「どういうことだよ、こいつぁ……」
咥えていた細いサトウキビを落としそうな程口を大きく開け、パーシーが表情を凍りつかせる。……よく落ちないな、そのサトウキビ。
「まさか、こんなとこまで嗅ぎつけたってのか?」
「嗅ぎつけた……、なんのことだ?」
「とぼけんな!」
黒い縁取りの中で、パーシーの目がギラリと輝く。
以前のチャラチャラした面影は、今は姿を隠している。
「やっぱりあんちゃんは危険な人間だったわけだ。最初からにおうと思ってたんだ……そもそも、『あの』アッスントの紹介だって時点で…………んぁああっ! 断ればよかった!」
サラサラの髪をガシガシと乱暴に掻き乱すパーシー。
あまり毛根をいじめると、将来後悔することになるぞ。
「……闇市のことがバレて……それでアッスントがあんちゃんをオレんとこに寄越したんだろ?」
「……闇市?」
「とぼけるなよ! オレだってそこまでバカじゃねぇ! もう全部分かってんだよ!」
表情を歪め、パーシーが怖い顔で俺を睨む。
……が、なんのことだかさっぱりだ。
「ふ~ん……闇市か………………なるほどねぇ……」
「え…………?」
「ん?」
パーシーがマヌケ面をさらし、その顔がどんどんと青ざめていく。
「…………い、いや。なんでも、ねぇんだ…………忘れてくれ」
そう言われて忘れてやるほど、俺はお人好しではない。
おかげで、不十分だった部分が明確になり、すべてが一本の線で繋がった。
「ヘ、ヘイ……一体どうしたっていうんだ?」
「そうだぜ。なんだいこの空気は? みんな仲良くやろうぜ!」
アリクイ兄弟が固まった空気を払拭しようとするが……パーシーの表情は硬いままだし、俺もこいつらがいるうちは身動きが取れない。……どうにか、パーシーと二人きりになれればいいんだが。
「ぁの…………てんとうむしさん……」
ミリィが不安げに俺の服の袖口を掴む。
「…………けんか、ダメ……だよ?」
「大丈夫だよ。ケンカなんかしないさ」
「…………ほんと?」
「『精霊の審判』をかけてみるか?」
「ぇ…………」
少し放心した後、ミリィは激しく首を振った。
かけられてもカエルになったりはしねから、別に問題はないんだがな。
「なぁ、モップとゲップ」
「ヘイユーッ! マイネーム・イズ・ネック!」
「ミートゥー!」
「いや、ミートゥーではないだろう!?」
「マイネーム・イズ・チック!」
「じゃあ、その二人。ちょっとこの臭ほうれん草を一個譲ってくれないか?」
俺は、目の前に広がる畑にたくさん植えられている臭ほうれん草を指さして言う。
アリクイ兄弟はキョトンとした表情を見せ、二人で顔を見合わせた。
「なぁ、チック」
「なんだい、ネック?」
「もしかしてだけど」
「もしかしてだけど?」
「てんとうむしさんは生で食うのかい?」
「ワォッ!? ワイルドだねぇ!」
生でなんか食えるか、こんな泥臭いもん!
「一株、根っこごと引き抜いて売ってくれ」
「いい人だよ、ネック!」
「あぁ、まったくいい人だなチック! まさか、臭ほうれん草を買ってくれる人が、こっちの『いい人』以外にもいたなんて!」
「さすがはミリィの知り合いだ!」
「ミリィの知り合いはいい人ばかりだ!」
「ヘイヘイ。さり気に自分を『いい人』に仕立て上げるんじゃNE~Yo!」
「ア~ゥチッ! バレて~らDA・ZE☆」
「いいから早く寄越せよ、臭ほうれん草!」
お前らのアメリカンショートコントはもう十分なんだよ!
「OK、OK! じゃすと・あ・もーめんと!」
「あ・りる・び・うぇいと・おーけー?」
「OKだから、ハリアップ・アンド・ドゥ・イット! ナァウ!」
「はゎゎ……てんとうむしさんがネックチックっぽく……」
「……ヤシロは影響されやすい性質。気にしなくてもいい」
俺が急かすと、アリクイ兄弟は二人して土の上に膝をつき、両手で土を掘り返し始めた。
……道具使わねぇのかよ。
「おっと、チック! 急ぐあまり、根を傷付けちゃダメだぜ!」
「もちろんさ、ネック! 根っこは根っこで売り物になるって『いい人』は言っていたからね!」
「あぁ、その通りだ。よく分かっているじゃないか」
「当然DA・RO☆」
あぁ、イライラする。
けど…………へぇ。『根っこは根っこで売り物になる』……ねぇ。
ちらりと視線を向けると、パーシーは顔を背けて、俺を見ないようにしていた。
「ワァオ! 見てくれよ、この立派な根っこを!」
掘り起こされた臭ほうれん草は、根っこに土を大量につけたまま、アリクイ兄弟によって高く掲げられた。
ほうれん草のような葉の下に、まるで大根かと思うような白く太い、大きな根っこがついていた。
大根よりもカブに近いかもしれないな。
「ハッハーッ! ホント、スゲェ立派だぜ」
「これで美味けりゃ最高なのによ!」
「まったくだ。味だけが残念なんだよな」
味が野菜の価値を左右する最も大きな要素だと思うんだがな……味「だけ」が残念って……
「それじゃあ、採れたての臭ほうれん草を譲ろうじゃないか!」
「今購入すれば、同じものをもう一個つけちゃうよ!」
「あぁ、うん……じゃあ、もらおうかな」
こいつら、中学校の教科書じゃなくて、深夜の通販番組のノリなのかもしれんな。
なんだか嬉しそうにアリクイ兄弟がもう一つ臭ほうれん草を抜き、俺とマグダに一つずつ手渡す。
二つで1Rbという、破格の値段で購入した。……まぁ、正直一個で十分なんだが。
「手が泥だらけになっちまったな」
俺が言うと、アリクイ兄弟は自分たちの手を見る。
アリクイ兄弟の手は、両手が泥だらけになっていた。
ちょうど、初めて会った時のパーシーの手が泥で汚れていたように。
なるほどね。あいつが目の当たりにした農作業は、このアリクイ兄弟がやっていたものだけなんだな。だから、大根を抜くのに土を掘り返したりしたんだ。
そして、三本もの大根を掘り返した結果、あの日のパーシーの手は泥だらけになっていたのだ。
見よう見まねのパーシーと、このアリクイ兄弟の大きな違いは、汚れた手の扱い方だ。
服や髪を触っていたパーシーと違い、アリクイ兄弟はどこかが汚れたりしないように、手で何も触らないように注意をしている。
ま、これが普通だわな。
顔を背けたままのパーシーが唇を引き結ぶ。
俺がどこまでを知り、何を知らないのか、考えあぐねているのだろう。
どこまで知られているのか不安で仕方ない。
けれど、下手なことを口走って余計な情報を与えたくない。さっきの「闇市」発言がパーシーに恐怖心を植えつけたのだ。
そうなった人間は……脆い。
「ミリィ」
「ぇ…………なぁに?」
「アリクイ兄弟の手が汚れちまった。洗ってきてやってくれないか?」
「HAHAHA! 手くらい自分で洗えるさ。僕たちが、四足歩行でもない限りはね」
いや、お前らは四足歩行みたいなもんだろうが。
「……二人とも、清潔にすることは大切。ミリィの指示に従い、速やか且つ入念に手洗いをしてくるように」
「「イエス! マグダたん!」」
マグダが言うと、アリクイ兄弟は背筋を伸ばし、ミリィに手洗い場へ誘導するよう催促し始めた。
「さぁ、ミリィ! 早く行こうじゃないか!」
「ぇ……みりぃ、何しに行けばいいの?」
「ドアや蛇口を開ける係だ。清潔にすることは大切だからね!」
「ぁ……うん、わかった。じゃあ、てんとうむしさん、行ってくるね」
「おう! よろしくな」
ミリィとアリクイ兄弟を見送った後、マグダがぽそりと呟いた。
「……これでいい?」
「上出来だ」
マグダのアシストにより、邪魔になる三人を退場させることが出来た。
ミリィは優し過ぎるし、アリクイ兄弟は……今後どう動くか決めてから事情を話すべきだろう。
こういう時にマグダがいてくれると非常に助かる。
こいつは、普段無口な割に、口を開けばその場を最適化してしまう驚異的影響力を持つ発言をする。物事をよく見、頭の回転も速い。
非常に気の利くいい娘だ。
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