「じゃあ、ジネットとギルベルタ。下拵えを手伝ってくれるか?」
「はい」
「やってみたい思う、私は! 手伝いたい、友達のヤシロと、友達のジネットを!」
「ロレッタはタレの準備の手伝いを、マグダは肉のカットを手伝ってくれ」
「任せてです!」
「……肉ならば、切れる」
というわけで、厨房へ向かうメンバーはこんなもんか。
「じゃ、エステラとイメルダでルシアとマーシャの相手をよろしく!」
「ボクも手伝うよ!」
「ワタクシも行きますわ!」
「もぉ~、酷いなぁ☆ 今は飲んでないから平気だよぉ~☆」
「おほほほ、ご冗談がお好きなんですのね、マーシャさん」
「そうだよね……マーシャは外泊とかしてテンションが上がってると素面でも面倒くさいんだよね……」
「随分な言い草だなぁ、ぷんぷん☆」
「……マーシャさんの可愛らしさって、胃にもたれますわよね」
「あ、分かる、それ」
なんだか、エステラとイメルダの仲がどんどんよくなっていく。
すごい深いところで理解し合ってないかあいつら? もう親友だろう。
「あ、あの! アーシも、手伝う! そ、その……英雄の役に、立ちたい、から……」
と、ぷるぷる震える足をなんとか踏ん張ってバルバラが言う。
いや、無理しなくていいんだけど……
「だから、怖くなったら抱きつかせて!」
「抱きつかなくて済むように怖さ取り除いてやるよ……」
日光に当たれば、肌を覆う薄ら寒さも掻き消えて怖さも半減すると思うけどな。
とりあえず、火の番でもさせておけば薄ら寒さを忘れるだろう。
で、あとはユニークオバケの話でもしてやればなんとかなるだろう。
「あーしも、おてちゅだぃ、すゅ!」
「大丈夫か、テレサ?」
「だーじょーぶ!」
「では、厨房は刃物や火があるので、わたしと一緒にいてくださいね」
「ぁい!」
テレサはジネットと手を繋いで、マグダとロレッタに肉を運んでもらって、モツは俺が持って、厨房へと入る。
あぁ、ようやく下拵えが出来る。
「ジネット。モツの下処理が終わったら、いくつかはタレに漬け込むからな」
「漬け込むんですか?」
「あぁ。それを焼くと、美味い!」
「タレが焦げて、香ばしくなりそうですね。うふふ、焦げた香りが食欲をそそりそうです」
さすがジネット。ある程度予想は付くのか。
それを上回る美味さを約束してやろう。
「ってわけで、モツの下処理だ。マグダは肉をブロックごとに切り分けておいてくれ」
「……任された」
「バルバラ、とりあえずはマグダの助手を頼む」
「お、おう! …………ちゃんと、そばにいなきゃヤだからな?」
「へいへい……」
どうせそこまで広くない厨房だ。
嫌でも視界には入るだろうよ。
まずは巨大な肉塊を部位ごとのブロックに切り分けてもらう。
薄くスライスするのはあとで俺とジネットが担当する。
肉の切り方で味が代わるからな。
「んじゃ、こっちは内臓の下処理だ」
まずは、大量の水と塩を用意する。
「ロレッタ、水を大量に汲んできてくれ」
「任せてです!」
ボウルにモツを放り込み、そこへどばどばっと塩をぶっかける。
塩がモツの表面のぬめりと匂いを吸い取ってくれるのだ。
表面のぬめりは脂と不純物……まぁ、ゴミや汚れだな。これは雑味が酷くて味を悪くする。なので徹底的に刮ぎ落とす。
「こうやって、大量の塩で揉むように擦り洗うんだ。その後で塩を大量の水で洗い流す」
本当は流水にさらしたいのだが、水道がないので断念する。
こまめに水を取り替えればなんとかなる。
モツは水気を吸うので、洗い流した後はしっかりと水気を切っておく。味が落ちるからな。
ある程度ぬめりを落としたら、今度は塩に代わって小麦粉でモツを洗う。
やり方は同じで、小麦粉をどばどばと振りかけて臭みとぬめりを擦り落とす。
惜しげもなく小麦粉を使って、ごっしごしぬめりを落とし、そして大量の水で洗い流して、水気をしっかりと拭き取る。
「すんすん……ん~、まだちょっと臭いか」
「しつこいです、臭み!」
興味が勝ったようで、ロレッタは顔をしかめながらも下拵えを見守っていた。
「ちょっと茹でてみるか。あとは牛乳に漬けてみよう」
軽く下茹でをしてやると臭みが取れる。
同様に、牛乳も臭みを取ってくれる。こっちは牛肉にも応用できるお手軽臭み除去方だ。おまけに、牛乳は肉質を柔らかくしてくれる。
結構握力を使うので、少量だけ下処理を行った。
続きはジネットとギルベルタに手伝ってもらう。
「その前に、ジネット。醤油ダレと塩ダレを作るぞ」
「はい。ロレッタさん、お手伝いをお願いします」
「任せてです!」
俺もちょっと疲れたので休憩がてら違う作業を行う。
醤油をベースに、白ごまとニンニク、ショウガ、砂糖にごま油なんかを入れて味を整える。辛みには豆板醤を使ってみる。リンゴをすり下ろして入れてみるのもいい。
「んっ! ……ぴりっと辛くて、美味しいです」
ジネットの合格が出た。
「焼いた肉を付けて食べるタレと、漬け込むタレを作りたいんだが」
「では、こちらは付けダレにしましょう。漬け込むなら、もう少しコクを出した方が……」
と、調味料をいくつか引っ張り出してくる。
あ、味噌入れるか。分かってるな、さすがだ。唐辛子な~、いいよな。うんうん。
「お兄ちゃん、大変です……あたし、仕事ないです!」
「諦めろ。ジネットは今、別の世界へ旅立ってしまったんだ」
火が付いたジネットは止められない。
しょうがない。簡単な塩だれをロレッタと作るか。
「ロレッタ。鶏ガラスープを持ってきてくれ」
「はいです! 店長さん秘伝の美味しいのがあるです!」
コンソメをマスターしたジネットは、あれ以降いろいろなスープを研究している。
最近のヒットは鶏を丸ごと使用した贅沢な鶏ガラスープだ。
肉は邪魔なんじゃないかと思ったんだが、これがなかなかどうして、美味いんだよなぁ。
「それから、レモンとニンニク。あとはネギをたっぷり刻んでくれ」
「任せてです!」
ロレッタが長ネギを取り出し、輪切りにする。
「はい、ストップ!」
「ほぅ!? まだ二切れですのに!?」
「長ネギを刻む時は、縦に切れ目を入れて、それからこうしてみじん切りにしていくんだよ!」
長ネギの白い方に包丁を入れ、縦の切れ目を適当な数入れる。
で、横に向けて刻んでいけばあっという間にみじん切りが出来る。
「ほい、やってみろ」
「しかしながら、さっきの二切れですでに目がしぱしぱしてるです! ちょっと限界が近いです!」
「ネギ切った手で目元触るからだよ……」
こいつは、なかなか料理スキルが上がらないな。
「んじゃあ、ニンニクをすり下ろしてくれ」
「はいです!」
ニンニクを一欠片渡してすり下ろしてもらう。
その間に、ネギに白ごまを振って、鶏ガラを流し込み、塩で味を調えて、レモンをこれでもかと搾って、すり下ろしニンニクを混ぜていく。香り付けにごま油も少々。
「ロレッタ、味を見てみろ」
「はいです!」
小皿に少量取ってロレッタに渡す。
すると。
「臭っ!? なんかあたしの指臭いです!? ちょっ! ニンニクってこんな匂いキツイですか!?」
そりゃ、ニンニクを摘まめばそうなるよ。
お前、ニンニク使ったの初めてだったのか?
「ふぉおお!? 洗ってもにおいが取れないですー!?」
あぁ、もう、うるさいな。
「ロレッタ。これで指を拭いてみろ」
「これ、絞ったレモンですよ?」
「いいから」
ニンニクの匂いが指についたときは、薄めた酢かレモンで洗うと匂いが取れる。
ただ、酢は匂いがキツイのでニンニクの匂いが消えても酢の匂いが残ることがある。
なので、レモンがおすすめだ。
意外なところでは、ステンレスを触ると匂いが消える、なんて裏技もあるらしい。
これは試したことがないので効果の程はよく分からんが、金属イオンがニンニクの匂いを分解してくれるそうだ。
「うはぁ! 匂いが消えたです! もう臭くないです!」
「ロレねーしゃ! にぉい、にぉい!」
「テレサちゃん、嗅ぎたいですか? ほら、嗅いでいいですよ」
「くしゃくなーい!」
知能が近い二人がはしゃいでいる。
いや、すまん。それはちょっと失礼だったか。テレサに。
テレサの方が算数得意だもんな。
「う~ん……香りはいいですけど、ちょっと味が濃いです……」
「当たり前だ。肉を付けて食うんだから」
スープじゃないんだから、何かを付けたことを想定して味を見るんだよ。
ちょっと貸してみ。……うん。ほらみろ、ばっちりじゃねぇか。
「してみた、マネを、友達のヤシロの。してほしい、確認を」
こっちでタレを作っている間に、ギルベルタがモツを洗っていてくれたらしい。
ぷりぷりっとした小腸が美味そうに輝いている。
においもうまく取れている。上出来だ。
「さすが給仕長だな。覚えが早いし、仕事が丁寧だ」
「教わった、私は。給仕の心得を、先輩から」
噂のホタル人族先輩仕込みの給仕術。しっかりと継承されているようだ。
まぁ、ホタル人族先輩は給仕長ではなかったんだけどな。
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