異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

73話 貴族の食べ物 -1-

公開日時: 2020年12月9日(水) 20:01
文字数:2,235

 早朝。

 おそらく、ネフェリーですらまだ眠っているであろう時間、俺はベッドを抜け出し厨房へと下りていった。会わなきゃいけないヤツがいるのだ。

 

「あれ、ヤシロさん。おはようございます。今日は早いですね」

 

 厨房には、いつものように早起きなジネットがいた。ちゃんと睡眠をとっているのかと心配になる。

 そしてジネットの前には、一人の鳥が。

 

「へぇ、ヤシロって絶対お寝坊さんだと思ってた。見直しちゃった」

 

 昭和の香り漂う、ネフェリーだ。

 ……やっぱ、ニワトリには勝てないか、早起き。

 

「見てください、ヤシロさん。今日の卵はこんなに大きいんですよ」

「すごいでしょう?」

 

 カゴいっぱいに詰まった採れたての卵を俺へと見せてくるジネットとネフェリー。

 卵と屠畜したニワトリの肉は、行商ギルドを通さず、ゴミ回収ギルド経由で陽だまり亭へと納品される。これは、最初の契約に基づくもので、ウチには優先的に必要量の卵が納品されるのだ。

 このあたりはアッスントと話し合い、融通してもらっている。

 モーマットやデリアからも、ゴミ回収ギルドに食料が卸されている。でなきゃ、寄付とかやってられないからな。

 当然、アッスントからも食材を購入している。

 お互いに損益を出さないよう、何度も話し合い妥協点を見つけて現在の形で落ち着いたのだ。

 もっとも、気候の変化や災害による不作豊作の際は、臨機応変に対応するけどな。

 

 で、俺が会いたいヤツってのが、そのアッスントだ。

 

「アッスントはもう来たか?」

「いえ、まだです。もうそろそろ来られるかと……」

「ごめんくださいませ」

「あ、噂をすれば、ですね」

 

 ニコッと笑って、ジネットが中庭へと出て行く。

 これまで、表の庭で食料のやり取りをしていたのだが、食糧庫が中庭にあるのだからと、中庭でやり取りが出来るように勝手口を作ったのだ。……ウーマロが。

 なので、基本的に業者とは中庭と厨房でやり取りを行う。

 

「おや、珍しいですね。ヤシロさんにお会い出来るとは」

 

 人のよさそうな笑みを浮かべて、ブタ顔がこちらを見る。

 こいつは、アノ一件以来随分と丸くなった。……体もだが、性格がだ。

 人を騙すようなこともしなくなったし、むしろ他人の悩みを積極的に聞いて解決へ向けたアドバイスなんかもしているらしい。

 なんでも、「ヤシロさんのマネをすれば、商売はうまくいくと学習したもので」だそうだが……俺は他人にアドバイスなんぞしてないがな。

 

「アッスント、砂糖ってあるか?」

「はい、ございますよ。上質な黒砂糖が入りましてね……」

「あ、いや。上白糖だ。もしくはグラニュー糖」

「…………じょ、う…………はくとう……」

 

 アッスントの顔から血の気が引いていく。

「…………もしかして、私は巻き上げられるのでしょうか? 上白糖なんて高級品をヤシロさんに根こそぎ貢ぐことになったら…………私、破産します」

「人聞きが悪いな、お前は!」

 

 誰が巻き上げるなんつったか。

 

「あるなら売ってほしくてな。その前に相場を聞きたいんだ」

「相場ですか。そうですか。相場ですか」

 

 とてもホッとしたのだろう。ちょっと壊れたテープレコーダーみたいになっていた。

 

「上白糖でしたら、10グラムで80Rbです」

「ふざけんなコノヤロウ!」

「これでも、最大限値引きした価格なんですよ!?」

 

 アッスントの怯え方がマジだ。きっとその言葉に嘘はないのだろう。

 なんだよそれ……調味料の値段じゃねぇじゃねぇか。

 ケーキ作るのに100グラムぐらい使うとして……ワンホールで800Rb、そこからクリームとかフルーツとか盛りつけて、税金と利益分を加味すれば…………ざっと3000Rbってとこか……豪華クルーザーでディナー食うわけじゃねぇんだからよ……

 

「高過ぎるな……」

「貴族の食べ物と言われておりますからね」

 

 額の汗を拭き、アッスントが答える。

 貴族の食べ物、ね……

 

「あの、ヤシロさん。甘味でしたら、黒砂糖やハチミツがあるので、十分ではないですか?」

「まぁ、不自由はしていないんだが……」

 

 俺の思うケーキが作れないんだよなぁ、それじゃあ……

 

 ケーキといえばイチゴのショートケーキだろう!?

 まずは基本を踏まなければ、この先の展開などあり得ない!

 

 小麦の量で税が決まるらしいので、ゆくゆくはレアチーズケーキとかモンブランとかを主力に据えるつもりだけどな。あとは、米粉を使って小麦の使用量を減らす。

 だが、まずはイチゴのショートケーキを作らなければいけないのだ!

 なぜなら、イチゴのショートケーキこそが、最も喜ばれるケーキの中のケーキだからだっ!

 

 まず、見た目で幸せな気持ちになれなければいけない。

 そして、『ケーキ』という単語で幸せになれなければいけない。

 そのためには、イチゴのショートケーキは外せない。

 

 そのためには、上白糖が必要なのだ。

 

「こうなったら……サトウキビ農家に押しかけて、ゴミ回収ギルドの腕前を……」

「あ、それは無理だと思いますよ」

 

 行動を起こす前に、アッスントが俺を制止する。

 

「あれは貴族の食べ物です。貴族が管理する農地で栽培され、貴族が行商ギルドを経由して流通させている物です。他者が割り込む余地はありません」

「そうなのか?」

「えぇ。仮に、サトウキビをなんとか手に入れたとしても、砂糖を精製できるのは、砂糖職人たちだけですからね。そして、そんな彼らは、貴族からサトウキビを卸してもらわなければ生活が立ち行かない身……我々は、貴族の気の向くままに砂糖をお裾分けしてもらう以外に道はないんですよ」

 

 甘い汁を独占して啜りやがって……砂糖だけに。

 

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