異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

389話 試作品をプレゼント -4-

公開日時: 2022年9月21日(水) 20:01
更新日時: 2023年1月9日(月) 18:03
文字数:4,301

「た、ただいまもどりましたぁ~」

 

 髪をもはもはにして、ジネットがよろめきながら帰ってきた。

 

「すごかったか、ガキども?」

「は、はい。ちょうだい、ちょうだいと……」

 

 俺なら「金を出せ」の一言で黙らせるところだが、ジネットはそんなおねだりも可愛く見えてしまう重篤な病を患っているわけで、ガキどもにもきっちり対応してきたのだろう。

 

「これは、ヤシロさんにいただいた大切な物なのであげられませんと説明して、ちゃんと分かってもらってきました」

「あぁ~、残念だね、ヤシロ。この次教会に行ったらおねだりの嵐だよ」

「じゃあ、当分教会に行くのはやめとこうかなぁーっと」

「ふふ、大丈夫ですよ。シスターが『なんでもかんでもくださいなんて言ってはいけませんよ』と窘めていましたから」

「じゃあ、『なんでもかんでも食わせろって言うな』って伝えといてくれ」

「……、うふふ」

 

 誤魔化したな。

 世の中には不可能というものがあるって? やかましいわ。

 

「缶無しでよければ余ってるんだけどな」

 

 試作で作ったハンドクリームはまだ残っている。

 薬用のボウルに入れて、無造作に放置されている。

 保存することを考えていなかったので、廃棄される運命のハンドクリームだ。

 

「では、ヤシロさんの焼き印を使わせていただけませんか?」

「焼き印?」

 

 木の皿と木のフォーク用に作ったよこちぃの焼き印のことか?

 

「実はわたし、使わない木箱を持っていまして。そこによこちぃの焼き印をおしていただいて、余っているハンドクリームを入れて子供たちにプレゼント出来ないでしょうか?」

「品質は落ちるぞ?」

「はい。でも子供たちは真似っこがしたいだけですから。お肌も、まだまだ無敵ですし」

 

 ジネットが「無敵」なんて言葉を使ったことに驚いていると、「たまにヤシロさんがそうおっしゃいますよね?」と笑われた。

 言ってるか、俺?

 

「ハンドクリームも焼き印も、どちらもヤシロさんが作られたものですので、もしよろしければ、ですが。必要でしたら、料金もお支払いできますし」

「金なんか取れるかよ、こんな低品質なもんで」

 

 ハンドクリームは外気に触れ続け、表面が少々乾いてしまっている。

 香りも少し逃げているだろう。

 見栄えを整えるにしても、残っている精油を追加して、混ぜ直して、なんとか体面を整えただけの紛い物になる。

 害こそないが、効果は薄い廉価版だ。

 

 そんなもんで金を取れば、「あの商品は粗悪品だ」という印象が植え付けられてしまう。そして、そういう印象は何十年経とうが拭いきれないものなのだ。

 百円均一が高級志向に走って値段をつり上げ、どんなに高品質な物を仕入れたとしても、「でも百均でしょ?」という印象はついて回る。そういうものなのだ。

 

 だが、悪くなって商品にならないものを譲る場合は別だ。

 落ちた桃を分けてもらったことがあるが、だからといってその産地の桃のクオリティを疑うことなんかなかったもんな。

 

 商品の価値というのは、そういうものなのだ。

 

「だから、タダで持っていくならいいぞ」

「だからさぁ、どうして君は素直に『子供たちにプレゼントしよう』って言えないのさ?」

「今回はまた、随分長くしゃべったですねぇ、お兄ちゃん」

「回りくどいことこの上なかったが、要するに子供たちが可愛くて仕方ないということであろう、カタクチイワシよ、ん? そうであろう? ん? んん?」

「黙れ、ぺったんズ」

「ちょっと待ってです! あたしを入れないでです! あたしは違うですよ!」

「ほほぅ、ロレッタ……いい度胸だね」

「少し話し合おうではないか、義姉様……」

「はぅわぅ!? 両領主がめっちゃ怖い顔してるです!? 悪いのあたしですかね、今の!?」

 

 ロレッタがやかましい領主を引き受けている間に、ジネットに尋ねる。

 

「木箱ってどんなサイズだ?」

「これくらいです」

 

 と、小さい弁当箱くらいのサイズを手で示す。

 ……デカいな。

 弁当箱だったら「女子か!?」っていうくらい小さいが、そこにハンドクリームが入ってると思うとめっちゃデカい。

 お徳用ニベアよりまだデカい。

 

「ロレッタ。大至急イメルダのところへ言って、直系3センチと直径3.5センチの角材か丸材をもらってきてくれ。長さは合計5メートル以上だ」

「分かったです! 大至急行ってくるです! なので、肩から手を退けてです!」

 

 ぺったんズの手を振り払ってロレッタが陽だまり亭を飛び出していく。

 

「自分で行けばよかったんじゃないのかい? どうせ何か作業するんだろう?」

「アホ。……今教会に近付いたら、そっこー捕獲されるっつーの」

 

 あそこのガキどものセンサー、めっちゃ敏感なんだからな。

 

「あの、ヤシロさん。何をなさるつもりですか?」

 

 何をするのかは分からないが、なんのためにするのかは分かっていると言わんばかりの嬉しそうな顔でジネットが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「お手伝いできることがあれば、なんでもしますよ」

「じゃあ、肩が凝ったからおっぱいを乗っけてくれ」

「そっ、それは、お手伝いの範疇には入りません!」

「いや、肩こりに肩こりの元をぶつければ相殺されるんじゃないかと」

「ヤシロく~ん。残念ながら乗算されるだけだよ~☆」

 

 照れから回復したマーシャが水面に顔を出す。

 こういう冗談の時でないと入ってきにくかったのか、そーかそーか。

 

「ま、ちょっとした工作だ。お前は開店準備を頼む。結構時間を食っちまったからな」

 

 もうそろそろ開店時間だというのに、今日はなんにも準備が出来ていない。

 まぁ、準備してなくても開店できるんだけどな。

 ジネットがいれば、下拵えなしで料理が作れるし。

 

「では、担々麺の仕込みをしてきますね」

「お手伝いいたします、ジネット姉様」

「では、私も補佐を致しましょう」

「便乗する、ナタリアさんに。手伝う、私も、友達のジネットを」

「では、みなさんお願いします」

 

 使えるメンバーが厨房へ消え、一切家事の役に立たない領主と人魚が残った。

 

「お前らは、頑張って裸エプロンくらい覚えとけよ」

「それは頑張って覚えるようなものじゃないよね……」

「でも、旦那の心を鷲掴みに出来るぞ」

「そんなもので鷲掴みにされる男性を伴侶に選ぶかどうか、熟考が必要だね」

「バカ、エステラ。100%だぞ? 100%喜ぶから!」

「……否定できないところが悲しいよね。特に四十二区のみんなを見ていると……」

「わっしょーい! もらってきたですよ、お兄ちゃん!」

 

 ロレッタが驚異的な速さで戻ってくる。

 受け取った角材は四つ角が綺麗に丸められていた。

 

「あ、これは、イメルダさんが『でしたら角を丸めておきますわ』って角を丸めてくれたです。あたし、何に使うか言ってないですのに」

 

 さすがというか、イメルダは俺が何を作るつもりなのか察したらしい。

 いい仕事をしてくれた。

 

「それで、何をするです? あたし手伝うですよ!」

「お前は屋台の準備をしとけ。帰ってきたら見せてやるから」

「はぅ!? もうこんな時間です!? 急いで準備するです!」

 

 そうして、バタバタと準備が進む中、俺は角の取れた角材を2センチ程度の幅にカットしていく。

 その中をくり抜いて、ヤスリをかけて……

 

「ほい、木製ハンドクリーム入れの完成だ」

 

 小さい方を底に、大きい方を蓋にする。

 直径に5ミリの差があるのでうまいこと削れば被せる形状の蓋に出来る。

 隙間がなるべくなくなるように、でもキツ過ぎないように、微調整をして仕上げる。

 

 緩いカーブを双方に刻むことで、「カチッ!」ってクリック感が小気味よい仕上がりになった。

 こういうの、意味もなく開け閉めするのがちょっと楽しかったりするんだよなぁ。

 

「じゃあ、エステラ、焼き印を頼めるか」

「うん、任せて」

「歪めるなよ?」

「大丈夫だよ。ボク、こういうのは得意だから」

「あぁ、まっすぐだもんな」

「おでこに捺すよ?」

 

 やめろ!

 シャレにならんぞ!

 生涯おでこによこちぃとか、死んでも死に切れんわ!

 

「おぉ、いい感じに仕上がったね」

 

 ニスなんか塗っていない、無垢素材そのままだが、焼き印のおかげでまぁまぁ見られる風貌になった。

 ま、使い捨てみたいなもんだからな、こいつは。

 

「湿気にも弱いし、耐久性もない。ガキが持ってりゃ三日と経たずに壊れるだろうが、試供品だと思えばこんなもんで十分だろう」

「うんうん。きっと子供たちは喜んでくれるよ。『ヤシロおにーちゃん、ありがとー!』って」

 

 やめい。

 お前に『お兄ちゃん』とか言われると、ちょっとこそばゆいんだよ。

 

「エステラたちが作った入れ物だと言っておこう」

「そのためにボクに手伝わせたのかい……本当にもぅ、君ってヤツは」

 

 うっせぇ。

 俺はガキに懐かれるのも、いい人だと思われるのも御免なんだよ。

 

「んじゃ、量産するか」

 

 あとはひたすら木片をくり抜いていくだけだ――と思ったところで、マグダが戻ってきた。

 

「……戻った」

「随分時間がかかったな。どこまで自慢しに行ってきたんだ」

「……四十二区内は概ね」

 

 それはまた、大行脚だったな。

 

「……それで、東側運動場で、不審な者たちを見かけた」

「不審? どんな人だったんだい?」

 

 エステラの顔に緊張が走る。

 

「……ゴロツキ……に扮した貴族っぽかった」

 

 ゴロツキに扮した貴族?

 正体を隠して潜り込み、何を探る気だ?

 

「……ビックリハウスを動かしている騎士について聞かれた」

「ってことは……三十区絡みか」

「……おそらく。騎士たちの様子や、昨日の様子などを聞きたがっていた」

「彼らがサボって四十二区に来ていると思われてるのかな?」

「では、ウィシャート関係の者か? オルキオのマイナスポイントを探って領主には相応しくないと訴えたい何者か……という可能性もある」

「もしくは、統括裁判所の連中かもしれんぞ」

 

 オルキオの話では、統括裁判所はオルキオの力量を測ろうとしているということだった。

 

「騎士がサボって遊びやバイトに来ているのならオルキオは失格、オルキオの指示に従っているなら、わずか数日で騎士たちをまとめあげたってことで合格――とかな」

「なるほど。それもあり得るね」

「とりあえず、私たちも見てみるとしよう。カタクチイワシ、今日は運動場へ参れ」

「そうだなぁ……」

 

 入れ物を作りたかったんだが……

 ほら、今日畑仕事するって言ってたからなぁ

 

「……昼までマグダたちが引きつけておく。ヤシロはその後でもいい。エステラたちも、ヤシロと一緒を推奨する」

「そうですね。貴族さんなら、エステラさんたちを避けるかもしれないですから。正体がばれるとマズいって思うはずです」

 

 それはそうかもしれない。

 ウィシャート系か統括裁判所か、はたまたまるで別の誰かか……

 ただ、そろそろ動きそうなんだよなぁ、統括裁判所。

 さてはて……

 

 

 そんなわけで、俺は昼過ぎにこっそりと運動場へ視察に行くことにした。

 

 

 

 

 

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