異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚7 三十五区 -3-

公開日時: 2021年3月2日(火) 20:01
文字数:3,174

「とりあえず、挨拶でもしておくか」

「粗相のないようにね」

 

 馬車を降りながら呟く俺に、エステラが釘を刺すように言ってくる。

 念を押し過ぎだろう……そんなに信用ないのかねぇ、俺は。

 

「えっと、ギルベルタさん、だっけ?」

「……なんだ?」

 

 軍人のような、鋭い視線が向けられる。

 なかなか威圧感のある顔だ。警戒心の塊……というか、全方位に殺気を放っている感じだ。

 領主を守る者としては、こういう態度が正しいのかもしれない。

 とはいえ……

 

「おっかない顔」

「粗相っ!」

 

 素直な感想を述べた俺の襟首を、エステラが乱暴に引っ張りやがった。おかげで首が絞まって呼吸が止まる。一秒ほど。危なく、そこから何も言えなくなるところだった。

 

「……(初対面の女性に『おっかない』はないだろう!? 見なよ! 軽くへこんでるじゃないか!)」

 

 言われてギルベルタに視線を向けると、薄い唇をツーンと突き出して斜め下を見ていた。

 あ、ホントだ。ちょっとへこんでる。

 

「……(フォローして! 早く!)」

 

 小声ながらも強い口調で急かすエステラに背中をグイグイ押されて、俺は再度ギルベルタに向き直る。

 フォローたって……

 

「見事なおっぱいですね」

「粗相尽くしかっ!?」

 

 いや、初対面だし。ぱっと見て褒められそうなところが、そこくらいしか見つからなくてさぁ。

 

「でもな、エステラ。会っていきなり、『綺麗』だの『素敵』だのって、女性には失礼じゃないか? こう、軽薄な感じがしてさ。だから、口先だけじゃなくて、本心からそう思える相手の長所をだな……」

「『見事なおっぱい』より失礼なことはそうそうないよ!?」

「事実、見事なおっぱいだろうが!」

「おっぱいを指さすな!」

 

 エステラとそんなやり取りをしている間中、ギルベルタは軍人のような鋭い目でジッと俺を睨みつけていた。

 照れる素振りもなく、表情は一切変わらない。

 ……怒ってる、かな?

 

「おっぱいが、見事、私の……?」

 

 ギルベルタは静かに言った後、グッと拳を握る。

 

「やったね、と思う!」

「嬉しいのっ!?」

 

 ギルベルタの返事に、エステラが思わず突っ込んでいた。

 おいおい、エステラ。粗相するなよ。

 

 しかし、掴みどころのないヤツだ。表情に乏しいのだが、まったく変わらないというわけではなく、怖そうに見えてどこか抜けている……

 

「なぁ、エステラ」

「なんだい?」

「領主の側近って、変なヤツでなければいけないってルールでもあるのか?」

「……その言葉、そのまんまナタリアに伝えておくよ」

 

 おっとぉ……意図せず火種をまいてしまったっぽいな。

 領主に関わると、なんとなくいつもババを引かされている気がする。……気を付けよう。

 

「この中のたくさんの人、初めましてだな。挨拶する、私は」

 

 そう言うと、ギルベルタは俺たちに向き直り、折り目正しいお辞儀を寄越してきた。

 

「ギルベルタ・エッケルトだ、私は。ルシア様のもとでやっている、給仕長を」

 

 給仕長ってことは、立場としてはナタリアみたいなもんか。

 この世界の領主は、家柄とか実績とか性別とか、一切合切を無視してお気に入りを側近にしているような気もしないではないが……きっと好みや酔狂で人を選んでいるわけではなさそうだ。ボディーガードとしても十分信用に値する人物なのだろう。

 ナタリアがそうだからな。

 

「ギルベルタ。ルシアさんに一言挨拶をしたいのだけれど、面会を頼めるかい? 馬車を預かってくれる礼も言いたいし」

 

 友好的な笑みを浮かべエステラが申し出ると、ギルベルタは鋭い視線を俺たちへと向けた。

 ざっと全員の顔を見渡し、目を細める。

 

 ……なんだ?

 まるで、値踏みをされたような不快感が胸の奥から湧き上がってくる。

 

「……みなさんは、全員人間……か?」

 

 突然の問いに、俺たちは何も言葉を発することは出来なかった。

『人間』――そんなワードが出てくるってことは……

 

 意図せず、ウェンディへと視線が向かってしまった。エステラは見ないようにしているようだが、ジネットやセロンは、俺と同じく『つい』見てしまったようだ。

 

 ウェンディは、いつもの帽子を被っている。

 四十二区内では、たまに帽子を脱いだりして触角をさらすことも少なくなくなってきているのだが……今日はまっすぐに、心持ち目深に帽子を被っている。四十二区を出るということで、意識的にそうしているのだろう。

 

「挨拶がしたい」と申し出た際の返答が、「全員『人間』か」……か。

 

 つまり、獣人族や虫人族は、会ってすらもらえないってのか? 

 この区を治める領主……貴族様にはよ。

 

「あいにくだが、多忙のため、面会は難しい、ルシア様は。心配はいらない、馬車は。頼まれたからには守る、しっかりと」

「そうか……。久しぶりにお会いしたかったのだけれど……まぁ、仕方ないね。それじゃあ、馬車の世話をお願いするよ」

「お願いされる。必ず遂行してみせる、私は」

 

 任せろとばかりに胸を張るギルベルタ。

 格闘技とか、超強そうな姿勢のよさだ。

 

 しかし、なんというか……面会を断られた、か。

 

 微かに、腹の底に不快感が沈殿していく。

 多忙、とやらが本当かどうかは分からんが……『ある条件を満たしていない場合は面会を認めない』というメッセージに聞こえた。

 

 人に条件を突きつけられるような、お偉い人間なのか、そのルシアってヤツは?

 はは…………上等じゃねぇか。

 

 少しずつ、俺の中に苛立ちが立ち込めていく。……かと、思ったのだが

 

「すまない」

 

 ――と。

 俺の不機嫌を察知したのか、ギルベルタが不意に謝罪の言葉を口にした。

 鋭い視線が、ブレることなく俺を見つめている。

 

「気持ちは分かる、あなたの。だが、悪意はない、ルシア様には。無論、私にも」

 

 止むに止まれない理由があるのだと、ほんの少し物悲しそうに変化したギルベルタの瞳が訴えている。

 そして、静かに頭が下げられた。

 

「どうか、分かってほしい、おっぱいの人」

「誰がおっぱいの人か!?」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 つか、さっきまでのシリアスな空気が一瞬で台無しだな、オイ!?

 どういう認識を持ってくれてんだ。

 

「え、『誰が』って……ヤシロ、君以外にいないだろう?」

「やかましいわ、ちっぱいの人」

 

 真面目な顔でいらんことを言うエステラに素敵なあだ名をプレゼントする。

 その握った拳は、己の迂闊な発言に向けてくれ。

 

「今日は、密会の予定がある、ルシア様は。部外者には見せることは出来ない、その状況を」

 

 …………ん?

 

「いや、しゃべっちゃっていいのか?」

「なにのこと?」

「『密会』ってことは、口外しちゃダメなんじゃないのか?」

「…………………………はっ!?」

 

 今気付いた!? ――みたいな顔で、ギルベルタが硬直する。

 ……あ、ここにも一人、アホの娘がいる。

 

「……誘導尋問」

「完全にお前の自爆だろう」

 

 誘導も何も、俺は一言もしゃべってねぇわ。

 

「本当に、ドジ、私は……コツン、する」

 

 反省したような面持ちで、ギルベルタは拳を握りしめ、頭上へとそれを掲げる。

 そして、頭目掛けて『コツン』と拳を振り下ろした…………俺の頭を目掛けて。

 

「危ねぇっ!?」

 

 咄嗟に首を引っ込めると、鼻先を拳が通り過ぎていった。

 圧縮された空気の層が顔面を撫で、一瞬息が詰まる。微かに耳鳴りがして、腕が通り過ぎた後で「……ゴゥッ!」と恐ろしい音がした。

 

「……コツン、逃げちゃダメ、おっぱいの人」

「なんで俺だ!? 失敗した時は自分の頭にコツンだろうが!? つか、それ『コツン』じゃ済まねぇよ! 『ンゴガシスッ!』とか、鳴っちゃいけない音が鳴る威力だよ!」

「脳に衝撃を与えると……消える」

「何がだ!?」

「記憶?」

「可愛らしく小首傾げて、恐ろしいこと抜かしてんじゃねぇよ!」

 

 なんたる暴挙。

 己の不祥事を、相手の記憶を抹殺することでなかったことにしようとしやがった。

 恐ろしい……恐ろしいまでの、アホの娘だ。

 今の表情を見る限り、悪気が一切感じられない。マジで今のが最善策だと思ってますって顔をしている。

 

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