「がんばってくださ~い!」
口の両側に手を添えて大声で声援を送るジネット。
トラックでは現在、十二歳未満による80メートル走が行われている。
「やったです! チームこそ違えど、ウチの妹が一番です!」
「……お前んとこの弟妹しかいなかったろ、今のレース」
ヒューイット家の足の速さは桁違いなので、ハムっ子たちはなるべく各チームに振り分けられたハムっ子同士で競わせている。でなければ、ハムっ子が一位を独占してしまうからな。
「一所懸命に走る姿って、カッコいいですね」
珍しく興奮気味に、ジネットが俺の袖を引いて「見てください見てください」とトラックを指差している。
こいつも、スポーツを見ると興奮するんだなぁ。
この前に行なわれた『かけっこ(七歳未満の部・25メートル走)』には、教会や他の地区のちんまいガキどもがわらわらと出場し、それなりに時間はかかったが無事にレースは終わった。
ちっさい足でちょこちょこ走る姿に、会場中がめろめろになっていた。
残念ながら、テレサはまだ参加できなかったが、その代わりにとばかりに、シェリルが元気いっぱいに参加して、見事に一番を取っていた。
ヤップロックがネフェリー両親の喜びの舞も顔負けな小踊りを踊っていた。……人種ごとに伝統の踊りとかあるんじゃないだろうな?
そして、『徒競走(十二歳未満の部・80メートル)』も、次のレースが最終ということになる。
白組からは、リベカが参加する。ここまでの白組はあまり成績が振るわないので、なんとか一位をゲットしてもらいたいところだ。
トットも参加したのだが、健闘虚しく三位という結果に終わっていた。狩猟と木こりの息子どもが速くてなぁ……アレは無理だ。
一応、ガキどもの戯れレベルの競争でも点数は発生している。ポイントこそ少ないが、最初のこの誤差レベルの差が後々に響くなんてことが往々にしてあるのだ。油断は出来ない。
「リベカぁ~! 頑張って~!」
ソフィーが自作のリベカ手拭いを広げて声援を送っている。
……アイドルの追っかけか、お前は。
「え? これですか? アッスントさんに教えていただいたんです。こういったものに工場の名前などを書いて関係各所に配るといい宣伝になると」
要するに、陽だまり亭でやっていた宣伝Tシャツのパクリだ。
あぁいや、違うな。あいつの場合は去年の猛暑期に教えてやった『団扇を使った宣伝方法』の派生か。
「……で、工場のことは書かずにリベカの名前を書いたのか」
「麹工場といえばリベカです! これ以外に書くことなどありません!」
『リベカ☆らぶりぃ~』と、きらきらした文字で書かれた手ぬぐいは、どう見てもアイドルのライブグッズにしか見えなかった。
とりあえず、俺が取引先からこれをもらったらノーバウンドでゴミ箱へ放り込むな。
「リベカは足が速いので、きっと一番になります! ヤシロさんも、ノドボトケが飛び出るくらいに応援してください!」
「飛び出てたまるか」
飛び出たら飛び出たで気持ち悪がるくせに。
しかし、リベカの一番は黄色信号だな……
なぜなら――
「ハム摩呂たぁぁあ~ん! 私のために勝つのだぞぉおお!」
「はしゃぎ過ぎ思う、ルシア様……」
「ハァァァアアム摩呂たぁぁあああ~~ん!」
「あと三秒で実力を行使する、私は、心を鬼にして――ゼロ」
「どふっ! …………ぎ、ギルベルタ……せめて、カウントダウンは声に出してするべきだ……いつ経過したのか分からんかったぞ、三秒……」
「話しているうちに経っていた、三秒は」
どこぞのアホ領主が、他の区の領主や四十二区の領民が大勢いる中で痴態をさらしている……あいつもう、本性を隠すの諦めたのかな?
……とまぁ、そんな痴態を見ても分かるように、このレースにはハム摩呂がいる。
青組と黄組は普通のお子様なので無視しても構わないんだが……ハム摩呂かぁ……
「ハム摩呂は他のハムっ子とぶつかってほしかったぜ……」
「実は……各競技とも、ウチの弟妹の出場人数に制限がかかっているです」
「人数が多いですからね。出たくても出られないご弟妹は可哀想ですが……」
「……赤組は、ここで確実にポイントを稼ぎに来た」
そう。
赤組の連中、ハムっ子だらけのレースでワザとハムっ子を避けて、最後のレースにハム摩呂をぶつけてきやがったのだ。
徒競走は肩慣らし的な位置づけなので獲得ポイントは多くない。
とはいえ、一位は10ポイントで、二位が8ポイント、三位が5ポイントで、最下位は2ポイントとなっている。
何位になるか分からないハムっ子だらけのレースを一つ放棄して確実に一位を取る方が獲得ポイントが多くなる確率が高いのだ。
選手が全部ハムっ子なら、最悪最下位になることもある。
それよりも確実な10ポイントを……か。
……絶対ルシアの入れ知恵だよな、これは。
デリアがそんな細かい計算をしてくるはずがないからな。
「ふぉおお! 滅多にないような、大舞台やー!」
若干緊張している様子のハム摩呂。
そのまま緊張して出トチってくれれば勝機はあるのだが……あいつ、本番には強い、っていうか、やれと言われたことはきっちり成果を出すからなぁ。
「手前味噌でなんですけど……ウチの弟に勝つのはちょっと難しいです」
「大丈夫ですよ。一番でなくても、頑張ることが素晴らしいことですから」
「……援護射撃が禁止なのがつらい」
と、陽だまり亭チームは敗戦ムード一色だ。
マグダが外からハム摩呂を撃ち倒すのも禁止らしいし、仕方ないか。
「何を言っているのですか! リベカは勝ちます! だって、あんなに可愛いのですから!」
「そうだぜ! やる前から諦めるようなこと言うなよ! ロレッタ! お前もスゴ姉同盟の一員だろう!? 一緒に応援するんだよ!」
ソフィーとバルバラはハム摩呂のスピードを知らないせいか、リベカの勝利を信じている様子だ。
「英雄! 勝てるよな!?」
そう言われてもなぁ…………
「なんとかしろよ! 仲間だろ!?」
なんとかって……まぁ、やれるだけのことはやってやるか。
うまくいく保証はないが。
「リベカ……聞こえているな?」
他の組の連中には気付かれないように、スタート位置に着くリベカに向かって小声で話しかける。
リベカは耳のいいウサギ人族の中でも天才と呼ばれる少女だ。この程度の距離はないものと同じ、どんな囁きも聞き漏らすことはない。
「俺たちは全員お前の勝利を確信している。だから、何が起こっても気にせずゴールに向かって突っ走れ。出来るな、可愛い隊長?」
そう言うと、リベカがビシッとVサインをこちらに突きつけてきた。
よし。じゃあ、お次は……
「全員集合。秘策を授ける」
白組の選手を呼び集め作戦を告げる。
「これはあくまで作戦だ。決して妨害工作ではない」
そんな前置きをしてから――
「ハム摩呂は、今日は敵チームだが普段は俺たちの仲間だ。だから、精一杯声援を送ってやろうじゃないか。みんなハム摩呂のこと大好きだろ?」
「なっ!? リベカの応援を放棄して敵に声援を送ると言うのですか!? そんなの、リベカが可哀想じゃないですか!」
当然のようにソフィーが反対する。
こいつはリベカの応援に夢中で、意識をこっちに向けていなかったから、さっきの囁きを聞いていなかったのだろう。なので。
「そうだな。確かにその通りだ。なので、『頑張れ』はやめておいて、名前だけ呼んでやろう。日頃仲良くやっている同じ区の仲間として」
「あぁ……なるほどッス」
「……理解した」
「へ? どういうことです?」
ロレッタはピンと来なかったようだが、マグダに耳打ちされて合点がいった様子だ。
「アーシは敵の応援なんかしねぇからな!」
「無論、私もです! 私はリベカの……リベカだけの応援をします!」
「それならそれでいいさ。こっちはこっちで好きにやるから」
「そうですね。ハム摩呂さんはよく陽だまり亭のお手伝いをしてくださっていますし、声援を送ってあげると喜んでくださいますよね」
完全なる善意でジネットまでもが作戦に参加してくれることになった。
さぁて……うまくいくかな……
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