「おぉ……」
真っ先に目に飛び込んできたのはジネットの姿で、大きく肩の露出した大人っぽいドレスを身にまとっていた。ほわほわ純白イメージの強いジネットだが、今回は黒っぽいシックな色合いのドレスを着ている。
……うん。黒もいい。
「ヤ、ヤシロさん……」
さぁて、ドレスに見惚れようかとしていた俺なのだが……なんだか逆に見惚れ返されているような気がする。
ジネットが両手で口を押さえ、大きな目をキラキラさせて俺を見つめている。
「……す、素敵です」
そんな率直な感想を、少し照れくさそうに言ってくれる。
…………あの、隣でウクリネスがニヤニヤし過ぎてウザいからさ、そういうの、ちょっとやめとこうか。
「もう、何をやってるんだい? 早く開けなよ、ヤシロ」
エステラが焦れたような声で言い、半開きだったドアをグイッと開け放つ。
ドアの向こうには着飾った美女美少女がひしめき合っていて……これは、眼福……
「「「「……ぉぉおおおおおっ」」」」
……なんか、地鳴りみたいな低い声が響いてきた。
「な、なんだい、ヤシロ……君も…………やれば出来るじゃないか」
ニヤケそうになるのを必死にこらえているのか、引き攣る顔を無理やり笑顔にして平静を装おうとしているのか、判断に迷うような不思議な笑顔でエステラが俺を評する。
「てんとうむしさん、かっこいい……ね」
ミリィがとても素直な感想をくれる。
が、それ以外の連中は俺を見るだけで感想は特にないようだ。
「お、お兄ちゃん。貴族みたいです」
ロレッタがそう言うのは、俺がタキシードを着ているからだろう。
あと、ちょっとだけ髪の毛も弄っている。
まぁ、日本にいた頃は、こういう格好をすることもあったし、俺的には着慣れているのだが……見慣れていない連中の視線がこそばゆくていかんな。……あんま見んな。おっぱいガン見し返すぞ、コラ。
「ネ、ネフェリーさん! オレも着てみたんす! どーすかね!?」
「…………え? あ、うん。いい感じ」
「いやったぁぁあああいっ!」
いや、パーシー……今の、明らかにお世辞……つか、急に声かけられて反射的にってヤツだぞ。社交辞令なんだが……まぁ、本人が嬉しそうだからいいか。
「つか! つかすね! ネフェリーさん! メチャクチャ綺麗じゃないすか! ビックリしましたよ! もう、マジパネェすよ!」
パーシーが大絶賛しているネフェリーは、薄いグリーンのドレスを着ている。肌の露出は少ないが、体にフィットするような作りで、体の線がはっきりと出ている。
すらっとしていて、手足も長く、改めて見るとネフェリーはモデル体型なんだなと思う。胸も大き過ぎず小さ過ぎずという感じだし、どんな服もスタイリッシュに着こなしてしまいそうだ。
なんだ、鳥系の獣人族はスタイリッシュなのが多いのか?
「ヤシロ! あたしは!?」
垂れたゴールデンレトリバーみたいな耳をぱたぱたとはためかせ、パウラが俺の前に、文字通り跳び出してくる。こう、『ぴょんっ!』とな。
パウラのドレスは大きなリボンが可愛らしい、女の子っぽい物だ。
白とピンクが鮮やかで、溌剌とした感じがする。
くるりと回転するとスカートがふわりと広がり、ふさふさの尻尾が嬉しそうに振れているのと相まってなんとも愛らしい仕上がりになっている。
隣に並ぶミリィは、水色をベースとしたワンピースドレスで、絵本の中のお姫様みたいな印象を受ける。アリスみたいだなと、パッと見で思った。
フリルがふわふわとして非常に可愛らしい。
「ぁ……ど、どう……かな?」
少しだけ大きく開いた背中が恥ずかしいようで、「ぁんまり、見ないでぇ……」と、顔を真っ赤にして視線から逃げていった。
「……今日のマグダは、最強」
堂々と、絶対の自信をみなぎらせ、マグダが俺の前へやって来る。
黒を基調とし、フリルとレースをふんだんに使用した、いわゆるゴシックロリータ、ゴスロリと呼ばれるドレスだ。
ネコ耳を避けるようにドレスヘッドも乗っかっている。
猫ロリ………………マジ天使…………はっ!? いかん! 危うく感染するところだった……
「はぁぁぁあん! マグダたん、マジ天使ッス!」
「……今日のマグダは……堕天使っ」
「はぁぁぁあん! マグダたん、マジ堕天使ッス!」
言い直すな、いちいち。
……俺は同族にはならんぞ……ならんぞぉ!
「なぁヤシロ……これって、ホントにこれでいいのか?」
ぱっつぱつになった胸元を押さえ、デリアが少し恥ずかしそうにやって来る。
ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!
あ、それ。
ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!
ぱっつぱつ~、ぱっつぱつ~!
あ、それそれそれそれ!
ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!
ぱっつぱつ~、ぱっつぱつ~!
それそれそれそれ! それそれそれそれ!
ぱっつぱつっ!
……はっ!?
あまりの光景に、ちょっとした脳内お祭りを開催してしまった。
ぱっつぱつの神に感謝の舞いを捧げてしまった。
「あらら、これは少し修正しないと危ないですねぇ」
ウクリネスが歩み寄り、デリアのドレスに手をかける。
胸とドレスの間に指を突っ込み、ゆとりの無さを確認しているようだ…………がっ!
「どれ! 俺も確認をっ!」
「ダメですよ、ヤシロさんっ!?」
なぜか、ジネットに止められた。
ぱっつぱつ信仰は、他宗派に弾圧されてしまうのか……
「一度脱いでもらいましょうかね。このままじゃ、ちょっとでも胸を張ると『びりっ!』っていっちゃいますよ」
「おい、誰か!? この付近にボール的なものはないか!? 俺は今無性に、みんなでバレーボールがしたい気分なんだが!?」
「ばれーぼーるが何かは知りませんが、ダメですよ、ヤシロさん!?」
くっ、またしても……
精霊教会め……卑劣な弾圧を…………っ!
「もしかして……デリアも大きくなったのかい?」
ぱっつぱつな胸元を恨めしそうに睨むエステラ。
やめろ、見るな。減ったらどうする。呪いを浴びせかけるな。
そんなエステラが着ているのは、エステラの美脚を『これでもかっ!』と強調したドレスだ。シルクのような滑らかな生地が体のラインにフィットして、太ももと引き締まったふくらはぎの形を浮かび上がらせている。
そして、襟はあるが両肩が大きく露出しているこのドレスは、エステラの残念な部分をうまく誤魔化してくれている。
「…………何かな、その視線の意味するところは?」
胸を両腕で隠しながらジト目を向けてくるエステラ。
相変わらず察しのいいヤツだ。
「綺麗な肩をしているなと思ってな」
「ぅえっ!?」
肩を褒めた途端、胸を隠していた手で今度は肩を抱いて隠してしまった。
「か、肩なんか褒められたの初めてだよ…………ヤ、ヤシロって、変なところに興味を持ってるよね?」
「人を変質的なフェティシズムの持ち主みたいに言うんじゃねぇよ」
肩好きな男は、割と多いと思うぞ。
「ついでに脇の下も見せてくれると嬉しい」
「ぜっ、絶対イヤ! それはイヤだ!」
……ちっ。
「ヤシロ様、では私の脇の下をご堪能ください」
「させないよ、ナタリア!? 恥じらいを持って! クレアモナ家のメイド長として!」
両腕を上げようとしたナタリアをエステラが阻止する。
……ちっ。
というか。
「ナタリア……妙に似合うな」
「『妙』とは心外ですね。割と、自信があったのですが、おかしいですか?」
「とんでもない。見方が変わりそうだ」
ナタリアは、美脚を『これでもかっ!』と強調したドレスを着ており、そのドレスは体のラインにピッタリとフィットして、襟はあるが両肩が大きく露出している。
と、こう表現するとエステラのホルタータイプのシルクのドレスと同じもののように聞こえるのだが……ナタリアが着ているのはチャイナドレスなのだ。
忍ばせておいてよかった! スリット最高! 異世界のメイドにチャイナドレスが似合うなんて……新・発・見っ!
「あのぉ……私にこのドレスは……少々派手過ぎるような気がするのですが……」
大食い大会の功労者の一人。シスターベルティーナが戸惑いがちに挙手をしている。
派手? とんでもない。とっても……いいですっ!
「あの……肩が……あらわに……」
「いやいや。ちゃんと生地があるじゃないか」
「ですが……透けていますし……」
ベルティーナは、胸で留めるベアトップのドレスにシースルーのストールを羽織っている。
どことなく、クレオパトラのようなイメージを彷彿とさせるドレスだ。
ベルティーナが珍しく照れている。普段は肌をさらすことがほとんどないのだから仕方がないかもしれんが、なんだかいいものを見た気がする。
「お兄ちゃん、あたしのドレスもなかなか可愛いですよ!」
他の人ばかりが注目されているからか、ロレッタがぴょんぴょん跳ねて猛アピールをしてくる。
ロレッタはきっと、ドレスを着てもパタパタ走り回るだろうということでスカートではなくパンツスタイルにしてある。
しかしそれでいてそこはかとなく色香を漂わせ、全体のシルエットは清楚という、着るだけで女子力が35%はアップするというドレス……ロレッタが着ているのは、アオザイというベトナムの民族衣装をモチーフにしたドレスだ。
長袖ではあるが、脇の下からザックリと入ったスリットのおかげでなんとも表現しがたい女性らしさが醸し出されている。
「これで全員かな……」
と、思っていたら、もう一人いた。
ノーマが隅っこの方で小さくなっている。
「何やってんだよ、ノーマ。こっち来て見せてくれよ」
「や……でもさ…………これ……本当にこれで合ってるんかぃね?」
どうも、着ている服装がしっくりこないようで、表情が冴えない。
「ノーマさん。とても可愛いですよ、そのドレス」
「確かに。他のドレスとはずいぶん違った感じだけど、ボクも好きだよ。配色もいいし、赤いリボンがアクセントになって華やかだしね」
「……そ、そう…………かぃ?」
それでも納得できないような素振りを見せ、ゆっくりとノーマがこちらへやって来る。
それは、俺の故郷日本において、冠婚葬祭すべてのシーンにマッチし、ドレスコードの厳しい店にだって着ていける、オールマイティな正装で、歴史も古く、現代でも愛好家がいるくらいに人気が高い。
そう。その名も……セーラー服だっ!
見て見たかったんだよ、ノーマのセーラー服!
スカートの下にブルマとか穿いててくれると完璧なんだけどねっ!
「……へ、変じゃないかぃ?」
「何言ってんだよノーマ…………最高だ」
そういうお店みたいで。
「すまんが、手のひらをこちらに向けるような感じで目元を隠してくれるか?」
「こ、こう……かい?」
うわ、出会い系の広告みたい。
「なんか……やっぱりおかしい気がするんさね」
「うん。ボクも、ヤシロの顔を見てそんな気がしてきた」
ヤダなぁ、エステラ……ホント、鋭いんだから。
「個人的に楽しめたし、明日はちゃんとしたドレス用意してやるから、な?」
「やっぱちゃんとしたヤツじゃないんじゃないかさっ!?」
「えっと、ではヤシロさん……ノーマさんが今着てらっしゃるものは一体……?」
「いやいや、ジネット。あれはあれでいい物なんだぞ」
オジサンたちの大好物だからな。
「もう、帰るさねっ!」
「待て待て、ノーマ! 似合ってるのは本当だから!」
その後、ベルティーナにしこたま怒られて、ノーマの機嫌を取るために甘い物をご馳走する約束をして、なんとか事態は収束した。
ちょっとしたイタズラ心のせいで手痛い出費になってしまった。
だって、見たかったんだもん、巨乳セーラー服!
「もう、ヤシロさん。……懺悔してください」
ぷっくりとほっぺたを膨らませたジネットに叱られ、その日は暮れていった。
そしていよいよ、木こりギルドの支部、完成披露パーティーの日がやって来た。
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