異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

90話 ある日の森の中の -3-

公開日時: 2020年12月26日(土) 20:01
文字数:2,311

 酷い目に遭った……

 食虫植物の体液でドロドロになり、それを巨大な獣にべろんべろん舐められ、俺は全身ぐっじょぐじょだ……今日は朝から物凄く気持ちのいい快晴だったのに……なんでこんなことに。

 

「ぁぅ……元気、だして? ヒラールの葉っぱ、たくさんあげるから。ね?」

 

 歩くのがやっとというほど疲弊した俺を心配して、ミリィが陽だまり亭まで送ってくれた。

 ん? レジーナ?

「あ、ウチ、家こっちやさかい。ほなな!」とか言ってさっさと帰りましたけど?

 あいつ……マジで覚えてろ…………

 

「ぁの……ね、ヒラールの葉っぱは、スープにすると体が温まって、すごく、いい……よ?」

 

 表情が死に切っている俺を気遣って、ミリィが優しい言葉をかけてくれる。

 この娘は本当にいい子だ。ウチに欲しいくらいだ。……ロレッタと交換でどうだろう?

 

「悪かったな、送ってもらって。寄っていくか?」

「ぅうん。野草を干さなきゃいけないから」

「そっか」

 

 玄関先でミリィと別れる。

 またいつものように、遠くまで行っても「ばいばーい!」と何度も繰り返すミリィ。

 完全に姿が見えなくなるまで見送って、俺は陽だまり亭のドアを開いた。

 

「あ、おかえりなさい、ヤシロさどうしたんですかっ!?」

 

 俺を見た途端、ジネットが駆け寄ってくる。

『ヤシロさん』を言い切る前に次の言葉が出ていたので、なんだかよく分からない感じになっていた。まぁ、慌てるか。レジーナのところへ行くと言って出ていった俺がぐっじょぐじょになって帰ってきたら。

 

「ミリィ他一名と野草を採りに行っていたんだ」

「あぁ……あの獣にじゃれつかれたんですね」

 

 ジネットが苦笑を漏らす。あの獣の煩わしさは森に入ったことのある者の中では常識らしい。

 すぐにタオルを持ってくると言って、ジネットは厨房へと入っていく。二階へ上がるのだろう。風呂の用意もしてほしいところだな。

 

「…………すんすん」

 

 マグダがすささっと近付いてきて、俺の匂いを嗅ぐ。

 

「……他の女の匂いがする」

 

 ……あの獣、メスだったのかなぁ……

 

「……そして、ちょっと齧りつきたくなる匂いも…………むずむず」

「やめてくれな……今日はもう体力残ってねぇんだ……」

 

 トラ人族の中のネコ的要素が、俺から漂うまたたび成分に反応したようだ。

 

「わっ!? どうしたです、お兄ちゃん!?」

 

 厨房から顔を出したロレッタが俺の前まで走ってくる。

 あぁ、お前も心配してくれるのか。レジーナとは大違いだ。

 

「うっわっ! クッサいです、お兄ちゃん!」

 

 鼻を摘まんでUターンして厨房へと戻っていきやがった。

 …………トレードに出すぞ、マジで。

 

「ヤシロさん、今お湯を沸かしていますので、もうしばらく待ってくださいね」

 

 タオルを持ったジネットが戻ってくる。さすがはジネットだ。言わなくても風呂の用意をしてくれたようだ。分かってるなぁ。

 

「お兄ちゃん。体が綺麗になったら、あたしもちゃんと心配するです!」

「うっさい、お前はもう何もしゃべるな」

 

 厨房から顔だけを出すロレッタ。

 あいつはそういうヤツなのだ。よぉく分かったよ!

 

「あ、そだ。ほい、お土産」

「なんですか?」

 

 ミリィにもらった野草をジネットに手渡す。えっと、なんて名前だったかな? 日本では見たこともない野草だが……

 

「わぁっ! ヒラールの葉っぱですね!」

 

 あぁ、そうそう。ヒラールの葉っぱだ。

 

「そうですか。もうそんな時期なんですねぇ」

「旬なのか?」

「しゅん?」

 

 一年中、すべての食い物が手に入るこの街には、旬なんて概念はないのかもしれないが。

 だが、季節感のある食べ物ではあるようだ。

 

「この野草を食べると、納め期なんだなって思うんです」

「『おさめき』?」

「はい。一年を納める、総まとめの時期です」

「あ……そういえば」

 

 と、俺は指を折って数えてみる。

 ふむ……確かにそうだ。

 俺がこの世界に来てからもう八ヶ月近くの時間が経っている。

 

 もう、十二月なんだな。

 

 時間と暦が日本と非常に近しいこの世界でも、やっぱり十二月は締めの時期なのか。『納め期』ね。なるほど、それで合点がいった。

 ミリィやレジーナが野草や薬草を採りに行ったのも、十二月だからなのかもしれない。年越しの準備でもしているのだろう。

 言われてみれば、街中、どこもかしこも忙しそうだ。

 

「あの、ヤシロさん」

「ん?」

 

 ヒラールの葉っぱを抱きしめて、ジネットがまっすぐ俺を見つめてくる。

 

「明日、一緒にお買い物へ行ってもらえませんか? いろいろと買っておきたいものがありますので」

「おう、いいぞ」

 

 ウチも年越しの準備を始めるのか。

 そうだ。ソバとかないかな? 年越しそば。あ、あとモチな。

 アッスントにでも聞いてみるか。

 

「では、明日は一日買い出しに行きましょう。マグダさん、ロレッタさん、お店をお願いしますね」

「一日? そんなにかかるのか?」

「はい。とても大切なことですので、抜かりなく行わなくてはいけません!」

「ふ~ん。まぁ、いいけどな」

 

 四季の無い四十二区は常春のような街だ。最近は少し涼しくなって秋のような気候になっている。秋晴れの爽やかな風を浴びて、ジネットと一日、買い出しのために街を歩き回るのもいいだろう。

 

 少しテンションが上がってきた。

 そうと決まれば今日は早めに休まなけりゃな。

 別に、明日が楽しみだから「早く明日にならないかなぁ」とか、そういうことじゃないぞ?

 今日は獣のせいで体力が尽きかけているし、明日も明日で歩き回るみたいだし、体調は万全にしておかないといけないからな。

 そんなわけで、今日は早く休むのだ。…………くぅ~! 眠れないかもしれない!

 

 と、そんな、若干浮き立った心でその日を過ごし、そして待ちに待った翌朝。

 抜けるような青空が広がり、太陽はさんさんと輝き――

 

 

 

 うだるような暑さの、猛暑日がやって来た。

 

 

 

 

 

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