異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

272話 三が日に集う者たち -3-

公開日時: 2021年6月15日(火) 20:01
文字数:4,069

 足湯のたらいが片付けられ、俺たちは庭に道具を広げる。

 もちろん、餅つきの準備だ。

 

 移動販売を行った屋台とは別に、ウーマロとハム摩呂が交代で曳いてきた荷車にはどかどかっと餅つきセットが詰め込まれていた。

 臼に杵。蒸し器に寸胴、すり鉢にすりこぎ等々。

 

 陽だまり亭で炊き上げてきたあんこもたっぷりと積み込んである。

 

「もち米はこちらに用意してある。ジネぷーよ、指示を頼む」

「はい。では、ヤシロさん。わたしはもち米を蒸してきますね」

「おう、頼む」

「ナタリア。君はジネットちゃんの補助を頼む」

「かしこまりました」

 

 米を蒸すのも時間がかかる。

 向こうはジネットに任せてこちらは餅つきとその後の味付けの準備を進める。

 

「やぁ。息災であったか、ヤシぴっぴ」

 

 準備した道具を確認しているところへ、背の高い、年齢の割にがっしりとした体つきの爺さんが頭頂部の一本毛を揺らしてやって来る。

 

「よぉ、チョロリン。しばらくぶりだな」

「ヤシロ! すみません、ミスター・ドナーティ。相変わらず無礼な男で」

「はっはっはっ! 今さらヤシぴっぴの態度に苦言を呈するつもりなどない。好きにさせておけばいいさ」

 

 なんとも寛大な爺さんだ。

 五等級貴族と言われている外周区の領主たちよりも一つ上の階級である『BU』の領主たち。その中で頭一つ抜け出した実力と威厳と迫力を持ち合わせた重鎮、ドニス・ドナーティ。

 二十九区、悲劇の領主候補マーゥルに恋い焦がれる純情爺さんだ。

 

「懐古酒場とやらに、もうマーゥルは誘ったのか?」

「な、何を言うのだ、ヤシぴっぴよ!? ワ、ワシは別にそのようなつもりであの場所を作ったのでは――」

 

 必要以上に焦って声を荒らげ、辺りをキョロキョロ警戒するように見渡した後で俺に向かって「しぃーっ!」っと人差し指を口に当てて見せつける。

 ……お前の恋心なんか、もう全員にバレてるっつーの。

 

「あ、あー、そういえば。ヤシぴっぴは甘酒と豆腐が好きであったな。ど、どうだ? もしよければ招待するが、そのぉ、親しい者たちを誘って遊びに来てみるか? 普段世話になっている目上の者などを誘って、なぁ? ん?」

「なんで俺がマーゥルと豆腐を食いにわざわざ二十四区まで行かなきゃいけないんだよ。自分で誘え」

「……それが出来ないから困っているのではないかっ! 何かいいアイデアを寄越さぬか、ほら、さぁ、いざ!」

 

 いい歳こき過ぎたジジイがなに眠たいこと言ってんだ。

 んなもん、「面白いものを作ったから見に来い」って手紙を書けばいいだろうが。マーゥルも、領主候補として活動していたなら各区の名産品には精通していただろうし、甘酒も豆腐も懐かしがってくれるだろうよ。

 好きかどうかは知らんがな。

 

「あぁ、そういえば。マーゥルが豪雪期にもふもふの耳当てを俺から奪っていってな」

「もふもふの耳当てだと!? 詳しく聞かせてもらおうか!?」

「話は変わるけど、リベカんとこのみりんの出来がいいんだよなぁ……」

「木箱に詰め込めるだけ詰め込んで送ってやる! 大豆もいるか? もち米と小豆も多少は融通できるぞ!」

 

 言いながら、俺の手に封筒を押しつけてくる。

 中を開けてみれば、懐古酒場で使用できる無料飲食券と、二十四区の高級(笑)宿屋『月の揺り籠』の宿泊券だった。

 俺、ジネット、マグダ、ロレッタ、エステラとマーゥルを想定しているのか、チケットはそれぞれ六枚ずつあった。

 あぁ、違うな。エステラとマーゥルはそれぞれ給仕長を連れてくるからマグダたちの分はないのか。

 

 ま、どっちにしても行かないけどな。

 

 六枚ならゼルマルのジジイたちにくれてやろう。

 ムム婆さんとゼルマルのジジイ、ボッバにフロフト、それからオルキオとシラハでちょうど六枚だ。

 一緒に行く必要はないから、オルキオたちは別日に行けばいいし。夫婦で旅行とか、喜ぶだろう。まぁ、三十五区からだとかなり近場になっちまうけどな。

 

「……ヤシロさんって、どこ行っても無敵ッスよね」

「ボクとしては、毎回はらはらして心臓がもたないから早々に限度というものを身に付けてもらいたいんだけれどね……」

「……ヤシロだから仕方ない」

「お兄ちゃんは、肩書き持ちの偉いさんを手懐ける天才です」

 

 外野がやいやい言っているが、もらえるものはもらっておくに限るし、利用できるものは利用してこそ価値があるのだ。

 

 もち米と小豆がもらえるなら、赤飯でも炊いてみるかな。

 

「魔獣のファーを使った防寒具でな。両耳にもふもふしたクッションを当てるんだ」

 

 両手で両耳を覆ってみせると、ドニスはもふもふ耳当てをつけたマーゥルでも想像したのだろう、「ずぴぃー!」っと盛大な鼻息を漏らした。

 

「まだしばらく朝夕は肌寒いからなぁ。活用するとか言ってたぞ」

「四十二区の港建設には『BU』の領主としても非常に強い関心を抱いておってな、是非視察に訪れたいと思っていたところなのだ。早朝から!」

「だそうだぞ、エステラ」

「……責任取って、当日の対応は君がするようにね」

 

 えぇ……なんで俺だよ。

 領主の仕事だろうが、そんなもんは。

 これ見よがしに『BU』の領主をかき集めて工事の着工式にでも出席させれば、三十区領主への牽制くらいにはなるだろう?

 有効活用しろよ。お前が。

 俺じゃなくて、お前が。

 

「ヤシロさん。もち米を蒸し始めました」

 

 もち米の準備を終え、ジネットが戻ってくる。

 

「あ、ドニスさん。ご無沙汰しております」

「うむ。そなたも息災で何よりだ」

「この度は、食材をご用意してくださりありがとうございます」

「なぁに、気にすることはない。そなたの料理は美味いからな。今回も期待しておるぞ」

「はい。任せてください」

 

 ジネットは、新しい餅料理に自信があるようだ。

 早く作りたくてうずうずしている。

 新しいと言っても、アレンジ料理だけどな。

 

「さて。もち米が蒸し上がるのを待つ間に、我が三十五区で普段食べられている『餅』を披露しよう。ギルベルタ」

「かしこまる、私は。期待に応える、ルシア様の」

 

 ルシアの合図で、ギルベルタをはじめ給仕たちが庭に鍋を運び出してくる。

 興味を惹かれたジネットやマグダたちが作業場に群がる。

 

 庭に設けられた頑丈そうな木製のテーブル。

 幅も長さも十分あって、安定感もばっちりだ。この上でなら安心して調理が出来そうである。

 竈はどうするのかと思ったら、七輪が出てきた。

 

「ふふん。ウェンたんに勧められてな。大量に購入したのだ」

「あぁ、セロンの自信作だからな」

「せ……ろん?」

「ルシア。ウェンディはお前のじゃないから」

 

 セロンへの嫉妬が酷過ぎる。

 完全に記憶から抹消しようとしてやがるな、こいつは。

 やらないからな?

 悪あがきはするな。な?

 

「もち米を炊いて、竹の棒に巻きつけてあるんですね」

「うむ。この状態で乾燥させ、煮たり焼いたりして食すのだ」

 

 それは、まさにきりたんぽのようなものだった。

 きりたんぽはもち米ではないけれどな。

 

「乾燥させ過ぎると、このようにひび割れるのだが、これもまた餅の醍醐味と言える」

 

 ハロウィンの時にルシアがやっていた仮装を、俺が「ひび割れた鏡餅」と表したのだが、なるほど、こういうのがあれば意図は伝わるか。

『鏡餅』ってのはなくとも、『強制翻訳魔法』が『餅』と翻訳してくれていたのだろう。

 

 ひび割れた餅を七輪の上の金網に載せ焼いていく。

 一部はナイフで2センチほどの幅に切ってスープの入った鍋へと投入していく。

 

「さぁ、味を見てくれ」

 

 ルシアに勧められ、給仕たちが用意した三十五区の餅料理を食べる。

 

「ん、美味いな」

「そうであろう?」

 

 想像していた味とは違うが、これはこれで美味い。

 ただし、餅というより団子やすいとんといった食感ではあるが。

 

「これは、海鮮のスープですね」

「うむ。我が区の名物料理だ。この街の者はみな、このスープを飲んで大きくなるのだ」

 

 ルシアは本当に三十五区が好きなんだな。

 自慢する時の顔がすげぇ嬉しそうだ。

 エステラの四十二区好きに匹敵するだろう。

 

「ほれ、カタクチイワシ、焼き餅だ。ヤキモチ焼きの貴様なら、共食いになるぞ」

「俺がいつ誰にヤキモチを焼いたってんだよ」

 

 焼いた餅にどろっとしたソースをかけたモノを渡された。

 焼いてないドリアみたいな印象だ。

 そうか、こうやって食うのか。餅というより保存食というイメージに近いな。

 

「面白い味ですね」

「なんか物足りないけどな」

「そうかい? ボクは結構好きだけどな」

 

 ジネットが控えめに言って、エステラは気に入った様子だ。

 俺としては、やっぱり焼いていないドリアという印象が強い。

 

「ワシの区にはこのような食べ方はないので非常に興味深い。是非参考にさせてもらおう」

 

 ドニスも気に入った様子で、自分のところの執事にレシピを聞いてくるように申しつけている。

 執事がギルベルタのもとへ駆けていく。

 それを見送って、ドニスが空いた皿をテーブルへ置いた。

 

 その時、テーブルの脚が外れ、テーブルに置かれていた鍋や餅が傾いた。

 

「ドニスっ!」

 

 ひっくり返った鍋からは熱々のスープが飛び出し、ドニス目掛けて飛んでいく。

 慌ててドニスの腕を引き寄せて避難させる。

 

 あわや大惨事――という手前で、ナタリアとマグダがそれを防いでくれた。

 傾いたテーブルをナタリアが支え、傾いた鍋をマグダが空中でキャッチ。宙を舞ったスープを零すことなく鍋で受け止めてくれた。

 

「皆様、お怪我はございませんか?」

「あぁ、俺は平気だが……ジネット?」

「はい。大丈夫です」

「ボクも平気だよ。ちょっと驚いたけど」

「マグダっちょ、鍋を持って熱くないです!?」

「……平気。取っ手は熱くない」

 

 俺たちに怪我はなかった。

 だが、怪我がなくてよかったね~、で済まされない状況だ。

 

「申し訳ない、ミスター・ドナーティ、それからミズ・クレアモナ!」

「いえ、大丈夫ですから! そんな改まらないでください、ルシアさん!」

「うむ。ワシも大事はなかった。気にする必要はない」

「そういうわけには参りません」

 

 ルシアがエステラとドニスに頭を下げる。

 ギルベルタも、主に倣って双方の給仕長へ頭を下げる。

 ルシアの館の給仕たちも皆、主に続く。

 

 館での失態は領主の責任。

 これは、ちょっと大事になりそうだぞ……

 

 

 

 

 

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