「ヤシロ様。『何パンが一番おっぱいに似てるかな~』とお悩みのところ失礼します」
「悩んでねぇわ!」
「形的にはメロンパンが……ただ、あそこまでガサガサですと色気にかけますし…………悩ましいですね」
「だから悩んでないって言ったよね!?」
「味ではクリームパンかと思うのですが!」
「用件話してくれる!?」
クリーミーな点には大いに賛同するけども!
「お子様たちの部が終了しましたので、次はお待ちかねのご年配の部です」
「……別に待ちかねてねぇよ」
「ですが、おそらく揺れますよ? 『ぺっちん、ぱっちん、ぶら~ん』と」
「音っ! その擬音、一切わくわくしない! 『ぷるん』とか『ぽいん』がいいな!」
そんなわけで、まーったく期待が持てない高齢者の部が始まった。
普段日向ぼっこしかしていないようなジジババから、歳を取ってもバリバリ働いているジジババまで入り乱れてのレースは、それはそれで楽しめた。
やはり、パンのキャッチで時間がかかり予想外の大金星が連発したりして、ジネットなんかは大はしゃぎだった。ジジババの知り合いが多いからなぁ、あいつ。
で、俺の知り合いでもあるジジババも参加したのだが……
「まぁ! まるで別の食べ物みたい。ねぇ、ゼルマル」
「む……ま、まぁな」
「あら? どうしたの、そっぽ向いちゃって」
「ムム……口にクリームが付いとる」
「えぇ~。どこ?」
「そこじゃ。ほれ、口の端の……えぇい、逆じゃ」
「分からないわ。取って、ゼルマル」
「ごふぅ!? ごーっほごほごほ! ばっ、ばかなことを言うもんじゃないわ!」
焦り過ぎだよ、ゼルマル。
あと、いちゃいちゃすんな。見たくもねぇ。
「ご年配の方にも好評のようですね」
「みたいだな」
いくつかのレースが終わり、ジジイもババアもこぞって楽しそうな顔を晒している。
「こんなスカスカしたもんが食えるか! 米を食え!」みたいな年寄りは、さすがにこの街にはいないようだ。もともとパンが主食の世界だしな。
ひょっとしたら、慣れ親しんだあの硬さを好み、歯ごたえのほとんどない柔らかいパンは忌避されるかもしれないなぁとか思ったのだが、杞憂だったようだ。
新しいパンは年齢を問わずに受け入れられそうで一安心だ。
この『パン食い競争』には菓子パンばかりを使用しているが、柔らかさと小麦の味と香りを堪能できる丸パンや食パンもきっと受け入れられるだろう。
「よぉ! 陽だまりの小倅!」
「なかなか大したもんよなぁ、このパンは」
怒り肩のフロフトと猫背のボッバがパンを片手にやって来る。
フロフトはアンパン、ボッバはジャムパンを食っている。
「これもおんしゃが考えたんじゃろ?」
「発案者は極秘機密だよ」
「ひゃっひゃっひゃっ! この四十二区じゃあ、隠し通せや~せんでよぉ」
「そうじゃい。こういうことには必ずおんしゃが絡んどるんじゃ」
好き勝手言って、ボッバたちはゼルマルと合流する。
また揃いやがったよ、ジジババフォー。
「そういやぁ、オルキオんやつぁは参加しとらんのか?」
「オルキオなら、この後の特別枠で参加することになってるぞ」
オルキオってのは、ジジババファイブの元メンバーで……まぁ、今でも仲は良いんだろうが、ずっと離れて暮らしていた愛妻シラハのもとへ引っ越していったジジイだ。
今日は貴賓席で夫婦一緒に運動会を観戦している。
「見に来てる連中にもお裾分けしてやろうと思ってな」
「このパンをか?」
「そりゃあいい! 連中、きっと腰を抜かしよるぞ!」
「ひゃっひゃっひゃっ! そりゃあ、見ものだぁ~なぁ~」
ジジイたちが笑っている。
その隣でナタリアが「いいから早くムム婆さんの口元を拭いてやれよ。有耶無耶にしてんじゃねぇよ、このヘタレジジイ」みたいな冷めた顔をしていた。
ムム婆さんも、ちょっとだけ不機嫌そうに見える。いや、いつもの笑顔ではあるんだが……こういう微妙な雰囲気の変化に気付けないんだよなぁ、ゼルマルは。
「婆さん、俺が口元を拭いてやろうか?」
「あら、ヤシロちゃんが? 悪いわねぇ」
「なんじゃ、ムム。子供みたいにクリームをつけて? ワシが拭いてやろう」
「いやいや、ここはワシが拭いてやるとするかのぅ」
「ちょっ、待てお前ら! ワシが拭くと最初に言うたんじゃ! ワシが拭く!」
「「「どうぞどうぞ」」」
「貴様らぁ!?」
俺とジジイたちに弄られてゼルマルが肩を怒らせる。
「ん! これで拭いておけ」
「はいはい。ありがとね、ゼルマル」
少~しだけ、ムム婆さんの声音が変わった。
ちょっとがっかりした感じだ。
ったく、世話を焼かせんなよ、ジジイ。介護にはまだ早いだろうに。
「う~っわ、このジジイ……『ワシが拭く』って言ったのに……」
「男らしゅうないのぉ、ゼルマルよ」
「がっかりなんでねぇ~のぉ」
「やっ、やかましいわ! ……ムム、動くなよ」
「はいはい」
ぶっきらぼうな顔でムム婆さんの口元に手拭いを押し当てるゼルマル。
そっぽを向きながらも、痛くならないように優しく口元を拭っている。
「『帰ったらあの手ぬぐいで自分の顔を拭く』に10Rb」
「ほんじゃあ、ワシは『匂いを嗅ぐ』に50Rbじゃ!」
「ワシは『神棚に飾る』に8Rbじゃ」
「勝手なことを抜かすな、おぬしら!?」
「私もよろしいでしょうか?」
ゼルマル弄りに、ナタリアが参戦してくる。
おぉ、おぉ、参加しろ。好きなだけ。
「では。『その手ぬぐいを煮出したお湯でお風呂に入る』に100Rb」
「うわぁ……ゼルマル、それはないわぁ」
「おんしゃ……それはどうなんじゃ?」
「行き着くとこまでいってもぅ~たんかのぉ」
「やっとらんわ! 人をおかしな目で見るな!」
やってなくても「あいつならやりそう」って思われてんだよ、お前は。
むっつりをこじらせたお前への正当な評価というヤツだ。甘んじて受け入れろ。
「ゼルマル」
「な、なんじゃ、ムム?」
「その手ぬぐい。綺麗に洗って返すわね」
「お前まで信じるんじゃないわ、こんな与太話!」
ムム婆さんの洗濯技術は一級品だからな。
きっと新品同様になって戻ってくることだろう。よかったな、ゼルマル? え? 残念なの? え~、なんでぇ~? にやにや。
「こ、ここの空気は不愉快じゃ! ワシは青組に戻る!」
ゼルマルが足音を荒らげて青組応援席へと戻っていく。
お~お~、照れちゃってまぁ。一切可愛くないな、ジジイが照れても。
「そんじゃあ、ワシらも」
「帰るかねぇ」
「それじゃあね、ヤシロちゃん」
ゼルマルに続いてフロフトたちも応援席へと帰っていく。
そのころ、コースの上ではバーサがプラプラ揺れるメロンパンに悪戦苦闘していた。
「あらあら、うまくいかないものですね」
あ~んと口を開けては、パンに齧りつこうとする。しかし、パンは顔に当たって明後日の方向へと逃げていく。
パンが顔に当たる時に目をつむっているから狙いが定まらないのだろうが……ババアのキス顔見せられてるみたいでイラつくなぁ、この光景。
「……尊い」
リカルドのとこの執ジジイだけが楽しそうだ。
「あ~ん、ダメ。出来ないわぁ」
「助太刀いたしますぞ!」
「反則だからやめろ、ジジイ」
駆け出そうとした執ジジイを取り押さえる。
「では、なにかしらアドバイスをするべきではないですか? あなたは私の敵ではありますが同じチームの仲間でもあるのですから」
まだ敵認定されてんのか、俺……
熨斗つけてくれてやるっつうのに。
「攻略法っつってもな……」
「何かあるでしょう! ご協力を! 私は……これ以上バーサ様の、あの美しいキス顔を他の男に見せたくないのです」
うわぁ、なんだろう。胃がムカムカする。
誰も見てねぇよってツッコミてぇー。
「さぁ、攻略法を!」
「メロンパンに顔面ぶつければくっつくんじゃねぇの? ほら、両方表面がざらざらしてるし、マジックテープみたいに『べりべりべりっ!』ってあとで剥がせる感じでさ」
「まじっくてーぷ?」
執ジジイが訝しげに眉根を寄せる。
まぁ、分かんないよな。
「要するに、顔のシワがメロンパンの凹凸に引っかかって取れんじゃねーのーってことだ」
「バーサ様の顔にシワなどない!」
「いや、あるだろう!? シワッシワじゃねぇか!」
「あれはエクボだ!」
「額や目尻にエクボが出来るか!」
アバタもエクボなんてレベルじゃねぇな、こいつ。
恋の盲目ランキングで一気に上位に食い込んできそうな勢いだな。
フィルマンとかパーシーとかを抜き去って。
「あむっ! 取れたわ! やった☆」
「きゅん!」
メロンパンを咥えてガッツポーズを取ったバーサを見て、執ジジイが心臓を押さえて倒れ込んだ。……発作か? それとも、他人の寿命を奪い取る能力でも持ってんのかあのババア? マジ怖いんですけど。
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