「さぁさぁ! みなさん! 大いに盛り上がっているところ申し訳ないですが、今一度、ステージに注目してほしいです!」
ロレッタがステージに上がり、招待客の注目を集める。
「それじゃあ、お兄ちゃん。お願いするです」
「おう。じゃ、行こうか、イメルダ」
「ワタクシもですの?」
「最後の仕上げだ」
そう言って、そっと手を差し出す。紳士のように。
「分かりましたわ」
俺の手に、そっと手を重ねるイメルダ。
注目が集まる中、俺はイメルダをエスコートしながらステージへと上がる。
ステージ中央に立つと、俺はよく通る声を意識して話し始める。
「宴も、もうそろそろ終わりだ」
さわりと……風が吹き抜けていく。微かに物悲しい雰囲気が辺りに漂う。
「だがその前に、今一度、『闇を照らす女神像』を見てほしい!」
いい具合に、闇が広がってきたからな。
招待客たちが、ステージから女神像へと視線を移す。
女神像の足元にはノーマとセロン&ウェンディが立っていた。
「この『闇を照らす女神像』は、ただの石像じゃない。それを今からご覧に入れよう」
片手を上げ、ノーマに合図を送る。
こくりと頷いて、ノーマが石像の台座に仕込まれた金属板をカチャカチャと弄る。
どうやら準備が出来たようなので、俺は、カウントダウンを始める。
「5秒前……4……3……2……1…………っ!」
「ゼロ」に合わせて、ノーマが金属板に取り付られたレバーを引く。
と、石像の胸の一部が、具体的に言えば両方の乳首の部分がパカリと開き、中に仕込まれていた光るレンガがそこから眩い光を発射させる。
乳首からまっすぐ伸びる眩い光線。
俺はそれに合わせて、声の限りに叫んだっ!
「セクシィー・ビィィイイイムッ!」
「なにやってんッスか、ヤシロさんっ!?」
『闇を照らす女神像』は、セクシー・ビームで闇を照らすのだ!
制作チームのベッコ、ノーマ、セロンとウェンディは、みな一様に満足げな表情を浮かべている。
「いや、なにやりきったみたいな顔してるッスか!? ちょっと、みんな!? ヤシロさんに毒され過ぎッスよ!?」
一部やかましいヤツがいるようだが……
俺の隣で、闇を照らすセクシー・ビームを見つめていたイメルダは、たった一言、こう呟いた。
「…………ステキ、ですわ」
「気に入っちゃったッスか!? 自分そっくりな石像の乳首から光線が発射されてるんッスよ!?」
本人がいいと言っているのだから、それでいいのだ! 口を慎めウーマロ!
「しかも、このセクシー・ビームは、角度を変えることが可能だ」
ノーマに視線を送ると、カチャカチャと金属板のレバーを操縦してセクシー・ビームの角度を変更してくれる。
「なんか、乳首が大変なことになってるッスよ!?」
そして、セクシー・ビームは縦横無尽に夜の空を切り裂いた後、ステージに立つ俺とイメルダをピンスポットライトのように照らしてくれた。
「乳首に浮かび上がる二人……って、おかしいッスよね、この光景!?」
「……ウーマロ、しっ」
「はぅ……マグダたんに怒られたッス…………なんだろう、ちょっと嬉しいッス」
外野が静かになったので、俺は予定通り、『最後のサプライズ』を実行する。
とはいえ、ド定番で、地味なものだけどな。
「イメルダ。ようこそ、四十二区へ」
「え? あ、はい。ありがとうですわ」
「これから、お前はこの支部の長として、四十二区の一員として、この街とこの街に住む人々のために、バリバリ働いてくれるな」
「えぇ。当然そのつもりですわ。ワタクシが、四十二区を変えてみせますわ」
スポットライトに照らされて、ステージ上で朗々と宣言する。
あぁ。そうだ。
これからの四十二区は、お前たちが変えていくんだ……
「そんなイメルダに、俺個人からプレゼントがある。世界にたった一つ、お前のためだけに作ったものだ。受け取ってくれるか?」
「まぁ。まだプレゼントを隠していましたの? 石像でもうおしまいかと思っていましたのに」
「サプライズ、だろ?」
「えぇ……確かに、驚きましたわ。今日は本当に……驚かされっぱなしでしたわ」
「じゃ、これが最後の一発だ」
俺は、細長い木箱に入れたプレゼントを手渡す。
イメルダはゆっくりと蓋を開け、中に入っていたものを取り出す。
俺が作ったペンダントだ。
作り自体は単純で平凡な、どこにでもあるペンダントなのだが……
「…………これは……」
取り出したペンダントを見て、イメルダが言葉を失う。
大きな瞳に膜が張るように涙が溜まり……音もなく流れ落ちていく。
「………………お母様」
ペンダントトップには、イメルダの母親の顔が刻まれていた。
ハビエルの書斎で見た、家族の肖像画。あそこに描かれていたイメルダの母親をペンダントトップに刻んだのだ。
腕に抱いた、まだ小さい我が子を見つめる優しさに満ち溢れた瞳。
その瞳は、まだ年端もいかない幼い我が子に問いかけているようだった。
『大きくなったら、あなたはどんな大人になるのかしら?』
「お…………かぁ…………さま…………っ!」
口を押さえ、嗚咽を漏らすイメルダ。
幼い頃に母を亡くし、その温もりに触れる機会が少なかったイメルダ。
これからは、どこにいたって母親と一緒にいられる。
独り立ちして、踏ん張らなきゃいけない時に、ほんの少しだけ弱さをさらけ出せる……それを許してくれる……そんなものになればいいという願いを込めて、俺はこのペンダントを作った。
もしかしたら、俺が今一番欲しいものが、それなのかもしれないな……
ペンダントトップに描かれた彫刻の母親を握りしめ、イメルダは声を殺して泣いていた。
気丈に、誰にも寄りかからず、しかし、みっともない姿を隠すこともなく。
ひとしきり泣いた後、イメルダはペンダントを俺に手渡し、背中を向けた。
「つけて……くださいまし」
そう言って、自身の長く美しいブロンドを掻き上げる。
真っ白なうなじが覗く。泣いたせいでほんのり蒸気した肌と相まって、とても色っぽい。
俺は腕を回し、そっとイメルダの首にペンダントをつけてやる。
髪を下ろし、ふわりと指で梳いて、くるりとこちらを振り返る。
「……似合いますこと?」
少し不安げに、上目遣いで聞いてくるイメルダ。
そんなもん、答えは一つしかないだろう。
「あぁ。とてもよく似合っているよ」
「そう……ですか。……ふふ」
くすぐったそうに笑うイメルダ。
すると、どこからともなく、誰からともなく、拍手が湧き起こった。
それはきっと、祝福の拍手だったのだろう。
闇を照らす光の中で、イメルダとその母親は、二人揃って穏やかに微笑んでいた。
この……セクシー・ビームの中で。
「やっぱりオイラ、この光、ちょっとどうかと思うんッスよね!?」
「……ウーマロ。今、いいところだから」
「でも、マグダたん! いいところだからこそ、セクシー・ビームの中なのはどうなのってことッスよ!?」
「……めっ」
「はぁぁあん! また怒られたッス~! けど、不思議と嫌じゃないッス~!」
度し難い変態の声に笑いが漏れて、いつもの四十二区らしさが戻ってくる。
さぁ、パーティーもおしまいだ。
「イメルダ」
「えぇ。名残惜しいですけれど……しょうがありませんわね」
俺がステージを降りると、イメルダが主催の挨拶を始める。
今日という日を一緒に過ごし、共に祝ってくれた者たちへの感謝の言葉が並べられていく。
途中、何度も涙に声を詰まらせながらも、イメルダは最後まで堂々と挨拶をやり遂げた。
割れんばかりの拍手が起こり……パーティは終了した。
始まりがあれば、終わりは必ず来る。
うん。今日は楽しかったな。久しぶりに全力でバカが出来た。
本当に……最高だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!