結婚式の翌日。
俺たちは朝から後片付けに追われていた。
キャパ以上の客を迎え入れた陽だまり亭。
並びに、大通りではずっと出店が出ていたのだ。あっちもこっちもお祭り騒ぎで、夜の花火でテンションはマックス。街は結構酷い状態になっていた。
「洗い物、終わったデスヨ!」
「こっちも、ゴミはまとめ終わったダゾ!」
シラハの護衛を兼ねて四十二区へ来ていたニッカとカールも、陽だまり亭の後片付けを手伝ってくれていた。
ロレッタ率いるハムっ子たちは、教会の片付けに派遣してしまったので、正直助かった。
「そういや、昨日ってシラハも出席してたんだよな?」
「何言ってるデスカ? このあたりのテーブルに座ってたデスヨ! ちゃんと覚えておくデス!」
「ムチャ言うなよ。昨日はこっちもいっぱいいっぱいだったんだからよ。いちいち覚えてられねぇよ」
シラハは、ルシアたちと同じテーブルに座っていたようだ。
当然、オルキオも。
「結局、オルキオが三十五区へ行くことになったんだってな」
「そうデス。もともと、オルキオ様も三十五区のご出身デスカラ、それが妥当だと判断されたようデス」
そうなると、ジネットが少し寂しがりそうだが……まぁ、ちょくちょく遊びに来ると言っていたし、きっと大丈夫だろう。
そうそう。ニッカたちは、オルキオに敬語を使うようになっていた。
シラハの屋敷でオルキオも一緒に暮らすことになったわけで、今後何かと接点も増えるだろうが、こいつらが過去は過去と割りきっているのなら問題は起こらないだろう。
なにせこいつらは、バカがつくほど素直でまっすぐだからな。
「これからは、オルキオの面倒も見てやってくれよ。シラハのついででいいからよ」
「それは無理デスネ」
あっさりと、そしてきっぱりと拒否された。
あれ? まだしこりでも残ってるのか?
「ワタシは、海漁ギルドに入るデスから、シラハ様のお世話はもう出来ないデスネ」
「はぁ!?」
海漁ギルドだと?
「昨日の鯛のカルパッチョ……あんな美味しいもの、初めて食べたデス! その材料の魚を、是非この手で捕ってみたいと思ったデスヨ!」
聞けば、その場でマーシャに直談判したらしい。
海に興味を持ち、熱い意志をまっすぐに向けるニッカを見たら、マーシャなら二つ返事でOKしそうだ。
「じゃあ、カールも海漁ギルドに入るのか?」
「俺は入らないダゾ」
「いや、でもいいのか? ……会えなくなるぞ?」
こっそりと、耳打ちで忠告だけはしておいてやる。
海漁ギルドは遠海まで漁に出ることがある。一ヶ月近く海の上で過ごすことだってあるのだ。当然そうなればニッカには会えなくなる。
カールにそんな生活が耐えられるとも思えないんだが……
「オレは引っ越しギルドに入って、花火師になるんダゾ!」
「とりあえず、ツッコミたいところだらけなんだが……どういうわけか、この街ではそれが正しいんだよな」
花火師になりたければ引っ越しギルドへ!
そんな常識が出来上がっちまった。
カブリエルが言うには、昨日の今日でギルドに入りたいってヤツが殺到したらしい。
それほど、あの花火はインパクトがデカかったってことだな。
「それに、会えなくても平気ダゾ」
「強がんなよ、お前。どうせすぐ心配になって……」
「オレはニッカを信じるダゾ。結婚の約束もしたから、それは当然ダゾ」
「ふぁっ!?」
こいつ、今、なんて言った!?
結婚!?
花園にも誘えなかったヘタレが、結婚!?
「カタクチイワシは知らないだろうデスケド……カールは、その……ずっと前からワタシのことが好きだったデスヨ……ぽっ」
「いや、知ってたけど……お前、よく思いきれたなぁ」
付き合ってくださいを一足飛びで結婚してくださいとは……
「「昨日の結婚式を見たら、なんかいいなって思ったダゾ」デスヨ」
「お前ら、感化されやす過ぎるだろ!?」
大丈夫か、こいつらの将来!?
「それじゃあ、ワタシたちはそろそろシラハ様のところへ戻るデスネ」
「カタクチイワシも、さっさと落ち着くとこに落ち着かなきゃダメダゾ」
俺の肩にパンチを食らわせて、カールたちは陽だまり亭を出ていった。
く……カールのヤツめ、偉っそうに。
この前までは俺のサポートがないと二人で出掛けることも出来なかった分際で!
「ヤシロさん」
「ポォーウッ!?」
カールたちの出ていった出入り口を睨んでいると、突然背後からジネットに声を掛けられてジャクソン的な声を上げてしまった。
な、なんてタイミングで現れるんだ、お前は……
「あ、あの……わたし、何か悪いことをしましたか?」
「あぁ、いや。なんでもない。……悪いのはカールだ。全面的にな」
「カールさんが?」
小首を傾げるジネット。
あぁもう! そういう動きとか、もう!
「そ、それで、なんだ? ムーンウォークでも教えてほしいのか?」
「むーんうぉーく?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
通じるわけないか。
見せてやるとビックリするだろうけどな。
「では、それはまた後日お願いするとして」
お願いされちゃったよ……今でも出来るかな? 中学生の頃にふざけてよくやってはいたんだが…………あとでちょっと練習しとこう。
「わたし、これからシスターのところへ行ってこうようと思いまして」
「教会に?」
向こうにはロレッタたちがいるから手伝いは不要だと思うんだが。
「陽だまり亭の片付けがあらかた終わりましたので、教会で頑張ってくださったみなさんのために夕飯などをご用意しようかと思うんです」
まだ働くの、この人!?
「ジネット。お前も少しは休んだらどうだ?」
「はい。息抜きにお料理をさせてもらおうかと思います」
息抜けてるのかなぁ、それ!?
「ですので、ヤシロさんとマグダさんはお部屋でゆっくりなさっていて構いませんよ。床掃除とかは、明日の朝、わたしがやっておきますので」
いやいやいや……
「マグダぁ」
「……分かっている。店長のサポートはマグダの仕事。食材の運搬及び調理の補助を行う」
「んじゃ、俺が床とテーブル掃除しとくわ。それで完了だな?」
「……概ね。あとは、明日の下ごしらえを残すのみ」
「…………無くならないもんなんだな、仕事って」
「あの、あのっ! お二人はゆっくりしていてくださいね? お疲れでしょうし」
お前以上に疲れている人間は、そうそういないだろうよ。
……むしろ、ジネットは疲れているというより『憑かれている』んじゃないのか? ブラック企業でこき使われている社員たちの怨念とかに。
「では、それが終わったらご飯を食べに来てくださいね。元気の出るものを作っておきますから」
「そりゃ楽しみだ」
ジネットの無自覚社畜っぷりには乾いた笑いしか出ないな、もはや。
「もし、お客さんがいらした場合は、申し訳ないですけれど、教会へ来ていただけるよう伝言をお願いしますね」
「店を休む気すらないのか、お前は……」
今日は街中が後片付けに終始しているというのに。
四十二区だけじゃないぞ。三十五区まですべての区でだぞ。
……休めよ、たまには。思いっきり。昼まで寝るとかさぁ。
「……マーシャが言っていた。サメという海の生き物は、泳ぐのをやめると……死ぬと」
「それと同じ括りに入れんじゃねぇよ、ジネットを」
限りなく近しいものはあるけどな。
あ~ぁ、だな。
時刻は昼をとうに過ぎて……っと、もうそろそろ16時か。思ってたよりも経ってたな。
今から数十人分の飯を作ったとして、ありつけるのは18時頃か。
「じゃあ、ノーマとかデリアも呼んで、昨日の慰労会も含んじまおう」
「はい。それはいい考えですね」
「……では、マグダとロレッタで招待客を厳選し、招集をかけておく」
「ん。よろしくな」
そうして、ジネットとマグダは荷車いっぱいの食材を持って教会へと向かった。
陽だまり亭には俺だけが残される。
静かなもんだ。
昨日の騒動が嘘みたいだな。……この街に限って、嘘なんてことはないんだろうが。
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