異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚30 花園ティータイム(ティーじゃないけど) -2-

公開日時: 2021年3月6日(土) 20:01
文字数:3,938

「ぁれ? なんだか、楽しそう。なにかいいことあったの?」

 

 両手にカラフルな花をたくさん抱え、ミリィが戻ってくる。

 すごく大量に持っているように見えるが、ミリィが小さいからそう見えるだけで、割と普通の量なのだろう。

 だからだろう。ナタリアはまだ一人で花摘みを続行している。

 

「るしあ様、なんだかすごく嬉しそう」

「む? そう見えるか?」

「は、はぃ……ぁの…………笑顔が……」

「『笑顔が』?」

「ぁの……とってもキラキラして……ます」

「きゅんっ!」

 

 ハートを撃ち抜かれたらしく、ルシアが胸を押さえて蹲る。

 そして、何を思ったのか蹲ったまま俺の両腕をがっしりと握ってきた。

 突然拘束され、軽くパニックな俺……なんだよ?

 

 ガバッ! っと、持ち上げられたルシアの顔は……物の見事に緩みまくっていた。

 

「プロポーズされたっ!」

「違うぞ。全然違う」

「ミリィたんは私の嫁っ!」

「違う違う。全っ然違うから」

 

 今にも鼻血を噴き出しそうな興奮状態のルシア。

 ワンパン入れて、本当に鼻血出させてやろうか? 顔に集まって鬱血してる余分な血液が抜けていい感じになるかもしれんぞ?

 

「お、おい……領主様って、結構……」

「そ、そうですね。なんというか…………」

「変態だろ?」

「誰もそんなことは言ってないだろう、カタクチイワシッ!」

 

 両手を握りながら怒鳴られてもな……

 プロポーズを受け(たと勘違いして)、足腰立たなくなってるくせに……

 

「領主なんかこの程度だから、お前らも適当に接していいんだぞ」

「いや、ヤシロ。君はもう少し領主に対して敬意を払うべきだと思うよ」

 

 なんだよ、エステラ。折角いい感じで固定概念を覆そうとしてる時に。

 小さいことを言うんじゃねぇよ。

 

「小さい胸のことを言うんじゃねぇよ、エステラ」

「今のセリフ、『胸の』が余計だったよね、絶対!?」

「ほらまた小さい」

「『ことを言う』が抜けてるよっ! そこ、はっきり言葉にしてくれる!?」

 

 そうそう。

 言い合いでも罵り合いでもなんでもいいんだ。

 こうやって本気で言い合えるってのは、結構嬉しいもんだったりするんだぞ。

 見ろよ、エステラの顔を。

 なんだかんだ言いながら楽しそう…………では、ないな。むしろ、ちょっと怒ってるな。

 おいおい、なんだよ。いつものことじゃねぇか。

 ……いつもこういうことばっかり言ってるから、今怒られてるのか……?

 

「確かに……カタクチイワシは、少々領主に対する敬意というものが欠落しているようだな」

 

 ゆらりと、ルシアが立ち上がる。

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、領主の威圧的なオーラを全身に纏っている。

 

「身分の違いを、はっきりと分からせてやろう……」

「待て待て。今ここでそんなことをしたら、カブリエルたちがまた委縮しちまって……」

「黙れ、愚民っ!」

 

 あ~、もう。台無しだよ。

 折角いい感じでカブリエルたちの恐怖心が薄らいできてたってのに……

 

「貴様は最初から一貫して頭が高かった! 一度、私の前で地に這いつくばり、己の卑しさをその身に刻めっ!」

「どこの女王様だよ……」

「黙れっ! さぁ、跪いて私の足を舐めろ!」

「女王様じゃねぇかっ!?」

 

 それも、夜の方のっ!

 

「ルシア様」

 

 凛とした声が、ルシアの発する威圧的なオーラを穿つ。

 微かに風が吹き、その場の空気が肌を冷やして入れ替わる。

 

「ご自身の言動には十分お気を付けください」

 

 ミリィに教わった花を抱えて、ナタリアが戻ってくる。

 頼れる給仕長の表情をして、目上の領主相手にも怯むことのない強い気迫を見せつける。

 

「ヤシロ様に足を舐めろなどと…………っ」

 

 こいつ、まさか俺のために怒って……

 

「ヤシロ様を大喜びさせるだけですよっ!」

 

 うん、やっぱり違った。

 

「太ももすりすり、ふくらはぎぷにぷに、足の裏ぺろぺろはヤシロ様の大好物ですっ!」

「根も葉もないことを大声で撒き散らすのやめてくれるっ!?」

「えぇ…………ないわぁ……」

「ドン引きすんな、ルシアッ!?」

「……生足ペロリスト」

「俺に奇妙な肩書きつけてんじゃねぇよ、エステラッ!?」

 

 お前の生足ペロリっちゃうぞ、こら。

 

「ですので、ルシア様。領主であられるあなた様が、『ヤシロ様に生足ぺろぺろしてほしい』などと口にされてはいけないのですっ!」

「そんなことは言っていないぞ、クレアモナ家の給仕長!?」

「『ヤシロ様に、下半身をぺろぺろされたい願望がある』などとっ!」

「表現が酷くなってるっ! そなた、わざと言ってるのではないだろうなっ!?」

 

 何をおっしゃる。

 完全にわざとに決まってんだろうが。

 

「兄ちゃん、あんた……まさか、領主様に……」

「人間って、すげぇ……」

「違うっ! 違うぞそなたら! 勘違いだっ!」

 

 尊敬と畏怖の念を混ぜ合わせてねるねるねるねしたような表情のカブリエルたちと俺との間に割って入り、ルシアは触角をゆらゆら揺らして懸命に否定をする。

 おぉっ。なんかちょっと距離が縮まったじゃないか。そうかそうか。これを見越しての発言だったのか、ナタリア。

 よぉしよし。……あとできっついお仕置きをしてやる。

 ご褒美とイジメの間くらいのな……

 

「はい。ヤシロ。ドリンク作っといたよ」

「お前んとこの給仕長が余計なことを仕出かしてる時に、よくもまぁ、我関せずでドリンクなんぞを作れたな、エステラ」

「まぁ、いつものことだしね」

「ルシアを巻き込んでるのに……お前、図太くなったなぁ」

 

 やっぱ、ルシアと一泊すると『あ、この人に遠慮とかいらないや』って気持ちになるんだろうな。

 なんとなく想像つくわ。

 

「ぅおおっ!? なんだ、これ!? めっちゃウメェ!」

「こんなの、飲んだことないですよ!?」

 

 ミリィがカブリエルたちにもブレンドドリンクを勧めたようで、初めての味覚に狂喜乱舞するカブトムシとクワガタがいた。

 

「領主様っ! こ、これは領主様が考案なされたんですか!?」

「む? いや、これはそこのカタクチイワシがやり始めたことだ。なので、強いて名を付けるのであれば……『イワシドリンク』だな」

「やめて。一気にマズそうになったから」

 

 イワシの成分は一切含まれておりません。

 

「では、ヤシロ様の名前を取って、『ヤシロ汁』などいかがでしょうか?」

「やめて、ナタリア。ボクがこれまで飲んだ分も含めて吐き出すよ。そしてヤシロに浴びせかけるよ?」

「おい、ナタリア。お前のとばっちりがこっちに来ちまったぞ。とりあえず俺に謝れ」

 

 名前なんぞなんだっていい。こんなもん、ただの全部混ぜの派生でしかないのだから。

 かき氷に、シロップを片っ端からかけたやつが『何味か』なんてのは、ナンセンスだ。分かるはずもないことなのだ。

 

「ぁのね……この飲み物はね、いろんな種類のお花が、一緒になって、初めてこんなにおいしくなるからね……ぁの…………みりぃたち虫人族と、てんとうむしさんたち人間も、こんな風に仲良く一緒になればね…………きっと、すごく……幸せだと、思うの……」

 

 珍しく、ミリィが自分の意見を語っている。

 注目されるのが苦手で、あまり前に出るタイプではないのに……

 このドリンクに感化されたというのか……もしかしたら、自分たちも変わらなければいけないと、思い始めたのかもしれない。

 そんな決意を、真っ赤な顔で一所懸命言葉にしている。そんな風に思えた。

 

「ボクもそう思うよ、ミリィ。このドリンクは、異種族が今までより一層協力し合う世の中にしようって、そういう世界を作るための象徴的な物になるかもしれないね」

「ぅんっ。このドリンクはね、この世界と同じでね……ぁの…………た、たくさんの……ぁ、……愛……でね、いっぱい……なの」

 

『愛』という言葉が恥ずかしかったのか、ミリィの頬がさらに赤みを増す。

 わぁ……恥ずかしがってるミリィ、1ダースほど持ち帰りたいなぁ……

 

「だ、だからね。もし、よかったらね…………このドリンクの名前、『ラブジュー……』」

「ストップだ、ミリィッ!」

 

 ……はぁ、はぁ…………あ、危なくミリィが穢れてしまうところだった。

 …………その名称は、やめよう。ミリィの口からは、聞きたくない。心が、痛むから。

 

「この飲み物は、『フラワーネクター』にしよう」

 

 たしか、『花の蜜』を英語にしたら、そんな感じだったと思う。

 もう、それでいいじゃないか。

 

「ネクターか。なんだか、可愛い名前だね」

 

 いや、エステラ。ネクターは、果実をすり潰して作るドリンクで……あぁ、まぁいいや、ネクターで。

 

「ねくたー! ぅん。かわいい名前で、みりぃ、好きかも」

「カタクチイワシのくせに、やるではないか」

 

 概ね好評のようだし、このまま決定ということにしておきたい。の、だが。

 ナタリアが浮かない顔をしている

 

「……う~ん」

「何か気になることがあるのか?」

「いえ……どう深読みしても卑猥な方向に持っていけません」

「無駄な労力払うなよ……」

 

 ここ、綺麗な花園なんだからさ、心とか、綺麗にしようぜ。

 たぶん、頑固な汚れとかこびりついちゃってるんだとは思うけどさ。

 

「ははっ! ネクターか。いいもんを教えてもらったな」

「これ、広めましょうよ! 職場の連中、きっと喜びますよ!」

「だな! いいかい、兄ちゃん?」

 

 カブリエルたちはネクターを大いに気に入ったようだ。

 まぁ、調合する花の種類さえ分かれば誰にでも出来るし、もともと持ち出し禁止で商売には出来ないし……問題ないだろう。

 

「好きにしろよ」

「そいつはありがてぇ! 感謝の気持ちは、働いて返すぜ! 何かあったら、なんでも言ってくれよ! 兄ちゃんにこれ言うのは二度目だからな、結構な無茶でも聞いてやるぜ」

「おぉ、そうか! それは助かる」

 

 ネクターの話が、うまく本題へと流れてくれた。

 俺は、こいつたちに頼みたいことがあったのだ。

 引っ越し屋で筋肉ムキムキ。

 しかも、近距離の引っ越しなら重たい荷物を『投げて』運ぶなんて言っていた、力が有り余っているこいつらに。

 

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