異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話7話 また穏やかなる流れのように -3-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:2,229

「次は傍観者の位置でのんびり見学させてもらおうかな」

「あはは。ヤシロにそれが出来るかな?」

 

 出来るわ、アホめ。

 

「たぶん無理です」

「……不可能」

「無理やろなぁ」

「無理だよな、うん」

「まぁ、無理さね」

 

 俺のことを知った風な顔で、本質を一切見ていない連中が勝手なことを言う。

 誰が進んで飛び込むかっつうの、面倒ごとになんか。

 

 と、唯一黙っていたジネットに視線を向けると。

 

「そうですね。きっと出来ませんね」

 

 うふふと、笑いを零しながら言った。

 ジネット。お前もか?

 まぁ、言うだけはタダだ。いくらでも言ってろ。

 

 とか思ったのだが。

 

「だって、今回の一件は、ヤシロさんの機転が事態の悪化を防いだんですからね」

 

 なんだか、むずがゆくなる話を始めやがった。

 

「陽だまり亭に怪しい方がお見えになったと聞いたヤシロさんは、しゅぴんっと情報紙を取り出して、『陽だまり亭が狙われたってことは、カンタルチカも危ないな。ちょっと行ってくる』と、夜の道を駆けていかれたんです」

 

 うわぁ、ジネット。

 俺のモノマネ似てねぇ……つか、なんで俺のモノマネする時、みんなそんなキザったらしい声になるんだ? 俺、そんな声してるか?

 

「そして、カンタルチカに着いたお兄ちゃんは、泣いているパウラさんを見てこう言ったです!」

「……『パウラ。会話記録カンバセーション・レコードを見せろ』」

「はぅっ!? それ、あたしが言いたかったですのに!」

 

 ジネットの話をロレッタとマグダが引き継ぎ、小芝居を交えてオーバーに説明する。

 

「……そして、涙ながらに助けを求めるパウラ」

「え? あたしパウラさんやるですか? ……お兄ちゃんやりたかったですのに……」

「……涙ながらに助けを求めるパウラ」

「うぅ、分かったです……。こほん。『ヤシロ…………助けて……』」

「……『……任せとけ』」

「これです! これがカッチョよかったです!」

「……さしものマグダも、きゅんときた」

「あぁーもう! 大袈裟なんだよ! そんなキザッキザになんかやってねぇよ!」

 

 バカ騒ぎするロレッタとマグダを引き離す。

 お前ら、もう黙れ。

 

「ヤシロさん」

 

 背骨に寄生虫でも住みついたのかと思うほどムズムズしている俺に、とどめを刺さんとジネットが顔を覗き込んでくる。

 

「わたし、ヤシロさんのそういうところ、すごく素敵だと思います」

 

 両手を揃えて、どこかの人形のように整った形の笑みを浮かべる。

 そうやって面と向かって人を辱めて……

 

「そうやって腕を前で組む時に、若干左右から押し潰されるお前の爆乳も、すごく素敵だと俺は思うぞ」

「ふにゃぁっ!? も、もう! 懺悔してください!」

 

 ふん。

 今のお前の恥ずかしさと俺のむずがゆさはだいたいイーブンだっつの。

 俺が懺悔なら、お前も懺悔するべきなのだ。いつもいつも俺ばっかり。

 

「とにかく、これで一件落着。ニューロードの完成を落ち着いて待っていられるね」

「だといいけどな」

「何かあったら、またよろしくね、ヤシロ」

「対価を請求するぞ」

「ボクにはあげられるものがそんなにないからなぁ~」

 

 すっとぼけ領主はからからと笑う。

 

「たしか、お前の体に触るのは有料なんだっけ?」

「ふぁっ!? ……懺悔したまえ。まったく、君は」

 

 隠すほどもない慎ましい胸をそっと隠して体の向きを変える。

 触るとしたら真っ先にそこ……だと、なぜバレたのか。

 

 俺に頼ると、後々酷い目に遭うってこと、お前ら全員忘れんなっつの。

 

「あ、そういえばあたいさぁ」

 

 事件の総括に飽きてきたのか、デリアが急に話題を変える。

 

「例の情報紙、実はまだ読んでないんだよなぁ」

「そうなんかぃ? アタシはもう読んださよ」

「いや、いつでも読めるかと思ってたんだけどさぁ」

「金物ギルドに一枚貼ってあるから、今度読みに来るといいさね」

「おぉ、そうか。悪いなノー……」

 

 デリアが言い切る前に、同時に複数の人間が動き出す。

 

「あ、だったらボクのストックを一枚あげるよ」

「……ちょうどいい。マグダが一枚進呈する」

「あたし、いっぱい持ってるですから一枚あげるです!」

「しょうがねぇな。俺のコレクションを一枚分けてやるよ」

 

 ここまで、ほぼ同時であった。

 

「自分ら、ほんまに陽だまり亭好っきゃなぁ」

 

 俺たちは、各々に十数枚のストックを持ち合わせている。

 当然、読みそびれたヤツに配るためのストックだ。

 

 だが、そんな俺たちなど足元にも及ばないツワモノが一人いた。

 

「あの……」

 

 ジネットは、そそそっと厨房へ引っ込み、ほどなく分厚い紙の束を持って戻ってきた。

 

「たくさんありますので、よろしければ、是非」

「ジネットちゃん……それ、何枚あるの?」

「えっと……最近、自分のお小遣いをあまり使っていませんでしたので……つい」

「五十……いや、八十枚はあるです!」

「……百に届く勢い」

「店長はんは、たまに物凄い勢いでぶっ飛んでいかはるなぁ……」

「店長さんの陽だまり亭愛は凄まじいさねぇ」

「さすがの俺もドン引きだわ……」

「い、いえ、違うんです! あの、『陽だまり亭』っていう文字を見たら、つい嬉しくなって…………あの…………すみません、はしゃいでしまって」

 

 絶版、回収となったはずの情報紙が目の前に山と積まれている。

 こうしてると、絶版が嘘のようだな。

 

「なんだ、お前ら結局さぁ」

 

 そして、デリアがまとめの一言を口にする。

 

「二十九区の領主と変わんないな」

 

 情報紙に載るって分かってからのはしゃぎっぷりを顧みると…………反論できなかった。

 

「「「「「……おっしゃる通りです」」」」」

 

 

 

 もう少しほとぼりが冷めたら、今度は一面陽だまり亭特集とか、狙ってみようかな。なんてな。

 

 

 

 

 

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