「ヤシロ……」
満足感に酔いしれる俺の脇腹を小突いて、エステラがアゴをクイッと動かす。
その先には、ズドーンとへこんだジネットが立っていた。
「…………仕方、ないですよね…………頭では分かっているんですが…………あぁ、でも…………」
おぉう……想像以上に落ち込んでいる。
「な、なぁ……ジネット?」
「……わたし、わがままでしたね。そもそも、いただいたものでもないのに……わたしが勝手に愛着を持ってしまっていただけ、ですからね…………」
かける言葉が見つかりません……
グイッと顔を寄せ、エステラが小声で俺を責める。
「……どうする気だい?」
「……どうするって」
「……このまま放置しておくつもりじゃないだろうね?」
「……俺になんとかしろってのかよ?」
「……祭りは、四十二区のみんなが心から笑顔になれるんだろ? 自分で言ったんじゃないか」
「…………分かったよ」
まぁ、ジネットの元気がないのは、俺も嫌だからな。
………………あ、違うぞ。あくまで、営業利益的にな? 食堂の空気が重くなると客にもそれが伝わるから、客足が遠のく恐れがあるわけで……つまりその…………
えぇい、まどろっこしい!
俺は誰に言い訳をしてるんだ。
ジネットの元気を取り戻してやればいいんだろ!?
それで文句ないんだろ!?
やってやろうじゃねぇか!
…………本当は、こいつは使いたくなかったんだがな……出来ることなら、人目に触れず、ずっとしまっておきたかったのだが…………しょうがない。
「ジネット」
「…………はい?」
「あの蝋像の代わり…………に、なるかどうかは知らんが、こんなものを作ってみた」
俺は、腰にぶら下げたかばんから『ジネットの機嫌を一発で直す秘密兵器』を取り出す。
こんな日がいつ来てもいいように、肌身離さず持ち歩いていたのだ。
「わぁ……っ!」
ソレを見た瞬間。ジネットの大きな瞳がキラキラと輝き出した。
「か………………可愛いですっ!」
そして、テーブルに置かれた、高さ10センチ程度のソレを食い入るように見つめる。
しゃがみ込み、テーブルに両手をちょこんとかけて、覗き込むようにガン見する。
「ち、小さいヤシロさんです!」
「……ちょっと頭が大き過ぎないかい?」
「2.5頭身のデフォルメサイズだ」
「可愛いです! 大きな頭も、小さな体も……みんな可愛いです!」
ついには手に取り、様々な角度からソレ――俺のデフォルメフィギュアを眺め尽くす。
日本でも様々な種類が製造されていた2.5頭身フィギュアの模倣だ。…………自分で自分のフィギュアを作る日が来るとは思わなかったけどな…………そして、それを日々肌身離さず持ち歩かなければいけなかった我が身の侘しさよ……
「……マグダも欲しい」
「ん? マグダのもあるぞ」
「……っ!?」
マグダの耳が「ぴんっ!」と立ち、尻尾が「ぎゅぴーんっ!」と伸びる。
……そんなに嬉しいのかよ?
「ほら、マグダ2.5頭身バージョンだ」
俺はカバンからマグダのフィギュアを取り出す。可愛く出来ている自信がある。
「…………そういうことじゃない」
あれ? マグダの耳と尻尾が「てれってれっドーン……」みたいな感じで垂れてしまった。
気に入らなかったのか?
「……でも、可愛い」
でもないようだ。
よく分からないヤツだ。
「もしかして、みなさんの分があるんですか?」
ジネットが、今にも踊り出しそうな勢いで尋ねてくる。
「あぁ。とりあえず近しい人間の物は作った」
言いながら、俺はジネットにエステラ、ロレッタのフィギュアを取り出し、テーブルへと並べた。
「可愛いですー!」
ジネットが、踊り出した。
……本当に踊り出しちゃった。
「これで、もう寂しくないな?」
「はい! ありがとうございます、ヤシロさん!」
「部屋にでも飾っとけ」
「食堂に飾ります」
「『部屋に』飾っとけ、な?」
「は、はい……部屋に、飾ります」
こんなクソ恥ずかしいもん、大衆の目にさらせるか。
「……マグダにも、一式」
「ボ、ボクもちょっと欲しいかな」
「お兄ちゃん! あたしにもくださいです!」
「ヤだよ、メンドクサイ! これ作るのにどんだけ時間かかったと思ってんだよ!?」
「……じゃあ、蝋像は運ばない」
「そうだね。お祭りを開催する通りに点々と並べてやればいいよ」
「ついでに、とっておきの怖い話を枕元で聞かせるです」
「お前ら、鬼か!?」
俺はやるべきことが山のようにあるんだよ!
こんなもん作ってる暇は…………
「そうだ! ベッコ、これを模倣できるか?」
「お安い御用でござる!」
「……でかした」
「褒めて遣わすよ」
「ござるさん、大儀です!」
「おぉう……揃いも揃って上から目線で褒められたでござる……」
まぁ、なんにしても、ジネットの機嫌が直ってよかった。
ベッコにあれこれ細かい注文をつける三人娘をよそに、ジネットは俺と自分のフィギュアを手に持ち、愛おしそうに眺めている。
「気に入ったか?」
「はい。とても」
嬉しそうに微笑む。
これで、何日かかかった作業の苦労も報われるってもんだ。
折角なので、とっておきの情報を提供してやろう。
「そのジネットのフィギュアな」
「はい」
「スカートの中までちゃんと再現してあるから、パンツを覗いて楽しめるぞ」
「何してるんですかっ!?」
「パンツはちゃんと、スケスケの勝負パンツにしておいたからな!」
「もぅ! 懺悔してくださいっ!」
ジネットの声が響き、街は静かに暮れていった。
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