異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

33話 わーきんぐ -1-

公開日時: 2020年11月1日(日) 20:01
文字数:2,170

「何しに来やがった?」

 

 デリア、客に対しての第一声である。

 

「デリア、ちょっと来い」

 

 至急手招きして呼び寄せる。

 緊急ミーティングだ。

 

「どうだった、ヤシロ!?」

「どうもこうもない。今来た客がウーマロじゃなかったらとても失礼に当たるところだったんだぞ?」

「あの、ヤシロさん。オイラでも十分失礼に当たるっていうか、ヤシロさんのその発言が何気に一番失礼ッスよ」

 

 相も変わらずアホみたいな顔をしてやって来たウーマロが何かよく分からないことを言っているがまぁ無視で問題ない。

 

 デリアが陽だまり亭で臨時のバイトを始めて三日が経った。

 ジネットに話したところ、「お給金はそれほどお出しできませんが、それでもよければ是非」と、即承諾したのだ。デリアに対する給金は大半を食事で支払うことになっている。

 デリアはもともと散財をするタイプでもなく、欲しい物もさほどないようで、現金収入にはこだわっていないようだ。

 金を使うのは甘い物を食べる時だけ。そんな人生らしい。

 

「店長ぉ、あたいの接客、百点満点で何点だ?」

「はい。百点です」

 

 採点甘い!

 

 ジネットは、はいはいと言うことを聞くデリアが大層気に入ったようで、ずっとにこにこしている。

 もともと悪い感情を持ってはいない相手だったし、手伝いを申し出てくれたことで好感度が急上昇したようだ。

 

「でも、デリアさん。お客さんに『来てよかったな』と思っていただけるような接し方が出来るともっともっとよくなると思いますよ」

「『来てよかった』だな。分かった! やってみる!」

 

 改善点があるなら百点満点じゃないだろ、ジネット。

 俺の採点方式で言えばデリアは二点だ。顔とスタイルがいいので三十点。元気がいいので二十点。元気が良過ぎるのでマイナス十点、言葉遣いのまずさでマイナス二十点、所作の雑さでマイナス十点、客に対する威圧感でマイナス八点だ。

 

「おい、狐!」

「オ、オイラッスか?」

「来てよかったろ?」

「あ……いや……その……」

「よかったろ? な!?」

「は、はい! よかったッス!」

「どうだ、店長!?」

「ちょっと違う気もしますが……まぁ、いいでしょう」

 

 よくないぞ、ジネット!?

 

「ヤシロさん……マグダたんの代わりがあの人って……どうしてこうなっちゃったんッスか?」

 

 涙目のウーマロが俺にだけ聞こえるように嘆きを漏らす。

 こいつは、マグダが怪我をしてからというもの毎日お見舞いの品を持ってやって来る。餌付けに必死なのだ。

 まぁ、ブカブカシャツ一丁の際どい姿をしたマグダを、他のヤツに会わせるつもりはないので面会謝絶だと言ってあるのだが。

 美味そうなものを見ると尻尾がピンと立って、尻が丸出しになるのだ。危険で人前には出せん。

 

 最近、エステラは忙しいらしく、教会で朝食をとるとすぐに帰ってしまう。

 レジーナはというと……

「アカン……こんなに仰山人が出入りする場所、ウチには耐えられへん……」

 とかなんとか言って、営業中の陽だまり亭には滅多に顔を出さない。……どこまでもぼっちを拗らせたヤツである。

 

 そんなわけで、意外と人手が足りていない。

 マグダが欠けただけだと思っていたのだが……

 ジネットは接客と料理、それにマグダの看病に掃除洗濯など家事全般を一人でこなさなくてはいけないのだ。マグダが担当していたポップコーン作りにまで手が回らない状態だった。

 俺が手伝えるのは接客とマグダの世話くらいで、それすらもジネットに比べれば効率が悪い。

 

 つまり、ジネットの負担は物凄いことになっているのだ。

 

 デリアの申し出は渡りに船だったかもしれない。

 こんな乱暴な物言いではあるが、やはり店に美女がいると華やかになる。陽だまり亭はこうあるべきなのだ。

 

「すみませ~ん! 注文いいですか~?」

「あとにしろ!」

「いや、今スグ聞いてこいよっ!?」

「あたいが?」

「それがお前の仕事だろ!?」

「あたいは漁師だぞ?」

「今はウェイトレスだ!」

「おぉ、ウェイトレスか…………へへ、なんか照れるな」

 

 照れるポイントが分からんが、……見栄えはともかく、基本的な教育は俺がしてやるほかあるまい。

 

「よし、注文を言え! 聞いてやる」

「え……あ、じゃ、じゃあ……野菜炒め定食を」

「俺はチキンソテー定食」

「日替わり定食」

「俺も、日替わりで」

「うんうん…………お前ら、魚食え」

「「「「……は?」」」」

「店長、焼き鮭定食四つだ!」

「「「「いやいやいやいや!」」」」

「なんだよ? 鮭美味いぞ? なぁ、ヤシロ?」

「美味いのは認めるが、客の注文はちゃんと聞いてやれ」

「しょうがないなぁ……今回だけだぞ?」

 

 いや、毎回聞けよ。

 

 デリアのとんでも接客に戸惑っているのはウーマロのとこの大工たちだ。だからまぁ、デリア流の接客でもギリセーフだが、普通の客相手だとあれではマズいな……

 

「トルベックの連中以外の客が来た時のためにも、教育を急ぐか……」

「あの、オイラたち、物凄いお得意さんッスよね? 大切にしてほしいんッスけど?」

「大切にしてるじゃないか。今日のマグダ情報聞きたくないのか?」

「聞きたいッス!」

「焼き鮭定食がおすすめだ」

「じゃあ、オイラそれでいいッスから! 教えてほしいッス!」

「今日のマグダは、淡いブルーのシャツを着ている。前をボタンで留めるタイプで、丈はこの辺だ」

「むはぁ…………可愛い……っ!」

 

 もはや、想像の中のマグダでも萌えられるようになった末期症状のウーマロであった。

 

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