異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加5話 大切だからこそ -2-

公開日時: 2021年3月28日(日) 20:01
文字数:3,520

 何も言えず、泣きそうな顔でジネットを見つめるロレッタ、パウラ、ネフェリー。

 傍目に見ていれば、この三人はすでに十分反省して、ことの重大さも理解しているように見える。

 だが、それは今この場所の雰囲気に、ジネットの言葉に呑まれているだけだ。

「マズいことになったようだ」「どうやらとんでもないことをしてしまったらしい」そんな、一瞬のうちに膨れあがった焦燥感がそうさせているだけだ。

 

 そんな即席の感情では、ジネットが与えようとしてる罰からは逃れられない。

 そんなその場凌ぎの反省では、……また同じ過ちを起こしてしまう。ダイエットに限らず、他の場面でも。

 

 根本的に大切なことを教えてやらなければいけない。

 

 後ろめたい気持ちを抱いた時点で、自分でも気が付いているんだってことに気が付けってことを。

 その後ろめたい気持ちを『言いたくない相手』がいるってことを、もう一回自分の中で確認してみろ。そいつはきっとお前にとって大切な存在なんじゃないのか? お前を怒ってくれるくらいに、親身になってくれるほどの。

 少なくとも、「こんなこと考えてるなんて知られたら、心配される」って、お前自身が心配になる相手のはずなんだ、そいつは。

 お前がそう思っているって、そのこと自体がもう……

 

 

 お前にとって大切な人がそばにいるってことだろうってこと。そこに気が付けよ。

 

 

「これから、みなさんにはここで寝泊まりをしていただいて――」

 

 お前を大切に思ってくれる人が、そばにいること。それを忘れるな。

 ……ってのは、意外と難しかったりする。だから、これでもかと思い知らせてもらえよ。もう二度と忘れられなくなるくらいに。徹底的に。

 

「――とっても美味しいお料理をたくさん食べてもらいます!」

「「「…………え?」」」

 

 ジネットが笑みを浮かべる。

 いつもの、優しく包み込むような笑みを。

 ただ、少しだけ……涙で目尻が赤く染まっているが。

 

「いきなりお腹に重たい物はつらいでしょうから、まずはスープを作ります。少しだけ待っていてください」

 

 言い残して、ジネットはさっさと厨房へと入っていった。

 こっからは、俺が説明しといてやるか。

 

「これから俺が言うことが当たっていたら、お前ら三人、ジネットの言うことを素直に聞くと誓え。一切の反抗心も猜疑心も抱かずに、だ」

 

 布団の上で体を起こした状態の三人に目線の高さを合わせ、俺はしゃがんだままでこいつらの身に起こっていたであろうことを論う。

 

「最初、飯を抜いただけで1キロ近く体重が落ち、『これはいける』と思った。しかし、三日もすれば体重は減らなくなった。そこで『もっと食事の量を減らさなきゃ』と思いさらに食事の量を減らした。一日三食が二食、一食と減り、酷い時は絶食もした。それでも減るのは少しだけで、我慢できなかったりちょっと油断したりで多く食べるだけでビックリするくらいに体重が増え『これはヤバい』と焦り一層食事制限をし始めた。そうすると、頭が回らなくなり立っているのもつらくなってきた。このダルさを解消するには食べるしかないけれど、少し食べ過ぎただけで体重が増えてしまうのだから元の食事に戻せば一瞬で太ってしまうんじゃないか、きっとそうだ、あぁ食べるのが怖い! そうだ、太りにくそうな物だけを食べて飢えを凌ごう! 一応食べているんだしきっと大丈夫、倒れたりなんかしないはず! 今だけ、ほんの少しの間だけ頑張れば痩せて綺麗に……そして限界を迎えた。……反論のあるヤツは?」

 

 三人が三人とも、キレーに俺から視線を逸らし、額に汗を浮かべていた。

 図星も図星、ド図星だったようだ。

 

「み…………見てた、ですか?」

「あほか。見てたらもっと早く殴ってでも止めてたわ」

「で、でもね、ヤシロ! 絶食はよくないって思って、最低限栄養になる物は食べてたんだよ!?」

「わ、私も! ……そりゃ、朝とか、抜いたりはしたけど……でもちゃんと食べてたし!」

「ちなみに、いつ、何を食っていたか言ってみろ」

「え……っと…………怒らない、です?」

「怒る。つか、もう怒ってる。これ以上怒られたくなければ素直に答えろ」

「え…………っと……ですね…………あたしは、お腹が空くと眠れなくなるので、寝る前にお腹に溜まるものを…………」

「具体的には?」

「クルミをピーナッツバターで固めたオリジナル料理を……」

「あたしも……ウチのソーセージ、脂いっぱいで太りそうだから、軽くてカサカサしてるピーナッツ食べてた。……寝る前に」

「私は、もやしを…………でも、いっぱい食べたよ。お皿にいっぱい!」

「味付けは?」

「えっと、飽きちゃうからいろいろ……お味噌とか、醤油とか…………イチゴジャムとか、チョコレートとか…………」

 

 …………なるほどな。

 

「そりゃ太るわ」

「「「えぇ!?」」」

 

 面白いくらいに驚愕する三人の獣人アホっ娘トリオ。

 うん。お前らは元気になるまでアホっ娘トリオだ。反論は許さん。

 

「で、ででで、でもですね、こんなもんですよ?」

 

 と、ロレッタが手のひらを上に向け指を軽く曲げて見せる。大体野球ボールが握れるくらいの大きさだ。

 ……そんな巨大なピーナッツバターの塊を寝る前に食ってりゃ太るっつうの。

 

「いいか。まず根本的に、夜中に甘い物を食うと太る」

「「「なんで!?」」です!?」

「人間には生活サイクルってもんがあるんだよ」

 

 カロリーというものの存在と、そいつの摂取量と消費量のバランスで太ったり痩せたりするという、日本ではごくごく当たり前に知られていることを噛み砕いて説明してやる。

 エステラやナタリア、ノーマたちも知らなかったようで感心したように聞き入っていた。

 

「で、人間の体は常にエネルギーを消費しているんだが、最も消費量が抑えられるのが夜間なんだよ」

 

 痩せたいなら、朝がっつり食って夕方を控えめにすることだ。

 ただし、絶食はお勧めしない。

 

「脂肪を燃やすには筋肉が必要なのだが、飯を抜けばその筋肉が痩せていく。結果、脂肪が燃焼されずに太りやすい体になってしまうんだ。それこそ、『ちょっとした油断』で激太りするようなな」

「…………」

 

 アホっ娘トリオが顔を真っ青にする。

 

「あと、カロリーの多さは重さやカサカサ感には関係ないから」

「えっ! でもさ、軽い物食べたって体重増えない……よね?」

「ん? どうしたパウラ。ロレッタのアホが伝染したのか?」

「ひ、ひどいよヤシロ!? それは酷過ぎる!」

「って言ってるパウラさんも十分酷いですよ!?」

 

 涙ぐむパウラたちにいいことを教えてやろう。

 

「ナッツは、油の宝庫だからめっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ太るぞ?」

「「「そんなに!?」」ですか!?」

 

 では、ここで証人に発言をしてもらう。

 実体験を交えた貴重なお話だ。みんな心して聞くように。

 

「というわけで、俺が忠告したにもかかわらずハニーローストピーナッツを食い過ぎて一時期ヤバイくらいに体重を増やしたエステラから、ナッツの危険性を語ってもらおう」

「ちょぉおっと、ヤシロ!? なんで言うかな、そういうことを!? っていうか、なんでヤシロがそのことを知っているのさ!?」

「逐一ご報告を差し上げました」

「やっぱり君の仕業かぁ、ナタリア!?」

 

 エステラは、ハニーローストピーナッツにドハマりして、四六時中ポリポリ貪り食って、よそ行きのドレスが着れなくなったのだ。

 格式高いよそ行きのかなり気合いの入ったドレスだけに、少し体形が崩れると入らなくなるサイズだったようで……エステラは泣きながらダイエットをしていたと――

 

「――ナタリアから面白おかしく話を聞いている」

「ナタリアァァァァアアア!?」

「『お腹を摩擦すれば、お腹周りの脂肪が溶けてなくなるはずだよ! ナタリア、この乾いた布で遠慮なく摩擦してくれ! ボクが泣いてもやめなくていいから!………………んなぁぁぁあ熱い熱い熱い! 待って待って! ごめん、これ無理! 脂肪の前に皮膚がズタボロになっちゃぅぅぅわああああああ痛いぃぃぃいい! 火傷がいたいぃぃいいい!』事件のことですね」

「それ名称じゃなくて内容だよ! タイトルだけで中身全部バレちゃってるよ!」

 

 エステラの奇行に、周りにいる全員が苦笑いを漏らしている。

 

「というように、ナッツの油は油断できないんだぞ」

「ナッツの脅威を伝える方法、きっと他にもあったよね!? っていうか、いまいちナッツの脅威は伝わってなくないかな、今の話!?」

 

 ナッツをすり潰すとどれだけのオイルが出てくるかを説明してやると、ロレッタとパウラは身を寄せ合って震え出した。

 これまで、そんな油の塊にピーナッツバターを追加して食べていたのかと、マジでヘコんでいた。

 

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