「じゃあ、ちょっと試食してみるか」
「そうですね。タレもどれが一番合うか検証してみたいですし」
と、にこやかに笑うジネットの目の前には十数種類の小皿が並んでいた。
……それ全部試食するなら、それはもう試食じゃない。食事だ。
「シスターさん呼んでくるですか?」
「いや、大丈夫だ」
「……そう。ヤシロの言うとおり。シスターベルティーナは、肉を焼いていればそのうちやってくる」
「納得です!」
「あの、みなさん……シスターも、教会でお役目を果たされていますので、そうそうお暇ではないんですよ?」
という、ジネットの無理めのフォローをさらっと無視して、マグダが切り分けてくれた肉を俺とジネットで薄くスライスしいていく。
一口大で、焼き時間を短縮できるように、でもしっかりと噛み応えのある厚みで。
「……ヤシロ、七輪の準備が出来た」
「さすがマグダだ。気が利くな」
「……当然。副店長だから」
「え、いつの間に?」
「……キャリア順」
ん~……俺、やっぱ一番新人扱いなのかなぁ。
まぁ、いいんだけどな。副店長とか、やりたいわけじゃないし。
「くすくす。じゃあ、副店長さん。お肉を運びましょう」
「……うむ。者ども、続くといい」
マグダを筆頭に、ロレッタ、ジネット、テレサが肉を運んでいく。
俺は数種類のタレを持ってフロアへと戻る。
「わぁ~! お肉がいっぱいだねぇ~☆」
「カタクチイワシ……な、内臓は? 内臓はきちんと捨てたのであろうな?」
「誰が捨てるか、もったいない」
嫌なら食わなくて結構。
俺が食うから。
おっかなびっくりなルシアや、いつもの如く食べる前は懐疑的なエステラが訝しげな視線を注ぐ中、焼肉の準備を進める。
陽だまり亭には排煙設備がないため、大窓を開放して外で焼く。
匂いがこもると取れないからな。
「まずは、普通に肉を焼いてタレの味を確認してみるか」
「はい」
「ロレッタ。白飯を大盛りで頼む」
「ご飯、ですか?」
焼肉と言えば白米!
これ常識!
「なんとなく、手巻き寿司を思い出すね、この配膳」
「そうですね。調理前の食材が並んでいる感じが似ていますね」
エステラとジネットが隣に座ってわちゃわちゃしている。
……というかエステラ。そこがベストポジションだって悟ったな? ジネットの隣が一番美味い物が出てくるんだ。ジネット経由で。
「ねぇねぇ、ヤシロ君。お肉がちょっと薄過ぎないかなぁ?」
マーシャが言うには、以前食べた肉料理はもっと分厚くて、噛み応えが抜群であごが疲れて、やっぱり海鮮が一番だなぁって思ったのだそうだ。
さりげに海鮮アゲしてきたか。
「店主がでっかい鉄板で豪快に焼くならそれでいいが、こいつは客が自分で焼いて食うスタイルだからな、これくらい薄くないと待ってられないんだよ」
さっと焼いてさっと食う。
それが焼肉スタイルだ。
「なぜ客が自分で焼かなくてはいけないのだ?」
「その方が、こだわれるからだ」
「こだわり、だと?」
ルシアは訝しそうに眉根を寄せるも、「とりあえず見せてみよ」と、否定はしなかった。
「んじゃ、手本を見せてやるよ」
手本という程のこともないのだが、俺は肉を一切れ取り、金網の上に載せる。
しばらく待つと、赤かった牛肉が美味そうな焦げ茶色に変色していく。
脂が垂れて木炭に落ち、堪らない香りを立ち上らせる。
「俺は、片面をしっかり焼いて、反対の面がややレアくらいで食うのが好きなんだよな」
焼き過ぎない程度に火を通し、それを小皿に分けたタレへと付ける。
そして、白飯にワンバウンドさせて口へ放り込む。
「美味いっ!」
そしてすかさず、白飯をかっこむ!
「んまーい!」
これが焼肉だ!
ステーキもいいけど、焼肉で白飯を掻き込むこの快感は他では味わえない!
「脂が気になる、赤身が気になるってヤツはしっかり焼いてもいいし、牛脂は飲み物だってヤツはレアッレアで食ってもいい。これは、誰にも邪魔されずに自分の好みで肉を焼いて、自分のためだけの肉料理を自分で楽しむ食い方なんだ」
「あぁ、確かに。変にこだわりのあるお店に行くと、焼き加減を決めつけられることがあるんだよね……」
「どこの店だよ、それ」
「……四十一区」
「で、お気に召さないと」
「不愉快きわまりなかったね。……ボク、お肉を押して赤い汁がにじみ出てくるの苦手なんだよ」
「じゃあ、ウェルダンにしてやればいい」
「よぉ~し、ウェッルウェルにしてやんよ!」
エステラがバラ肉を一枚金網に乗せ、七輪の中心部でしっかりと焼き始める。
と、ルシアが「ちょっと待つのだ、エステラ」と、持論を展開する。
「よいか? 牛肉のうま味というのは脂の甘さにあるのだ。脂を落としきってしまうのは愚かな行為であるぞ。むしろ、軽く炙るくらいでちょうどいいのだ」
言いながら、バラ肉を金網に載せ、両面を軽く炙って小皿へ移す。
「えっ!? それだけでいいんですか!? ほとんど生ですよ!?」
「生ではない、レアなのだ」
「うわぁ……赤ぁ~」
「ふふん。まぁ、エステラにはまだ分からないかもしれぬな、この大人の味が……美味ぁー! なんだこのタレは!? 美味過ぎるだろう、カタクチイワシ!」
さっとくぐらせた醤油ダレを凝視して、ルシアが声を上げる。
相変わらず、食いながらしゃべるヤツだ。
「どれ、もう一枚!」
エステラの一枚目が焼けるのを待たず、ルシアが二枚目をサッサッと炙って口へ放り込む。
「うまー! くっ! 確かに白いご飯が欲しくなるな……寄越せ、カタクチイワシ!」
「新しいの持ってきてもらえよ! 俺の食いさしなんか奪ってないで!」
「待てるか!」
と、横暴な領主が白飯を強奪していく。
「こら、カタクチイワシ! ご飯にタレを付けるとは何事だ! 汚れているではないか!」
「バカ、お前、そこが一番美味いんだよ!」
焼肉のタレの付いたご飯。
コレに勝るものが世界にあといくつある? 数えるほどだぞ!
「あえてワンバウンドさせる。それが通だ」
「ふん、何を愚かなことを……まぁ、一度やってみるが」
「割と素直、食に関しては、ルシア様は。知っているから、美味しいことを、友達のヤシロがもたらす料理が」
また肉を一枚炙って、タレに付けて、ご飯にワンバウンドさせて、肉を食べて、タレの付いたご飯を掻き込む。
「これが革命か!?」
相当美味かったらしい。
……っていうか、いいのかなぁ。
貴族の婦女子が俺の食いさしのご飯、めっちゃ掻き込んでるんだけど。
焼きタレのついた。
「ここでのことは、口外禁止かもねぇ~☆」
うん。
良識ある女子から見ても、やっぱりアウト案件っぽいな、この事案は。
ルシア……自分の行動顧みて。
「みなさん、ご飯をお持ちしました」
「おぉ、すまぬなジネぷー! ほれ、返すぞカタクチイワシ」
「食いさしを返すな!」
この扱いは桃色に脚色されて噂されるようなものでは決してない!
熟年夫婦でもしないわ、こんなご飯のシェア!
「んんんん! 美味しいです! あたしの作った塩ダレ、美味し過ぎです!」
「……醤油ダレ、奥が深い」
ロレッタとマグダも、好きなように肉を焼いて食べ始めている。
焼き加減はいろいろ研究しているようだ。これから自分の好みを見つけていくといい。
「よし、これくらいがいいや!」
エステラが自信を持って取り上げた肉は、もうかっさかさに脂が落ちきった状態だった。
炭、一歩手前じゃねぇか。
「うん! 美味しい! 歯応えも最高! このタレ、美味しいね!」
肉の焼き方って、好み分かれるよなぁ。
ただ、エステラ。あんま人前でそこまでは焼くな。グルメじゃないってバレるから。
「モリーとバルバラはどうだ?」
「はい、美味しいです!」
「英雄! これ、とーちゃんたちにも食わせてやりたい! 姐さんにも!」
「また今度な」
「おう! とーちゃんたち、喜ぶな、テレサ!」
「よろこぅー! おぃしー!」
向こうでも好評だ。
「イメルダは?」
「ベッコを探しに行ったよ」
「……あいつ、味で決めてるの? 作るか否か? 見た目じゃなくて?」
そして、マーシャはというと……
「うん! この塩ダレ、ホタテによく合う~!」
「自前のホタテ出てきた!?」
いつの間にか、七輪の上に海鮮が並んでいた。
頑なか!?
デリアの鮭ばりに揺るがないな、こいつの魚介愛。
「お肉も美味しいよ~☆」
「でも、魚介の方が美味いんだろ」
「ま~ね~☆」
まぁ、魚介も美味いしな。
俺もホタテもらおう。
「ヤシロさん、ヤシロさん!」
一人、もくもくと肉を焼いてタレの味を確かめていたジネットだったが、輝くような笑顔で俺の袖を引っ張ってきた。
「第一わっしょいが出ました!」
「なにその気になる新ワード!?」
とりあえず納得のいくタレが見つかったようだ。
「こちらの方がインパクトはあるんですが、こっちの方がお肉の美味しさが引き立つんです。でも、これはこれでちょっと辛口で後を引く美味しさがありまして」
ジネットの中でお勧めの三種を順に食べてみる。
第一わっしょいが出たというタレは、さすがというか、めっちゃ美味かった。
ただ、これはタレが美味くて、どの肉を食べてもタレの美味さが印象に残ってしまう感じではある。
「エステラみたいに、肉の脂身に興味がないヤツにはコレが合うだろうし、ルシアにはそっちの肉の美味さを引き立たせる方がいいだろうな。あと、白飯じゃなくて酒で肉を食いたいヤツには後引く辛さのヤツがいいだろうな」
「なるほど、タレも好みによって使い分ければいいんですね!」
納得したのか、ジネットが次の肉を焼き始めた。
どうも、タレの味を確かめるために薄い肉をさらに小さくして焼いていたようだ。
だが、今度はきちんと一枚分。
ちゃんとした歯応えや食感を含めて味を見ようというのだろう。
「で、感想はどうだ、ベルティーナ?」
「さすがジネットです! これは世界が変わりますよ!」
大方の予想通り、肉を焼いているうちにベルティーナが輪の中に入り込んでいた。
幸せそうな顔でお肉を頬張っている。
そうかそうか、美味しいか。
「よし、じゃあ次はモツを試してみるか」
軽く肉を食った後で、下拵えの終わったモツを持ち出す。
ルシアとエステラが顔をしかめ「お肉だけでよくない?」みたいな否定的な意見を寄越してきたが、無視して金網に載せる。
モツ。
いいよ、モツ。
堪らないよ、モツ。
早く焼いて食いたいよ、モツ。
焼肉屋では『マルチョウ』呼ばれる小腸、『シマチョウ』こと大腸、ミノ(第一胃)、ハチノス(第二胃)、センマイ(第三胃)、ギアラ(第四胃)、レバーとハツ、そして横隔膜『ハラミ』を順々に焼いていく。
その直後、陽だまり亭に衝撃が走った。
四十二区に食肉の革命が起こったのは、まさにこの瞬間だったかもしれない。
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