異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

61話 出店を出店 -3-

公開日時: 2020年11月29日(日) 20:01
文字数:2,519

「夜は何かマズいのか?」


 むしろ、夜こそが出店の本番なのだが。


「マズいってほどのことじゃないんだけど……」


 曇った表情で、次のセリフを躊躇う。

 なんだよ、気持ち悪いな。

 言いたいことがあるならはっきり言えよ。


「この街って、幽霊出るじゃない? ちょっと怖いよね」


 なんでそんな話するのっ!?

 なんでもかんでも口にすればいいってもんじゃねぇんだぞ!?


「さて、用も済んだし、帰るぞロレッタ!」

「パウラさん、そのお話詳しくです!」


 ……くぅ! こういう話に首を突っ込まずにはいられないロレッタが、案の定食いついてしまった。

 そうならないようにさっさと切り上げたかったのに!


「あんた、聞いたことないの? 女の幽霊の話」

「ないです。子供の頃は、夜中になると苦しそうな女の声が聞こえてきて、幽霊か何かかと思っていたのですが……それから間もなく家族が増えるので、『あ、違うんだな』と思ったことはあるですけど」


 お前、なんの話してんの? こんな朝っぱらから。

 あと、お前んとこの両親、少しは自重しろよ。


「ヤシロは? 聞いたことない?」

「幽霊などいない。あんなものは、寝ぼけた人が見間違えただけだ!」


『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってありがた~い言葉もあるしな。

 幽霊なんぞこの世に存在するはずがないのだ。


「でもね、目撃者が後を絶たないのよ。この前も……」


 なに、この娘? これから怪談話するつもりなの? 帰るよ? 今すぐ帰っちゃうよ?


「目撃者いるですか!? どんな感じだったです!?」


 ロレッタが見事に食いついてしまった。

 俺だけ先に帰るわけには…………いかないのかなぁ?


「あたしの友達が、夜中にトイレに行ったんだって……そうしたら、何か『ぼぅ……』っと光るものを見かけたらしいのよ……」

「ほうほう! 光っていたですか!?」

「禿げ頭に月光が反射してたんじゃねぇの」

「それでね……『あれ、何かなぁ?』って気になって、その後をつけていったらしいの……」


 くそ……俺の茶々が完全にスルーされてしまった。

 話したいモードのパウラと聞きたいモードのロレッタが揃えば、この話は止まらない。

 かくなる上は…………「あーあー、聞ーこーえーなーいー!」大作戦だ!


 俺は両耳に指を突っ込んで背を丸め、視線を外して蹲った。

 ……俺は、貝になりたい。


「それで、つけていって……どうなったです?」

「その娘の家のトイレって路地裏に面しているんだけど、その路地裏をさまようように歩くその光は、なんだか人目を避けてるように見えたんだって」

「さまよう幽霊ですね!? それで、それで? どうなったです?」

「何度か角を曲がるうち、その娘は怪しい光を見失っちゃったの……そこは、ここから四つ向こうの細い路地で、朽ち果てた民家が並ぶ、誰も住んでいない区画だったの」

「誰もいない場所で消えた幽霊ですか!? そこで無念の最期を遂げた人の怨念かもですね! 人気がなければ、事件も起こりやすいですし!」

「光を見失ったその娘は、『あれ~、おかしいなぁ~、どこ行ったのかなぁ~』…………って、辺りを探して歩いたの」

「……おぉ…………な、なんかドキドキしてきたです」

「…………でね。見つからないからもう帰ろうって振り返ったら……目の前にそいつが立ってたんだって!」

「ぎゃー! 突然の登場は心臓に悪いですっ!?」

「その娘ははっきり見たの……全身真っ黒で、影みたいな女がぼや~っと光りながらこっちをジッと見つめているのを…………とても悲しそうな目をした、やつれた女だったって……」

「ほぉぉぉぉぉう………………なんか、鳥肌立ってきたです」

「そんな目撃情報がいっぱいあるのよ。ほら、ウチ酒場じゃない? 聞きたくなくてもそういう情報は集まってきちゃうのよね」

「なるほどです。酒場ならではの困ったあるあるですね」


 二人を包む雰囲気が変わる。

 どうやら怪談は終わったらしい。


「それで、ソーセージにかけるケチャップとマスタードなんだが、先の細い入れ物に入れて線状にしてつけると食べやすいし、味のバランスも取れておすすめだぞ」

「なんで今ソーセージの話してんのよ?」

「はは、何言ってんだよ。俺たちはソーセージの話しかしてないじゃないか。はは、変なヤツだな、ははは」

「怪しい光に浮かび上がる黒い女の影が……」

「やめろー! マグダが寝不足になったらお前のせいだからな!」

「……お兄ちゃん、夜中のトイレにマグダっちょ連れて行く気ですね……」


 室内になっても夜中のトイレは怖いもんだろうが!

 お化けなんか嘘だけどな!

 寝ぼけた俺の見間違いだけどな!

 もし何か見たとしても、そんなもんは枯れ尾花だ!

 枯れ尾花って、枯れたススキのことだよな…………なぜ陽だまり亭のトイレにススキが!? それはそれで怖いわ!

 むゎぁああっ! どうしてくれるコンチキショウ!


「ヤシロって、怖がりなのね」

「バッカ! お前、バカ、違ぇよ! 全然怖がってないから!」

「どう見ても怖がってるじゃない」

「どう見ても付き合ってるのに『俺たち、そういうんじゃないから』とか抜かしてるリア充カップルだっているだろうが! だったら人前でイチャイチャすんじゃねぇよ! 気ぃ遣うだろうが!」

「……何に対して怒ってるのよ?」


 何に対して?

 世の不条理にだ!


「お兄ちゃん、これは由々しき事態ですよ!」


 ロレッタが、なんだか嫌な感じで瞳をキラキラさせている。

 えぇ~…………何その張り切り顔…………いやな予感しかしない。


「幽霊の正体を突き止めない限り、夜店に難色を示す人が大勢いるかもしれないです! だから、あたしたちで幽霊の正体を突き止めるです!」


 と、100%混じりっ気無しの好奇心を顔中に滲ませて、ロレッタが鼻息を「ふんすっ!」と吐き出す。


 ふざけるな。誰が幽霊騒動になど首を突っ込むか……


「そうね。あんたたちが幽霊の正体を突き止めてくれるなら、あたしたちも安心して夜店が出来るわね」


 ………………


「お兄ちゃん!」

「ヤシロ!」


 …………いや、無理だよ?


「じゃ、よろしく頼むわね」

「よろしく頼まれたです!」


 何勝手に決めてんの!?

 俺は嫌だからな!? 幽霊騒動になど、絶対首を突っ込まんからな!

 絶対関わらないからな!


 絶対なんだからねっ!



 そんなツンデレ口調が、まさかフラグになるとは……この時の俺は知る由もなかった。






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