異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

174話 次期領主として生まれ…… -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:4,104

「少し長いお話になるかもしれないから、お食事でもとりながらにしましょう」

 

 と、焼き菓子を食った直後の俺たちにマーゥルが嬉しそうに申し出てきた。

 なんでも、マーゥルが館に人を招くことはほとんどなく、通いの商人を除けばセロンたちくらいしかいなかったのだそうで、おもてなしをするのが楽しくて仕方がないとのことだった。

 

 親族もあまり立ち寄らず、同じ区の中に親しい者もいない。

 でも決して人嫌いというわけではなく、出来るなら毎日でも客を招待してお話をしていたい。

 

 ……そういう、人見知りで寂しがり屋な薬剤師に心当たりがあるな。

 あいつみたいなもんか。

 

 ただ、あいつと決定的に違うのは、マーゥルはとても行動派という点だ。

 レンガを求めて四十二区までやって来るような行動派で、庭の花も、気に入ったものが見つかるまでとことん探し回るらしい。

 そして、新しいものが大好きで、変わったものはさらにもっと好きなのだとか。

 

「見事な庭園ですね」

「あら、そ~う? ありがとうね」

 

 館の庭にも無数の花が植えられていたが、裏手にはさらに広い庭園が存在した。

 巨大迷路でも作れば一財産当てられんじゃないかというほどの巨大な庭園は、見渡す限り一面に広がっていた。

 

 川を見下ろす小高い丘だと思っていたこの館。

 館に入る前、庭から川を見下ろせるとエステラがはしゃいでいたが、そっちはオマケみたいなものだった。

 その川は、大きなカーブを描き裏庭の庭園へと延びていた。

 もっというならば、その先にある崖へと繋がっていたのだ。

 

 つまり、マーゥルの館の裏側にある庭園は、四十二区との境にそびえる崖の上に広がっていたのだ。

 

「ここから見える土地は全部、ウチの土地なの。家を出る時にわがままを言ってもらっちゃったのよ」

 

 もともと、川や滝という利権を生みそうな場所は、ことごとくすべて領主が管理しているらしく、川沿いにいくつか建っている水車は、すべて領主の所有物らしい。

 滝に水車を作る案もあったにはあったが、そこへ設置すると四十二区へ幾分はみ出すこととなり、領有権の争いが勃発する可能性があった。

 その上、領土の狭い二十九区は当然人口も少なく、小麦などの製粉のための水車もさほど必要ではないと判断され、滝には何も設置されていない。

 

 そんなわけで、遊ばせている土地であるにもかかわらず、他者に侵害されるわけにはいかない重要な場所という厄介な土地に家を建て、そこをマーゥルが管理するという条件で、先代領主はこの土地を譲ってくれたのだそうだ。

 もっとも、領主が一声かければ即時没収される可能性は十分にあるようだ。

 滝の利用方法が見つかれば有無を言わせず奪われるだろうと、マーゥルも諦め気味だった。

 

 

 ――と。

 エステラが美しい景色に、俺が金や利権の話に意識を向けっぱなしになっているのは……食卓に並ぶ料理から目を逸らせ現実逃避したいからに他ならない。

 

「そなたら。いい加減現実と向き合え……いや、違うか」

 

 大きく開口を持たれた窓から裏庭を眺める俺たちの背に向かってルシアが声をかけてくる。

 テーブルをこんこんとノックしながら、意識をそちらへ向けさせようと働きかける。

 しょうがないので振り返ると……

 

「この、大量の豆と向き合うのだ」

 

 テーブルの上、約六割を占める大量の豆料理が網膜に焼きついた。……この光景、しばらく夢に見そうだ。

 

「ごめんなさいね。『招待客に食事を振る舞う際は、料理の六割以上に豆を使用すること』という決まりがあるのよ」

「……誰が決めたんだよ、そんなもん」

「もちろん、各区の領主たちよ。『BU』と言い換えてもいいわね」

 

『BU』で取り決められたルール。

 豆を他人へ押しつけるためのルールだ。……見直せよ。

 

「これは残してもいいからね。どうせ、こんなに食べられるわけはないのだから」

 

 マーゥルは、ルールに則った上で、俺たちをきちんと歓迎しようと考えているらしく、出される料理の量が通常よりもはるかに多かった。

 要するに、『全体の六割は豆だけれども、豆は無視して他の料理を楽しんでね」というわけだ。

 豆を除いた四割だけで、通常の一人前程度の量になっている。

 

 通常の飯だけで一人前にするためには、その分だけ余分な豆を食卓に並べなければいけないということになるわけで、豆が無駄に浪費されている。

 通常の飯の1.5倍の豆がテーブルに『積んである』――と、表現したくなる有り様だ。

 いくつかは湯がいてあるようだが……ほとんどが生のままのソラマメだ。

 

「なるほど。調理さえしなければ、次回にも使い回せるってわけか」

 

 生の豆を「サラダ」だとでも言ってテーブルに並べて置き、それには一切手を付けずに『残り物』として下げる。

 当然、手付かずなのだからそいつはただの豆であり、残飯にはならない。

 あとで食べるなり、どこかへ売るなり出来るというわけだ。

 

「まぁ、そんなやりくりをしても、この大量の在庫をもらってくれる人なんていないのだけどね」

 

 寂しそうに呟くマーゥル。

 少しでも食べ物を無駄にしまいと考えた方法なのだろうが、それでは在庫が減らない。

 倉庫に豆が溢れ返れば、いつかは傷んで廃棄せざるを得なくなる。

 

 友人の少ないマーゥルには、これほど大量の豆をさばき切る術はないのだろう。

 どうしても食べ物を無駄にしてしまう。

 そんなことに、心を痛めているような表情だ。

 

 ……それは、かつてジネットが見せていた、やるせない表情に少しだけ似ていた。

 

「いらないなら、俺が無償で引き取ってやってもいいぞ」

 

 気が付くと、そんなとんでもないことを口走っていた。

 ……くそ。

 あいつはその場にいなくても俺の中の、米粒よりも小さなお人好し心を刺激しやがるのか。

 崖が近いから、四十二区の空気がちょっと流れ込んできているのかもしれないな。

 

「でもね、他のところと違って、ウチにはソラマメしかないのよ」

 

 二十九区の名産品はソラマメだと聞いている。

 喫茶店や他の商店ではピーナッツや枝豆なんかを出していたが、領主の血縁者という立場上、やはり名産品であるソラマメを出さなければいけない、みたいな縛りがあるのだろう。

 そういえば、この区でソラマメを寄越してきたのは領主だけだったな。

 

「ソラマメは、茹でて食べるくらいしか方法がないから、もらう方も、調理する方も困るのよね」

「喫茶店なんかだと、お客さんに残されても困るから、食べ切ってもらえるような物の方が好まれるんでしょうね」

「聞くところによると、『BU』でのルールは、『客には豆を出せ』らしいからな。よく捌ける豆の方がウケがよいのだろう」

 

 マーゥルの話を聞き、エステラとルシアがこの区の状況を推測する。

 おそらく、そう外れてはいないだろう。

 

「お店で出す豆の割合と、領主とその血縁者が招待客へ出す割合、それ以外も、様々な状況によって豆を出す割合は変わるの。一応、無理のないようにとの配慮なのだけれど……『お客さんに豆を出しなさい』という時点でおかしいわよね」

 

 自分たちが置かれた歪な状況を、自虐的にくさすマーゥル。

 それは、住民を雁字搦めにするおかしなルールに対する苦言というよりも……

 

「だから、ね。そんな無理はしなくていいのよ、ヤシぴっぴ」

 

 ソラマメをすべてもらうと言った俺に、気を遣わせまいとする、細やか過ぎて度が過ぎた配慮のようだった。

 

 ……まったく。俺が親切心から言ってると思うか?

 ジネットのお人好しオーラの悪影響が多少あったとしてもだ、俺は善良なる心根でもって困っている人を助けてやろう、手を差し伸べてやろうなんて発想は持っていない。

 俺が親切に見えるなら、そいつは、その先に利益が見え隠れしている時だ。

 

「二つ、言っておく」

 

 なので、勘違いで俺を気遣うマーゥルに言ってやる。

 

「俺は、食い物を粗末にすることが嫌いだ。それから……これをもらえれば、俺はおいしい思いが出来る」

 

 もちろん、ソラマメを食べて「美味しい~!」なんてことじゃない。

 ソラマメは現在、豆板醤になるための着々とした準備が進められている食材だ。

 計画が動き出してから必要な分を掻き集めるよりも、前もって入手できるものをストックして即使えるようにしておいた方が効率がいい。それだけだ。

 

「税金対策さえなんとかなれば、丸儲けだからな」

「あぁ、それなら。これを持って行くといいわ」

 

 マーゥルがシンディに指示を出し、一枚の紙を持ってこさせる。

 それは、『これは領主からの贈り物で、税金を免除するように』という文面が書かれた証明書のようなものだった。

 これがあると、豆を持ち出す際に税金がかからないらしい。

 

 考えてみれば当たり前だ。

 豆に限らず、領主なら懇意にする相手に贈り物くらいするだろう。

 時には、目上の者に貢物をすることだってある。

 そんな贈り物にまで税金をかけたのでは、贈り物が逆に仇となって相手との関係にヒビを入れることになる。

 

 税金免除は、当然あってしかるべき制度だ。

 どうせ税収が領主の懐に入るのだし、「取らない」だけなら領主的には痛くもかゆくもないだろう。

 

「ふふ。ヤシロも随分と優しくなったものだね」

 

 からかうように、俺の前髪をよしよしと撫でてくるエステラ。

 えぇい、不愉快な。前髪を触るな。こそばゆい。

 

「アッスントが本気を出すと言ったんだ。豆板醤の製造は決定したも同然。なら、すぐに生産に入れるように素材を集めておこうというだけの話だ。タダで手に入るなら万々歳だろうが」

「へぇ。君がそこまでアッスントを信頼しているなんて、知らなかったよ」

 

 くっ……あぁ言えばこう言う。

 

「金が絡むと、あいつほど信頼できるヤツもいないだろう。好き嫌いには関係なくな」

「ふふ、そうだね。うんうん」

 

 その知ったかぶりフェイス、今すぐ辞めないと崖から四十二区に向かって「ぺった~ん!」って、登山家みたいに叫ぶぞ、コラ。

 やまびこに「ぺったん」「ぺったん」言われてみるか?

 

「その、とうばんじゃん、ってなぁに?」

「あぁ……説明は難しいんだが、調味料の一種でな……いずれ機会があればご馳走してやるよ」

「あら、それは楽しみね」

 

 これだけ大量のソラマメをくれるんだ。それくらいはしてやってもいいだろう。……持ち込む際の税金免除も世話してくれるならな。

 でなきゃ、陽だまり亭に食いに来い。

 

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