異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

361話 潜入 -4-

公開日時: 2022年5月30日(月) 20:01
文字数:3,879

「主様がお会いになられます」

 

 先ほどの兵士が戻ってきて、俺たちを屋敷へと案内する。

 通されたのは、前回と同じ応接室だ。

 さて、あの奥の扉には何人の兵士がいるんだろうな?

 それとも、みんな中庭で居もしない害虫駆除に勤しんでいるだろうか?

 

 ん? 害虫?

 嘘だけど?

 

 それがどうした。

「害虫がいる」と発言した兵士が俺だと、一体どこのどいつが分かるってんだ。

『精霊の審判』をかけられるなら、かけてみやがれってんだ。

 

 応接室に、当然ウィシャートはおらず、俺たちはまた無駄に長い時間待たされた。

 もう慣れっこだい。

 

 ただ、前回とは違い、今回は応接室の壁にずらりと兵士が並んでいる。

 裏門を守っている連中よりも物騒な武器を携えた、見栄えのする兵士だ。

 

 こいつらは威圧部門なんだろうな。

 本体は中庭にいたような、安っぽい鎧を着た兵士だろう。

 対外的に見せる時だけ強そうなのを見繕って見栄を張っているのだ。

 

 ここにいる兵士たちは、ウィシャートの信頼を得た選ばれた連中なのかね。

 さぞや誇らしいのだろう、他の兵士とは異なるその装備品が。

 こいつらが寝返ったら、ウィシャートのヤツ、焦るだろ~なぁ~。

 

「ウィシャート様がおいでになる! 立て!」

 

 一際豪華な、銀色の鎧を着た兵士が俺たちを叱責するように声を張り上げる。

 

「君のような兵士に命令をされる謂われはないが?」

 

 エステラが氷の視線で銀色兵士を睨む。

 

「無礼であるぞ! 不服なら、即刻立ち去っていただいても構わぬが!?」

 

 それで、「仕方ないから立つか~」ってなればウィシャートの勝ちなのだろうな。

 くっだらねぇ勝負。

 拒否すれば、出てこないつもりなのか?

 

 エステラに視線を向け、「ヤっちまえ」と合図する。

 エステラは重いため息を吐き、座ったまま銀色兵士を睥睨する。

 

 

「ウィシャートがボクから逃げたい気持ちはよく分かった。いいから貴様があの腰抜けをここに引き摺ってこい。これは命令だ」

 

 

 俺が仕込んだ、相手をイラッてさせる言い回しだ。

 よ~く勉強するんだよ、エステラちゃん。

 

「貴っ様ぁぁあ……っ!」

 

 歯茎が「ぶりんっ!」ってこぼれ落ちそうなほど歯をむき出しにして、銀色兵士がエステラを睨む。

 腰のロングソードの柄に手をかける。

 掴んだ瞬間、ナタリアが銀色兵士の目の前に割り込んだ。手を懐に忍ばせ、おそらくナイフを掴んでいるのだろう。

 

「全面戦争でも、こちらは一向に構いませんよ。耳だけはよろしいのでしょう、あなたの主は?」

 

 暗に、「こちらにどれほどの味方がいるのか理解しているのだろ?」と脅しをかける。

 昨日の領主大集合を、ウィシャートは把握しているはずだ。

 ここで剣を抜けば、エステラが「宣戦布告と見做す!」と宣言して全面戦争に突入することはバカでも分かる。

 

 そうさせないためには、もう出てくるしかねぇぞ、ウィシャート。

 

 

 新米の、甘ちゃんの、たかが小娘と侮っているから後手に回るんだ。

 まさか、エステラが全面衝突を覚悟しているとは思いもしなかったか?

 

 俺たちは、常に最悪を想定して動いていた。

 

 

 テメェがどうしようもないクズなら、三十区を領民ごとぶっ潰す覚悟だってしていたさ。

 その責任を取って、エステラが領主をやめることになろうともな。

 

 

 俺もエステラも覚悟してんだよ。

 たとえどんなリスクを背負うことになろうとも――

 

 

 

 四十二区の領民の生活を守る、ってな。

 

 

 

 プラスで、俺はエステラの生活も守ってやるつもりでいるけどな。

 

「……無礼な小娘がっ」

 

 精一杯の虚勢を張って、銀色兵士が奥へと引っ込む。

 お手上げ、降参、「え~ん、うぃしゃーとさま~」ってか?

 何も出来ないヤツが粋がるな。

 

 お前に、この交渉を決裂させる権限はない。

 

 

 銀色兵士が奥に引っ込んで程なく、ウィシャートが応接室へとやって来た。

 銀色兵士ばりに豪奢な鎧を着た騎士を八人も引き連れて。

 部屋が狭ぇわ。

 あと、ガッチャガッチャうるせぇ。

 

 ウィシャートは俺たちの前に来ると、挨拶もなくドサッとソファに腰を落とした。

 そして足を組みふんぞり返って鼻息を吹き出す。

 

「実に無礼な小娘だ。このような野蛮な者が貴族にいたとは。世も末だな、嘆かわしい」

 

 いやらしいモノクルをギラつかせ敵意をぶつけてくる。

 それを真っ向から受けて立つエステラ。

 

「奇遇だね。ボクも嘆いていたところだよ。よもや、こんなにも幼稚な貴族がいるとは考えもしなかったんだ。他人を見下すことで得られるその場しのぎの優越感に浸るのは、そんなに楽しいかい? 理解に苦しむよ」

「なんだと貴様!」

 

 騎士たちが一斉に声を上げ身構える。

 

「まぁ待て」

 

 ウィシャートが片手を上げ、それを鎮める。

 これも演出だな。

 こうすることで、自分の度量を大きく見せようという実にせせこましい下心だ。

 みみちぃ作戦だな。

 

「この者たちは、腕は確かなのだがいささか忠誠心が強過ぎるきらいがあってな……あまり不用意な発言が続けば、暴発することもないとは言いきれんのだよ」

「なるほど」

 

 あまり生意気を言ってるとボコボコにするぞと、田舎のヤンキーみたいな脅しだな。

 だが、俺がウィシャートの思考パターンをみっちり語って聞かせたエステラには、そんな脅しは通用しないぞ。

 

「要するに、躾の行き届いていない雑兵だということだね」

「なんだと!?」

「それとも、教育されても理解できない無能揃いなのかな?」

「貴様っ!」

「叩っ切ってやる!」

 

 いきり立つ騎士たち。

 もう、ほとんど蛮族だな。

 これが貴族の私兵だとはね……

 

 あまりにうるさいので、俺は懐に忍ばせていた小瓶を取り出して、テーブルの上に「ゴトン!」っと置く。

 重々しいガラスの音が室内に響く。

 

 ギャーギャー騒いでいた兵士たちが一瞬息を飲み、それにつられるように騒音が止む。

 

 

「あんまりうるさいと、この瓶をこの場で叩き割るぞ?」

 

 

 ウィシャートの眉間にシワが寄る。

 瓶の中身を訝しんでいるようだ。

 

 灰褐色の粉末がたっぷりと詰まった透明なガラスの瓶。

 この透明度のガラスはなかなかに高級だぞ。

 ただ、こいつはそんじょそこらの瓶じゃない。

 

「中身が気になるか?」

 

 瓶を凝視するウィシャートを見て、言ってやる。

 自分が見られていると悟ったウィシャートは眉間のシワを深くして俺を睨み返してきた。

 

 肯定も否定もしないのかよ。

「言いたければ言え」ってところか。

「言わなきゃ脅しには使えないぞ」とでも言いたげだな。

 

 俺は親切なので教えてあげよう。

 まぁ、語るまでもないだろう。この紋章を見れば。

 

 テーブルの上で瓶を横倒しにする。

 ウィシャートに瓶の底が見えるように。

 瓶の底には、バオクリエア王家の紋章が刻み込まれている。

 

 こいつは、レジーナにもらった小瓶だ。

 

 

 身に覚えがあり過ぎるウィシャートは、その紋章を見て息を飲みやがった。

 

 

「数年前、三十五区のとある少女が、何者かに遅効性の毒を飲まされた」

 

 淡々とした口調で、実際に起こった事実を語って聞かせる。

 

「八人の大人に取り囲まれ呪いの言葉を浴びせかけられた少女は、その呪いと共にとある毒薬を飲まされた。空気中に散布された微粒子状の毒薬をな」

 

 どうだ?

 身に覚えがあるだろう、ウィシャート?

 

「そいつは、バオクリエアから持ち込まれた禁輸品だったそうだな?」

 

 最後だけを疑問形にしてウィシャートの瞳を覗き込む。

 かつて、三十五区でカンパニュラに使用された遅効性の猛毒。

 レジーナが解毒していなければ、きっと今頃カンパニュラは生きていなかったであろう忌まわしい毒物。

 

 覚えてねぇわけがないよな? ウィシャート。

 

「ふん……訳の分からぬ話をし始めたと思ったら……それがその毒薬だとでもいうのか? だとすれば、それを割れば貴様らとて無事では済まんぞ? くだらない脅しはやめるのだな」

「脅し……か」

 

 倒した瓶を立て、右手に握る。

 

 ――と同時に立ち上がり大きく振り上げた右腕を勢いよく振り下ろす。

 手から離れた小瓶はテーブルの角にぶつかり甲高い音を立てて割れ砕ける。

 

 ウィシャートが音に反応してソファを飛び越えて逃げ出し、騎士たちがウィシャートを守るように前に出る。

 

 ……が。

 

「なんだよ。ビビってんじゃねぇかよ。脅しとしての効果はあったってわけだ」

 

 俺の右手には、粉末の入った小瓶が握られている。

 簡単な手品だ。手に握った瞬間に袖の中に隠しておいた別の瓶と持ち替えて、空瓶を叩き割っただけ。

 よく見ていれば瓶の持ち替えにも気付けるくらいに、幼稚な手品だ。

 

 ただ、迫真の演技と気迫でやってみせれば、相手の度肝を抜くくらいは出来る。

 

 へっぴり腰でソファの背に身を隠すウィシャートを鼻で笑い、もう一度粉末入りの小瓶をテーブルに置く。

 

「カンパニュラが、なぜ今も生きていると思う?」

 

 こいつらは、カンパニュラが陽だまり亭にいることを知っている。

 カンパニュラが、今も生きており、しかも以前にも増してイキイキと活動をしていることを、知っている。

 

 羞恥からか、怒りからか、顔を真っ赤に染めて、額に血管をぼっこぼこ浮かべてウィシャートが小刻みに震えながら俺を睨む。

 モノクルが曇るくらいに、ウィシャートの顔面が熱を帯びる。

 

 立ち上がったウィシャートに向かって冷淡な声を向ける。

 

「『エングリンド』って名前に、聞き覚えはないか?」

「……エングリンド、だと?」

 

 バオクリエアと取引をしていれば、一度は聞いたことがあるはずだ。

 ウィシャートも思い至ったのか、微かに眉尻を持ち上げた。

 

「こちらにはエングリンドがついている。カンパニュラの体内を蝕んでいた毒物を綺麗さっぱり解毒してみせた天才薬剤師がな」

 

 

 こちらには毒物を解毒できる術がある。

 さて、そちらはどうかな?

 

 

「もう一度だけ言おう。あんまりうるさいと、この瓶をこの場で叩き割るぞ?」

 

 

 今回、騎士たちは一人も声を上げなかった。

 

 

 

 

 

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