異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加11話 クマ対サルの真っ向勝負 -2-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:2,616

「なぁ、ヤシロ。あたいの相手はいつ出てくるんだ?」

 

 バルバラは、まだ地下牢にいる。

 こちらの準備が整うまで外に出すわけにはいかないのだ。

 危害を加えられかねないし、逃げ出すかもしれない。

 

 釈放するのと脱走されるのでは、与える印象がまるで違ってくる。

 温情ある領主となるか、間抜けな領主となるか。結果が一緒でも、過程が重要になるのだそうだ。

 面子を気にするようなたまじゃないだろうに。

 

「お、出てきたみたいさね」

 

 ノーマの言葉に、一同の視線がそちらを向く。

 昂ぶる気持ちを鎮めようとでもいうのか、ノーマは谷間から煙管を取り出し、慣れた手つきで火を付ける。

 薄紫の煙が夜空へと昇っていく……っていうか、寝間着の時でもやっぱりそこに煙管が入ってるんだね!? 他にはどんな物が入っているのか、ボクちゃん興味津々☆

 

「お兄ちゃん、協調性持ってです! ちゃんと見るですよ、対戦相手を!」

 

 鋭いロレッタから指導が入る。

 ……ち。別にバルバラを見たところで面白いことなど何もないというのに。

 

「あれが、盗賊……なの?」

「女の人、なんだ……」

 

 バルバラを見て、パウラとネフェリーが驚きの声を漏らす。

 単純に『賊』という単語から、悪人面のオッサンでも想像していたのだろう。

 

「あの筋肉のつき方は……腕力より素早さ重視さね。デリア、気を付けるんさよ」

 

 一人、玄人っぽい観察眼を発揮しているノーマ。

 筋肉のつき方とかに着目するあたり、こいつもファイターだよなぁ。金物屋のはずなんだが。

 

「いいか。枷を外しても決して暴れるなよ? もし狼藉を働くようなことがあれば、裁判なしで極刑もあり得るということを肝に銘じておくように!」

 

 兵士がバルバラに強く忠告している。

 実際は怖くて心の中で震えているのかもしれないけどな。心臓バクバクなんだろう。獣人族に暴れられたら、あいつらじゃ対処しようがないもんな。

 

 兵士の話を聞いているんだかいないんだか、表情一つ変えずにバルバラは辺りを見渡す。

 そして、俺を見つけるや、鋭い視線を寄越してきた。

 時間がかかったことへの苛立ちを俺にぶつけているようだ。

 妹の救出に行きたいって気持ちは分かるけどよ……お前は自分の立場を考えろよ。頑なに黙秘し続けて時間を浪費したのはお前だろうに。

 これでも異例の措置なんだぞ? 分かってんのかね、そこんとこ。

 

「バルバラ」

 

 今にも暴れ出しそうな殺気を放ち始めたバルバラに、あらかじめ釘を刺しておく。

 

「きちんと言うことを聞くのが一番の近道だ。歯向かえばアッチへ逆戻りだぞ」

 

 と、地下牢のある方を指差して言っておく。

 しかめっ面で舌打ちをして、俺から視線を外す。一応、理解しているってことでいいんだろうな、あれは。

 

「しかし、よく一日で口を割らせたものだね」

「一日ってのは偶然の産物だ。二日はかかると思ってた」

「それでも、大したものだよ。なにせ、一切声も発さなかったんだからね、最初は」

「一度口を開かせてやれば、あとはぺらぺらしゃべってくれる。人間ってのはそういうもんだ」

 

 どんなことでも、最初の一歩が一番重いのだ。

 その先に何が待ち構えているか分からないから、なかなか足を踏み出せない。

 けれど、一度踏み出してその先の景色が見えると、最初の停滞が嘘のようにどんどん物事は進んでいく。

『一度経験したことは脅威にならない』という心理が働くからだ。

 バルバラの場合、「しゃべれば妹が奪われる」という強迫観念から口を閉ざしていたが、俺がちょっと揺さぶってやればすぐに考えを改めた。

 黙ることよりも、働きかけることで妹を救う。そんな思考にシフトしたのだ。

 

「手柄は、ヤップロックかもしれないな」

「本人は、物凄く反省していたようだけどね。ボクや君の邪魔をしたって」

 

 あいつのネガティブは根が深いな。物事を暗く考える癖がついているんだ。

 しっかりしろよ、大黒柱。

 今や、押しも押されもせぬ四十二区トップクラスの名産品を作っている農家なんだからよ。

 

「枷を、外します!」

 

 兵士が大声で宣言し、バルバラの手枷が外される。

 気が付かなかったが、足首には鉄板入りの足輪がはめられていたようだ。ゴトリと重たい音を鳴らして足輪が外れる。

 

 自由になった手足を振って、バルバラが軽く筋を伸ばす。

 

 もう一度俺を見てから、デリアを睨みつける。

 そして、ハスキーな声で、明確に宣言する。

 

「あんたを倒して、アーシはテレサを助けに行く!」

 

 言うが早いか、バルバラは地面を蹴り、一気にデリアとの距離をつめる。

 速い!?

 目で追うのがやっとというような速度でデリアに急接近し、拳を繰り出す。

 

「大人しく眠ってなっ!」

 

 細い腕が鞭のようにしなり、デリアのわき腹めがけて突き出される。

 

 しかし、デリアは身構えるどころか一歩も動かずバルバラを見下ろし、そして突然――それはまさに突然としか言いようがない速度で――バルバラの顔面を鷲掴みにし、思いっきり放り投げた。

 ……腕の動きが見えなかった。

 

「ぐぅうっ!?」

 

 地面に叩きつけられたバルバラは苦悶の声を上げるが、すぐに体を反転させ四肢を突いて体勢を整える。

 そして、獣のように低い軌道で再びデリアに襲いかかる。

 ぐんぐん距離をつめ、デリアの視線が下を向いた瞬間、全身のバネを使って一気に上空へと跳び上がった。

 高身長のデリアの頭上をゆうに超える高さで身を翻し、鋭い爪をギラつかせて襲いかかる。

 

 が、またしてもデリアは一歩も動くことなくバルバラの顔面を鷲掴みにして勢いよく放り投げた。

 ……人間って、片手で投げ飛ばせるような重さだったっけ?

 

「くそっ! だったら!」

 

 着地と同時に走り出し、また低い軌道でぐるりと旋回するバルバラ。

 大きく弧を描くように移動し、デリアの背後へと回り込む。

 そして、今度はスライディングでデリアの右足、そのアキレス腱を狙う。

 

 が!

 

 デリアは落ちている小石を拾うような気軽さで、凶器のように突っ込んでくるバルバラの足を掴み、ぽ~んと上に放り上げて、落下してきたバルバラの顔面を鷲掴みにして、また同じ場所へと放り投げた。

 

「ぎゃん!」と、背中を強打したバルバラが苦痛の声を漏らす。

 

 さすがに、三度目ともなると体勢を戻すのにも時間がかかるようだ。

 初っ端から全力疾走を繰り返しているせいもあって、息が上がっている。手負いの獣のように四肢を突いて、激しく肩を上下させるバルバラ。

 滴り落ちる汗が、地面に無数のシミを作っていく。

 

 一方のデリアは余裕な表情で、顔色一つ変えずに同じ場所に、同じ格好で立っている。

 一歩も動いてすらいない。

 

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