「よっし! あたいももう一回やるぞ!」
失敗を乗り越え、誤爆の恐怖を打ち破り、デリアが再び立ち上がる。
「大丈夫か?」
「あぁ! マグダのを見て出来る気がしてきた!」
また力み過ぎて明後日の方向へ飛ばさなければいいが……
とはいえ、一度成功例を見るとすんなりと出来るようになったりすることは割と多い。
お手本ってのはバカに出来ないのだ。
「よし! レジーナ、花火をくれ!」
「ちょい待ちぃや。クマの人ばっかり練習したかて意味ないんやで? 本番はそっちの上下の角で突きつ突かれつしとる『カブ×クワ』コンビがやるんやさかいな」
言っていることはまっとうなのだが、言い方が最低極まりないな、こいつは。
なんだ上下の角って……下に角はねぇよ。あと、勝手に男同士を『×』で結ぶな。
「おい、カブトムシとクワガッタン!」
「クワガッタンって、俺ですか!?」
マルクスに変なあだ名が付いた。まぁ、気にするほどのことではないだろう。
「あたいが今からお手本を見せてやる!」
「いや、お手本なら、そっちのトラ人族の娘がさっき……」
「これからあたいが見せるんだよ! あたいのお手本を見るまでお前たちは待機だ! 分かったか!?」
「でもよぉ、俺らも一回投げてみてぇしよ……」
「ゴチャゴチャ言ってっと洗うぞ!?」
「「…………洗う?」」
うん、デリア。
それでビビるのはお前んとこのアライグマだけだから。
見ろよ、カブリエルとマルクスがきょとんとして、俺の方に「どういうことだ?」みたいな視線送ってきてんじゃねぇかよ。
「アカンな。こら、さっさと投げさした方が早いわ」
「ぅん……でりあさん、負けず嫌いだもん、ね」
観念して花火を渡すレジーナ。
あれを一個作るのにも手間暇がかかっているのだ。無駄撃ちはされたくないだろうな。
……っていうか、地上で爆発させるのだけはやめてもらいたいよな。そっちのが気がかりだ。
「うっし! いっくぞぉ!」
ただ一人、満足げな顔をしているデリア。
腕を大きく回して、花火を構える。
俺を含む、その場にいたメンバーが一斉にデリアから遠ざかっていく。
「おい、なんだよ!? なんで逃げるんだよ!?」
怖いからだよ!
今さっき起こった惨劇を忘れるほど、俺の海馬は摩耗してないんでな。
「んだよぉ…………今度はうまくやるって」
「きちんと上に飛んだらそばに行くから! とにかく投げろー!」
十分な距離を取って、デリアにGOサインを出す。
不服そうな顔ながら、デリアが導火線に火をつける。
そして、マグダと似たモーションで花火を構える。
「十、九、八、七……」
そして、マグダの真似をしてカウントを取り始めたのだが……早い早い! 明らかに早い!
日頃から前のめりで生きてきたデリアの生き方が如実に表れているようなカウントだ。
「三、二、一、ゼロッ!」
『ゼロ』と同時に花火を放り投げるデリア。
……それ、カウントが正確だったら手元で大爆発してるからな? よかったな、せかせかした人生送ってきてて。おかげで命拾いしたぞ。
デリアが放った花火は、まっすぐ空に向かって上っていく。
ぐんぐん遠ざかり、あっという間に見えなくなる。
そして……
………………ぽん。
遠ぉぉぉおぉぉおおおおおおおく、空の彼方で小さぁぁあぁぁあああ~い音が鳴った。
「飛ばし過ぎだよ!」
「なんだよ、根性のない花火だなぁ!? ちょっとは踏ん張れよ!」
「無茶言うなよ……」
やはり、デリアには手加減や微調整ってのは無理なのかもしれないな。
「よし! 今度こそ!」
「もうアカン! これ以上無駄撃ちされたらかなわんわ!」
「なんだよぉ! いいだろぉ、減るもんでもねぇし」
「減っとるっ! ものごっつぅ減っとるやないか!」
「あたいはあいつらに手本を見せてやらなきゃいけないんだよ!」
「もう十分や! 自分は十二分に『悪い見本』になったぁるわ!」
「なんだよなんだよ!? ミリィからも言ってやってくれよ!」
「ぇ……っと…………ぁきらめよ、ね? でりあさん」
「ヤシロォ!」
頼みのミリィにまで拒否されて、デリアは俺に助けを求めてきた。
……あぁ。まさかこんなところで詰まるとはな…………
「……ヤシロ。デリアをうまく黙らせて本番に向けた練習を始めるべき」
「分かってるよ……」
マグダにしても、店が気になるのだろう。
早く切り上げて早く帰ろうというような意味合いの発言だ。
やれやれ……
「レジーナ。さっきのデリアの花火、どれくらい上がってた?」
「せやなぁ……まぁ、目測でザックリした感じやけど…………600メートルくらいは上がっとったかいな」
600メートル…………純粋に、お前の強肩に感心するよ。
600……600か………………よし。
「ってことは、三尺玉の打ち上げ高度だったってわけだな」
「さんしゃくだま?」
クマ耳がふわっと揺れる。
そうだ、デリアよく聞いておけよ。
「三尺玉は、俺の故郷で行われていた打ち上げ花火の親玉みたいなもんだ」
「お、親玉かっ!? 強そうだな!」
「あぁ、強いぞ! なにせ、今回俺たちが上げようとしている花火の十倍のデカさだからな」
「じゅっ、十倍っ!? そりゃすげぇな!?」
「つまり、アレだな。デリアは…………親玉クラスの花火を上げたってことになるな」
「えっ、それって、すごい…………のか?」
「もちろんだ。なんたって、親玉だからな!」
「おぉ………………そっか………………ははっ! そっかぁ! あたい、親玉上げちまったのかぁ!」
「まぁ、今回は一般人の規格を飛び越えちまったからこんな感じになっちまったけどな」
「なぁに、しょうがねぇよ! なにせ、あたい、親玉レベルだからな!」
豪快に笑うデリア。どうやらうまく食いついてくれたようだ。
要するに、デリアは負けず嫌いなだけで、深いこだわりはないのだ。
マグダが成功して自分が失敗したという状況が悔しかっただけなのだ。
なら、マグダの成功よりも、もっとすごい成功だったということにしてしまえばいい。そもそも、今回の花火は高さと球速を測るための練習なのだ。
まっすぐ上に飛ばして、空の上で爆発すればそれでいい。
……もっとも、本番を任せるカブリエルたちはそれでは困るのでしっかり感覚を掴んでもらうつもりだが。
だが、デリアはそうではない。気分よく帰ってもらえばそれでいいのだ。
こういう、こだわらない単純で素直なところがデリアの長所でもある。
嬉しそうにころころ笑っていれば、周りが明るくなる。デリアはそういうポジションにこそいるべきなのだ。
こいつは、割り切るとかそういうのが苦手なのだ。
責任感から、大の苦手な激辛チキンを泣きながら頬張っちまうくらいにな。
「よぉし! カブトムシとクワガッタン! あたいみたいに上手に放り投げてみろ!」
「あ、あぁ…………まぁ、適度にやるぜ」
「なんか俺、サクッと出来ちゃう気がしてきましたよ。あそこまで不器用じゃないんで……」
単純過ぎるきらいもあるけどな。
デリアも上機嫌で、カブリエルとマルクスは早く練習にかかれて、レジーナも無駄撃ちがなくなって安心。いいこと尽くめだ。
言葉って使いようだよな、やっぱ。
さて、これで丸く収まった…………と、思ったのだが。
「……マグダなら、デリアよりもっと高く遠くへ飛ばすことも可能」
「いや、マグダ……?」
「……さっきのは、ちょうどいい高さで爆発するように『わざと』力を抑えた結果。飛距離なら負けない……」
うっかりしていた……
ここにも一人、極度の負けず嫌いがいたんだった……
デリアが一番すごい……みたいなニュアンスの褒め方はマズかった。
「……レジーナ。花火をありったけ持ってきて」
「自分……責任、とりや?」
レジーナの視線が俺に刺さる。
なんでか『俺に』刺さってる。
いやぁ、難しいよなぁ、言葉って。
つくづくそう思うわ…………やれやれだ。
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