「大丈夫、一緒にゴールしよう」
「……みりぃ、今日、スカートだから」
「大丈夫! 俺、ずっと上を見てるから!」
「上もだめっ! もぅ、先に出ててっ!」
顔を真っ赤にして叱られたので、言うとおりにしておく。
不透明なガラスのせいでパンツは見えないと思うんだがなぁ……
まぁ、女性用に、腰に巻けるストールでも用意しておいてやるか。
モニターがいたからこそ分かった発見だな、うん。
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