異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

196話 麹職人は気難しい -3-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:4,250

「なら、代わりに俺が問題を出してやろう。味噌作りの第一工程は、大豆を洗うことにある。たっぷりの水を使って大豆の汚れをしっかりと取り除くんだが……この際、底に沈まず浮かんでしまった大豆はどうすると思う? エステラ」

「えっ、ボク?」

 

 問題の途中でエステラを指名すると、エステラは慌てた様子で腕を組み、ぱっと思いついた答えを口にする。

 

「し、沈める!」

「混ぜんじゃねぇよ」

 

 その他大勢と同じ扱いをするならわざわざ聞かねぇっての。

 

「ん? んん? なんじゃ、そんなことも知らんのか?」

「はぅ…………すみません、勉強不足で」

 

 邪気のないリベカの言葉に、エステラが身を縮める。……が、知らなくてもいい事柄だ、そんなに気にするな。

 

 だが、エステラのその様子に、リベカの機嫌が微かに上向く。

 

「浮いた豆はどうするんだ、リベカ?」

「捨てるのじゃ」

「え? もったいない」

「むふふ……味噌はデリケートじゃからな。材料を厳選する必要があるのじゃ」

 

 大豆は普通水に沈む。

 それが浮かんでしまうということは、虫食いだったり傷が付いていたり、きちんと成長していなかったりと、問題を抱えている場合が多い。そういうものをきちんと取り去ることで、味噌の味がぐっと良くなるのだ。

 

 で、ここからが問題だ。

 

「そうして綺麗になった大豆は、豆の約三~四倍の量の水に一晩浸け込むんだが……浸け込んだ大豆にはとある変化が現れる。さて、それはなんだと思う?」

 

 そして再びエステラを指す。

「え、また!?」と、盛大に狼狽し、エステラがとんち小僧よろしく頭をひねる。

 お前は実にいい反応を見せるな。見ろ、リベカの曲がっていたヘソがにょきにょきとまっすぐに伸びていってるぞ。

 

「は、発芽するっ!」

「味落ちるわっ!」

 

 発芽すると、豆の中の栄養素が持って行かれてしまう。

 だが、水に浸けておいて現れる変化、ってあたりから考えるとまっとうな意見ではある。

 

 またも不正解で、かつ俺に突っ込まれたことでエステラは渋い顔を見せる。

 だがしかし、それでいい!

 クイズ番組でもなんでも、他人の珍解答は最高のエンターテイメントだ。

 テンポのいいツッコミと組み合わされば、見ている者の笑いを誘う。

 

 ほら、リベカが口を開けて笑っている。

 

「なはははっ……よい。よいのじゃ、四十二区の領主よ。そなたは面白い領主じゃのう」

「あ、いえ……勉強不足で申し訳ないです」

「何を言うのじゃ。味噌に関して、何もかも知られておったら、わしの立場がないじゃろうが」

 

「立場がない」という言葉に、アッスントが身を折る。腹にぶっとい杭でも打ち込まれたかのように、体をくの字に曲げ、両手で腹を押さえる。

 凄まじいストレスに、胃をやられたか?

 

「知らぬことは恥ではないのじゃ。考えぬことが恥なのじゃ。知らぬことは、教われば済む話じゃからの」

 

 エステラの珍解答がいたくお気に召したようで、リベカの顔には嬉しさが滲み出し、増殖し、溢れ出している。

 

「そなた、名はなんと申すのじゃ? 覚えてやろう」

「え…………あ、エステラ、です」

 

「いや、さっき名乗ったよね?」という言葉をのみ込んで、エステラが再度名を名乗る。

 要するに、リベカは気に入った相手の名前しか覚えるつもりがないのだ。さっきの自己紹介は右から左へ流れていってしまったらしい。

 アッスントが名前を覚えられてるのは、豆板醤のおかげなんだろうな。

 

 それに対し、エステラは性格面を気に入られたようで――

 

「硬いのじゃ! もっとフランクに、仲良しこよしな感じで話すのじゃ! その方が楽しいに決まっておるじゃろうが」

 

 ――リベカに友達認定されていた。

 

「え……っと、じゃ、じゃあ、改めてよろしくね、リベカちゃ……」

「んむ?」

「……さん」

「うむ! よろしくなのじゃ、エステラ」

 

 仲良くなってもちゃん付けはダメなようだ。

 つか、お前は呼び捨てにされていいのかよ、エステラ。

 背後でナタリアがちょっとイライラしてるぞ。

 

「リベカ様」

 

 小ぶりな壷を小脇に抱えて、バーサが戻ってくる。

 部屋に入るなり、リベカに向かって怖い声を向ける。

 

「領主様に向かって呼び捨てとは何事ですか。バーサは、リベカ様をそのようにお育てした覚えはございません。きちんと礼を持ち、相手を尊重し、敬いの心を持って接してください」

 

 バーサの言葉に、ナタリアの放っていた不機嫌オーラが霧散する。

 へぇ。実力のあるちびっこは得てして甘やかされ、手の付けようがないクソガキへ成長していくのだと思っていたが、バーサはきちんと躾の出来る大人のようだ。

 

「しかしの、エステラとわしはもう友達なのじゃ。呼び捨てくらいで怒ったりせんのじゃ、のぅ、エステラ?」

「えっと、まぁ……怒りはしないけれど……」

「ほら見るのじゃ! バーサは考え方が古いのじゃ!」

 

 鬼の首を取ったかのように踏ん反り返るリベカに、バーサは温度のない瞳で淡々と語りかける。

 

「そうですね。私は長く生き、考えも随分と古臭いのでしょうね。あなたより、ずっとずっと『大人』ですからね、リベカ『ちゃん』」

「むはぁっ!? わ、わしをちゃん付けで呼ぶなといつも言っておるのじゃ! 訂正するのじゃ!」

「リベカちゃ~ん、べろべろばぁ~」

「むきー! わしを子供扱いするでない! やめるのじゃー!」

 

 いや、それはもはや、子供扱いではなく赤ん坊扱いだ。

 リベカの神経を逆撫でしまくり、煽りまくりのバーサ。……誰が長く生きた考えの古い『大人』だって? 十分ガキじゃねぇか。

 

「あ、あの、バーサさん。ボクは、本当に気にしないから。好意を持ってくれると、嬉しいし」

「寛大なお言葉、痛み入ります。お噂通りお心の広い御方なのですね、四十二区の領主様は」

 

 バーサがリベカに代わって頭を下げ、エステラを誉めそやす。

 ナタリアが心なしか誇らしげな空気を醸し出し、エステラの表情が微かに曇る。

 ……そうだよな。気になるよな…………『噂』ってワードが。

 

「さすがは、『微笑みの領主』と呼ばれるお方です」

「やっぱりかぁ!」

 

 両腕で頭を抱え、ソファからずり落ち床に膝をつくエステラ。

 FXで全財産を溶かしてしまったかのような絶望ぶりだな。

 

 エステラの願いも虚しく、『微笑みの領主』の噂は、四十二区から遠く離れた二十四区にまで轟いていた。全国区になるのも時間の問題だろう。

 

「ですが、『微笑みの領主』様」

「エステラと呼んでください! 是非! いや、どうか、この通り!」

 

 膝をついたまま頭を下げているので、まるで土下座のようだ。

 エステラ、必死過ぎるぞ。

 

「では、エステラ様。寛大なご対応はありがたいのですが、リベカ様は言わないと分からないお子様ですので、非は非とはっきり申し上げなければいけないのです。そのお心遣いを、今だけは一度引っ込めてはくださいませんか?」

「はぁ……教育という観点からそうしてほしいとおっしゃるのであれば、断るわけにはいきませんね」

「ありがとうございます」

 

 床に座るエステラへ向けてだからなのか、バーサはこれ以上もないほどに腰を折りたたみ、深く深く頭を下げる。立位体前屈かと思うようなお辞儀だ。

 そして、ゆっくりと体を起こし、顔を持ち上げると同時にリベカへときつい視線を向ける。

 

「リピートアフターミー! 『エステラちゃん』!」

「ちょっと待ってくれるかな、バーサ!?」

 

 エステラが飛び起きた。

 正座から一気に立ち上がり、その勢いのままバーサに詰め寄る。

 こいつのバネはすげぇな。陸上の監督がここに複数人いたら、殴り合いの奪い合いが発生しそうだ。

 

「ちゃん付けはちょっと……」

「本来なら『様』とお付けすべきなのでしょうが、エステラ様のお心遣いを多少なりとも汲ませていただき、『ちゃん』がベストだと判断した次第です」

 

 ……うん。この婆さんも、やっぱちょっと残念だ。

 よかった。なんだか妙に安心した。

 

「分かったのじゃ。よろしく頼むのじゃ、エステラちゃん」

「……えぇ、もう決定したの…………? じゃあ、よろしくね、リベカ……さん」

 

 満足そうに頷くリベカとバーサ。

 いまいち釈然としないが、これ以上ややこしくなるのは御免だと早々に諦めモードのエステラ。

 そして、自分の主の滑稽な不幸が大好物のナタリア。すげぇ素敵な笑顔を浮かべてやがる。

 そして蚊帳の外のアッスント。

 

 俺はというと、ガキの遊び相手で心がどっと疲れたのとは別に、腑に落ちるというか、妙に納得してしまった部分があってどことなくスッキリとした気分にもなっていた。

 

『気難しい麹職人』

 

 おそらく、多くの商人がリベカを相手に手を焼いてきたのだろう。

 なにせ、連中にはリベカの地雷がどこにあるのかが分からないのだ。

 褒めてもダメ、押しても引いてもダメ、物で釣ろうとしてもおそらくダメで、じゃあ真面目な仕事の話を持ちかけてみたら……と、正攻法でもダメな時はダメ。

 

 リベカは感情で生きている。

 ガキの感情なんか、一流大学の教授でさえも分析は出来ない。

 明日の天気より予測が難しい。

 

 なんで怒らせたのかが分からず、そして、一度怒らせるとこれまでの関係もチャラに……下手すりゃご破算になってしまう。

 それはそれは気難しそうに見えたことだろう。

 

 アッスント一人じゃ、今回で豆板醤の開発は打ち切られていたかもしれないな。契約なんかあっさり破棄されて、流通は絶望的になっていたかもしれない。

 

 こういう相手には、エステラの方が効果的だ。

 こいつは偉ぶらない権力者だからな。

 

 何より、エステラはガキによく好かれる。

 教会のガキども然り。ハムっ子ども然り。陽だまり亭にお子様ランチを食いに来るガキども然り、な。

 

 リベカ――麹職人は、『BU』に属する区の住民が等しく負う「豆の義務」を免除されている。それは、二十四区の領主一人で決められることではないのではないか……と、俺は睨んでいる。

 大豆は、しょうゆに味噌にと、大ヒット商品に化ける宝の素だ。

 その利益は、二十四区に留まらず『BU』全体へ恩恵をもたらせている。

 だからこそ、『BU』のルールを曲げてでも優待されている――と、考える方がしっくりくる。

 

 リベカがエステラに懐き、四十二区に友好的なポジションに落ち着いてくれれば……『BU』の連中に対抗するための強力なカードになってくれるかもしれない。

 

 そうでなくとも、二十四区の領主には話が通しやすくなるだろう。

 

 だからな、エステラ……精々仲良くやるんだぜ、そこのおチビちゃんとな。

 

「お手柄だな、エステラちゃん」

「きっ、……君に言われるとむずむずするから、やめてくれるかい?」

 

 薄く頬を染めて、俺を睨むエステラ。

 

 へいへい。そうかい。

 なら…………ここぞって時まで取っておくことにするよ。

 

 

 

 

 

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