「皆様」
第三者的立ち位置で俺たちを見つめていたナタリアが、懐から一枚の高級そうな紙を取り出して、俺たちにそれを突きつける。
「この中で、一番の人気者は私ですよ」
その紙は、『BU』で発行されている情報紙の最新号だった。
……お前が『BU』でモテるのは分かったから……
ざらっと目を通してみると、「今流行のイケてる女子!」的なコーナーに、またもやナタリアっぽい雰囲気のイラストが描かれて…………ん?
「……これ、ナタリア、だよね?」
「確かに、よく似ていますねぇ……というか、ナタリアさんそのものですね」
エステラとアッスントが言うように、そこに描かれていたのは、どこからどう見てもナタリアだった。
以前のような、『ナタリアっぽい雰囲気の女性』ではなく、髪形や目元、立ち姿の雰囲気がナタリアそのものだ。
「人気者要素をかき集めてみた結果、こうなったのでしょうね、おそらく……むふん」
ナタリアの鼻の穴がぷっく~と広がっている。
調子に乗れるだけ乗りまくってるな、こいつは。
「どういうことかな……偶然、だと思うかい?」
「いや……」
前回、情報紙に『ナタリアっぽい女子』が描かれ、それにそっくりな女子が現れたことで話題となり、「あのイケてる女子は実在した!」的な反響を呼んで、ナタリアの目撃情報が集まり、結果、『イケてる女子=ナタリア』という方程式が成立し、ナタリアの立ち姿が掲載されたりしたのだろう。
もしくは、このイラストを描いているヤツが、どこかでナタリアに出会ったのかもしれない。
……ナタリアフィーバー。そのうち収束するかと思いきや、まさかのグレードアップを遂げるとは……名前こそ出ていないが、ほとんど名指しみたいなもんだ、これは。
「ヤシロ様」
そっと、情報紙を手渡してくるナタリア。
そして、満面の笑みを浮かべてこんな言葉を言い放つ。
「サイン、してあげても構いませんよ?」
「いらんわ!」
誰か、こいつを『調子』から引き摺り下ろせ! 乗り過ぎだ『調子』に!
「……いつの間に買ったのさ、こんなの」
「昨晩の夕飯時に。ここぞという時にお見せしようと、ずっと懐に忍ばせておきました」
「ずっと忍ばせたままにしておけばよかったのに……」
苦虫に噛み潰されたみたいな苦悶の表情を浮かべて、エステラが嘆息する。
なんだろうなぁ……決して羨ましくはないのだが…………こいつを黙らせるために俺も載りたい! なんか負けてる気がして無性にハラ立つ!
「では、参りましょう」
優雅に、卒なく、気品溢れる振る舞いで、ナタリアが俺たちの前に立ち、先頭を切って歩き出す。
……あいつは調子乗りの名人か。
「付いてきなさい、口先三人衆」
「「「よぉし、決闘だ、こんちきしょー!」」」
今の一言で、俺たち口先三人衆の結束が「がっちぃ!」と固まった。
……誰が口先三人衆かっ!?
「おい、エステラ。お前、もっと『BU』の連中にアピールして、ナタリアをあの座から引き摺り下ろせ!」
「ぅえっ!? ボ、ボクには無理だよ!」
「大丈夫だ、お前は美人だから!」
「ふにょうっ!?」
「おかしな声を出している場合ではないですよ、エステラさん! 四十二区へ戻れば、ヤシロさんの伝手で美女美少女を集めることも可能ですが、我々は、一刻も早く、今すぐに、あの口を黙らせなければいけないのです! 時間がないのです!」
「で、でも……ボクに、出来ると……思う? ヤシロ」
「顔は、メイクをすれば十分わたり合える! …………ただ」
「えぇ……ただ」
「「胸が……」」
「君らは、結局そこにたどり着くのか!?」
「違いますよ、エステラさん! これはあくまで一般論、世間の男性たち、大多数の意見を代弁しているまでで、私は胸の大きさにこだわりはありません!」
「嫁が貧乳だからな」
「見たこともないくせに随分な言い草ですね、ヤシロさん! 訂正してください!」
「非巨乳」
「……それは、反論できませんが…………」
「もう! そんなところで言い争っている場合じゃないんだよ! ボクたちは打倒ナタリアのために結束しなくてはいけないんだ!」
「そうだな」
「そうですね」
「「「我ら、口先三人衆! ……って、誰が口先三人衆かっ!?」」」
「…………皆様、仲が大変よろしいですね」
くっ!
ナタリアが余裕綽々な笑みを浮かべてやがる……っ!
今ここにマグダでもいてくれりゃ……あいつなら、自分の可愛さを最大限に活かして、強かなまでに『BU』全区へアピールしてくれるのだろうが………………あ、マグダもマグダで結構調子に乗るな…………なら、ジネットか……いや、今の『大人クール女子』ブームを打ち壊すには、真逆の『可愛いふんわり女子』ブームをぶつけるしかない! ならやはりマグダが…………いや、待て待て! いるじゃないか、四十二区は、可愛いふんわり最強女子が!
ミリィだ!
ミリィを連れてくれば、あのあどけない可愛さと、一所懸命な性格で、あっという間に人気者になってくれるだろう!
しかも、ミリィなら調子に乗ることもなくて、俺たちの精神的にもストレスフリーだ!
だが、ミリィは押しが弱い……自分からはぐいぐい行かないから、向こうからがっつり食いついてくれなきゃ、今のブームをひっくり返すのは難しい…………っ!
「あぁ、『BU』全区民が重度のロリコンにならねぇかなぁ!?」
「なんの呪いだい、それは!?」
「そうだ! ハビエルを講師として、各区で講演会を開くか!?」
「住民に深刻な病を伝染させると、『BU』と外周区の全面戦争が勃発しちゃうよ!?」
くそぅ!
ここぞという時に役に立たないな、あのロリコン木こりは!
「ハビエルのアホー!」
「他区の重鎮に対して、言いたい放題だね、君は」
ほんのちょっと全区に影響力のあるデカいギルドでギルド長をやっているだけのオッサンじゃないか。何を遠慮する必要がある。
「……どうやら、こちらも準備を万端に整えなければ、現状をひっくり返すことは難しそうですね……」
ぱちぱちと、そろばんを弾きながらアッスントが言う。
……何を計算してたんだよ、この話題で?
「皆様、くだらないことで時間を浪費するのは好ましくありません。さっさと参りましょう」
「「「誰のせいだっ!?」」」
いまだ勝ち誇ったままのナタリア。
……今に吠え面かかせてやるからな!
首を洗って待っていろ!
…………口先三人衆を舐めるなよ!
誰が口先三人衆かっ!?
……くそ、ちょっと気に入っちゃったじゃねぇか、このフレーズ。
とはいえ、朝っぱらからアホなことで体力を浪費したくはなかったので、俺たちはロスした時間分早足で麹工場へと向かった。
うっすらと空が白み始め、ようやく互いの顔を認識できるようになる。
早朝の青色に染まると、人の顔は普段より大人びた落ち着きを感じさせる。
薄く白い息を吐き出すエステラは、静謐な青色に染められていつもより綺麗に見えた。
ホント……黙ってたら美人なのにな、こいつは。
ま、それはナタリアもだけれど。……ナタリアの場合は、「頼むから黙っていてほしい美人」と言う方がしっくりくるが。
「見えました。あれが、麹工場です」
アッスントの指さす先に、大きな建造物が見えてくる。
敷地をぐるりと囲む高い塀の向こうに、いくつも建物が並んでいる。
日本企業の生産工場を思い出させる光景だ。
車や電子機器の生産工場は、その敷地内だけで一つの町のようになっていたっけな。
売店があって、ATMがあって、病院や運動場などを併設しているところもあった。
「木こりギルドみたいに立派だね」
「四十二区の方な」
エステラが、その壮大さに息を漏らす。
さすがに、ハビエルのいる木こりギルド本部はここよりもはるかにデカい。扱うものが何十メートルもある大木だからな。
だが、イメルダが取り仕切る四十二区の木こりギルド支部とはいい勝負だ。
とにかくデカい。
「……侵入が大変そうだ」
「正門以外から中に入ると、問答無用で厳罰に処されますよ」
……ちっ。
セコムにでも入ってんのかよ。
おっかねぇな。
と、セキュリティーは万全だというその建物をざっと見渡して……あるものに気が付く。
「つまり、不審者はこの建物の中には入れないってことだよな?」
「えぇ、もちろん。この中は機密の宝庫。それだけでなく、とても繊細な麹を扱っておりますので、破壊工作がされようものなら被害額は天井知らずですから」
その被害額ってのは、二十四区そのものが傾いてしまうような莫大なものに上るのだろう。
「……じゃあ、あぁいう輩を見かけたら、声でもかけるべきか?」
「え!?」
俺の指さす方向へ、他の三人が一斉に視線を向ける。
俺たちよりはるか前方。
正門らしき場所から数十メートルほど手前。
建物の陰に隠れるようにして、麹工場の中を覗こうとしている人影があった。
「不審者……ですね」
「不審だね」
「不審ですね」
全員の意見は一致している。
こんな、日も出ていない早朝に、人目を憚るようにして敷地内を覗く人影。
不審者以外の何者でもない。
正門から身を隠すようにしているようで、こちら側からはばっちり見えてしまっているのがあまりにも迂闊ではあるが……
「どうする?」
「……とりあえず…………近付いてみよう」
俺が尋ねると、エステラがそう判断を下した。
相手は一人。
こちらにはナタリアとエステラがいる。
荒事になっても後れは取らない。いざとなれば、アッスントを盾にすることも可能だ。
「……ヤシロさん。考えが表情に滲み出ていますよ。……やめてくださいね?」
アッスントが微かに俺から距離を取る。
……鋭いヤツだ。
そんなわけで、俺たちは適度に距離をあけ、息を潜めて不審な人影に接近していく。
企業秘密を盗もうとしている産業スパイか……はたまた、破壊工作を図る工作員か…………
距離が縮まり、人影の輪郭がはっきりとしてくる。
20メートル……15メートル……10メートル…………
幸い、向こうがこちらに気付く気配はない。
食い入るように、正門を凝視している。
そして、いよいよ人影がすぐそこまで迫った時……
「え……っ?」
エステラが声を漏らした。
「――っ!?」
その小さな声を聞き、目の前の人影が慌てた様子でこちらを振り返る。
驚愕と焦りの表情を見せるその人影は……どっからどう見ても子供だった。
線が細く、頼りなさげな、頭はいいけれど力は弱そうな、少年。
「…………子供?」
「な……な………………」
産業スパイ的な者を想像していた俺たちは呆気にとられ、わなわなと震えるその少年を見つめていた。
そして、俺たちは、直後にその少年からもたらされる言葉を聞いて、もう一度呆気にとられることになる。
「なんですか、あなたたちは!? ふ、不審者ですかっ!?」
……いや、お前がな!?
この麹工場……なんかいろいろありそうな気がしてきたな。
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