異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話3話 話題の波は広がって -3-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:2,893

「……ややや?」

 

 そんな会話をしていた時、図ったかのようにマグダが現れやがった。

 食堂からひょっこりと顔を出し、俺を見つけてゆっくりと近付いてくる。

 

「……ウッセ・ダマレ?」

「呼び捨てにすんな」

「……と、イブクロ・クルーリー」

「ドリノダぞ! どんな名前ダと思ってるダ!?」

「……そして、負け犬」

「おぉい、マグダ! ちょっと待てぇい!」

 

 俺は可及的速やかにマグダを抱えて席から離れる。

 ……お前、いきなりとんでもないモンを放り込んでくんじゃねぇよ。

 

「アルヴァロが、お前との戦いをどう言ってたか知ってるか?」

「……『手も足も出せなかった完敗』?」

「正々堂々戦ったから、変則的ではあったが納得してるって、大人な対応だったんだよ!」

「……『変則的ではあったが』とか『納得している』とか、偉そう」

「お前、『偉そう』って言葉の意味を知ってるなら、もっと自分の発言に気を配りやがれ!」

「……綺麗事を言っても、所詮は敗者の戯言。言葉を残すのは、勝者の特権」

「はぁ…………なんでこう育っちまったんだろうなぁ…………アイツのせいか」

 

 お前さぁ。

 小細工された方が「気にしてない」つってくれてんだから、わざわざ寝た子を起こして火に油注ぐんじゃねぇよ。

 

「……アルヴァロは強い。それは誰もが認めていること。わざわざ本人が言うまでもないこと」

 

 拘束する俺の腕を払いのけ、涼しい顔で言う。

 

「……ただ、あの試合の時、マグダは絶対に負けられなかった。その想いが、ほんの少し、アルヴァロを上回っていた。それがすべて」

 

 こいつも、アルヴァロと同じような結論に達していたわけだ。

 あの時の勝利は、実力だけじゃないって。運と――仲間の応援が力になったんだって。

 

「……本気で戦った者同士なら、言葉など不要。だから……」

 

 ゆっくりと顔を上げ、サロンの一等席の方へと視線を向けるマグダ。

 追うように、そちらへ目を向けると……

 

「いい度胸だゼ、虎っ娘! リベンジさせろだゼ! 同じ食いもんで同じ制限時間で勝負だゼ! 今度こそ絶対負かしてやるだゼ!」

「落ち着くダ、アルヴァロ! 相手はまだ小さい子供ダぞ! ぅぉおお!? なんで変身してんダぞ、お前ぇぇえ!? ムキになるなダぁぁぁああ!」

 

 アルヴァロが白虎の耳を生やし、鼻から下を獣に変えていた。……変身してんじゃねぇよ。

 

「……あのように、言葉を重ねるのはみっともない。……所詮、負け犬。よく吠える」

「…………お前。ほんっと、アイツに似てきたよな」

 

 もしかしたら、俺はとんでもないところにマグダを預けてしまったのかもしれない。

 あんなヤツのそばに置いておくから、こんなひねた性格に……

 

「アルヴァロがあの調子だからな。俺たちは帰った方がよさそうだな」

 

 丘クジラは、少しもったいない気がするが。

 

「……そうはいかない。マグダはメドラママに用がある」

「ママに?」

 

 真剣な顔で頷くマグダ。

 ……なんだろう。すげぇ嫌な予感がする。

 

「今、ママのところにはリカルド様がおいでになっている。失礼のないようにな」

「……平気。マグダはメドラママに失礼を働いたりしない」

「その言葉すら信用しかねるところだが……それよりも、リカルド様に無礼を働くなよ」

「…………え?」

「…………あ?」

「………………」

「………………」

「…………リカルドに、なぜ?」

「お前、リカルド様の偉さ、ちゃんと理解してんだろうな!?」

「……あぁ、偉さ……ふむふむ…………」

 

 腕を組んで、さも「今思い出した」とでも言わんばかりの様子を見せるマグダ。

 ……こいつはぁ。

 まぁ、あらかじめ注意しておきゃ大丈夫だろう。領主の偉さを見失うわけもねぇし。

 無礼を働くようなことはないだろう。

 

「……リカルドごときに、なぜ?」

「領主の偉さを見失ってるな、お前!?」

 

 こいつは危険だ。

 俺が同伴してやろう。……つか、こいつを一人でリカルド様に会わせられねぇ。四十二区支部全体の問題に発展しかねないからな。

 

「俺も付いていく」

「……ストーカー……」

「違ぇ!」

 

 何が悲しくて、こんなちんちくりんに付きまとわなきゃなんねぇんだよ。

 もっと色気を身に付けてから抜かしやがれ。

 まったく、まだまだガキのくせに…………と、そういえば。

 

「なぁ、マグダ。あの約束守ってもらったのか?」

「……約束?」

 

 ギルド長室へ向かう道すがら、俺はマグダに聞いてみる。

 大食い大会五回戦で、こいつらが交わした約束のことを。

 

「ほら、アイツが言ってたろ? お前が勝ったら陽だまり亭の店長と『川の字』で寝てやるって」

「……うむ。約束した」

「それ、もうやってもらったのか?」

 

 すなわち。

 ……ヤシロの野郎は、あの店長と、その、一晩………………えぇい、チキショウ、羨ましい!

 

「で、どうなんだ!?」

「……えーん。顔の怖いオッサンがエロい質問を投げかけてくるよー」

「悪意ある誇張してんじゃねぇよ!」

「……メドラママー」

「やめろ! 俺の命がなくなるだろうがっ!」

 

 冗談でも、ママの耳にそんな悪評が入ったら…………ミンチ、いや、粉末にされかねない。

 

「まぁ、答えたくねぇなら聞かねぇよ」

「……川の字は、まだ」

 

 前を向いたまま、マグダはあっけなく答えを寄越す。

 もう結構経つのに、まだ約束は履行されていないのか。

 

「アイツ、しらばっくれてバックレるつもりなんじゃねぇのか?」

「……それはない。ヤシロは、マグダとの約束を破ることはない」

 

 すげぇ自信だな。

 人間性で言えば、アイツほど信用に足りないヤツも珍しいと思うんだが。

 

「……川の字は、取ってある」

「取ってある?」

「……機が熟すその時まで、大切に取っておく」

 

 機が熟す……ってのは、アイツと陽だまり亭店長が、その……一晩同じ部屋にいてもいいようになる時を……って、ことか?

 

「……今もし、川の字で寝たとしたら…………」

 

 ふと、マグダの足が止まる。

 そして、拳を握りしめて、確信を持った口調で断言する。

 

「……ヤシロは、マグダを通り越して店長の爆乳を一晩中眺め続けるだろう」

「…………あぁ、そうだろうな」

 

 容易に想像できるぜ、その様が。

 

「……だから、もう少し待つ。そうしたら……」

 

 静かに息を吸って、マグダが虚空を見つめて語り出す。

 

「……店長と並んでも遜色ない爆乳になっているだろう」

「イヤ、無理だろう!?」

「……『(マ)さぁ、寝よう。今日は疲れたから。ちなみにマグダは、寝る時には着けない派(ゆっさり)』『(ジ)はぅう……マグダさんと並んで寝ると、どうしても見劣りしてしまいますぅ~』」

「ちょっと待て、マグダ!? お前、『アレ』に勝つ気でいるのか!?」

「……『(ヤ)いやぁしかし、急激に成長したもんだよなぁ。マグダはまだ十六歳なのに』」

「しかも三年そこそこで!?」

 

 こいつは、どんな無謀な戦いを挑むつもりなんだ……

 陽だまり亭店長の『アレ』に勝とうなんざ……ママとタイマンして勝つのと同レベルの難易度じゃねぇか。

 

 なんて野望を抱いてやがるんだ、マグダ……

 

「……マグダのママ親はそこそこの巨乳だった。その遺伝子を持ち、店長と同じ環境で育てば……いいとこどりが出来るはず」

 

 都合のいい妄想しやがって。

 陽だまり亭で働くだけで胸がデカくなるってんなら………………通う頻度が上がるかも、しれんな。うむ。

 

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