「お前らなに言ってんの?」
二人の視線が俺に向けられる。
「お前が今考えるべきなのは、いかに相手を騙すかだろ?」
「騙す? どうしてボクが人を騙すんだい?」
「そうですよ、ヤシロさん、エステラさんにやましいことは何も……」
「あぁ、違う違う。お前たちは完全に勘違いをしている」
キョトンとする二人に、俺は分かりやすく説明をしてやる。
「人の話を聞かないヤツというのは、自分の中に揺るぎない理論を持っているんだよ。凝り固まった自己理論は、相手に付け入る隙を与えない。結果、相手の話など聞く必要はない、話し合いなど無用だと、そういった思考に陥るわけだ」
「うん…………確かに、そんな感じかも……」
今、エステラの脳内には分からず屋の誰かの顔でも浮かんでいるのだろう。
辟易とした表情を見せている。
「でも、悪いこともしていないのに嘘を吐く必要が、本当にあるのかな?」
『騙す』ことがそのまま『嘘』だとイコールで結びつけるから納得できないのだ。
騙すというのは、何も嘘を吐くことだけを指すわけではない。
「そのように見える」「そのように聞こえる」なんてのも『騙し』の一つだ。トリックアートなんかがそうだな。だが別に、アレは嘘というわけではなく、ただそう見えるだけだ。
要は、ほんの一瞬でも「えっ!?」と、相手の思考を止めてやるのが『騙し』のテクニックなのだ。
例えば……
「お前たち。俺が女に見えるか?」
「え? い、いえ。見えませんけど……」
「女装趣味にでも目覚めたのかい? やめておくことをおすすめするよ。君が女装してもバケモノにしかならない」
誰が女装なんかするか。
……いや、待て。女装すれば女湯に侵入することも…………いや、それは後で考えるとして、今はこいつらを『騙し』てやることにしよう。
「まぁ、そうだろうな。俺はどこからどう見ても男だ。逞しく、ワイルドだ」
「誰もそこまでは言ってないけどね」
「ヤシロさんは、ワイルドというより、優しそうな印象ですよね」
なんでもいい。
とにかく、俺はどこからどう見ても男にしか見えないだろう。
「だが…………俺の体には半分――女の血が流れている」
「「えっ!?」」
ジネットとエステラが同時に息をのみ、後ろに座っているトルベック工務店の連中からもどよめきが起こる。
ほんのわずかな時間、陽だまり亭内の時間が停止する……
「……………………いや、当たり前じゃないか!」
最初に気が付いたのはエステラだった。
「あっ! そ、そうですよね! 半分はお母様の血ですものね、当然ですよね」
ジネットもようやく理解が及んだようで手を打ち鳴らす。
そう。
俺の体内に流れる血は、父親(男)と母親(女)の血なのだ。
つまり、半分は女の血だ。
「そんな当たり前のことを、なにドヤ顔で言ってんのさ。紛らわしい」
「その紛らわしさが、今は重要なんだよ」
「え……?」
先ほどの俺の発言がよほどショッキングだったのか、ジネットはいまだに胸で大きく息を吸っている。心臓の鼓動を抑えるために呼吸を整えているのだろう。
あんな、ごく当然な事柄でも、これだけの衝撃を与えることが出来る。
くだらないことで相手の思考を一瞬止めることが出来る。
これが『騙し』の効力だ。
「誰かを騙すのに、嘘なんか吐く必要はない。だが、この一瞬の思考停止がお前の窮地を救ってくれる。……ちょっと待ってろ。秘策を思いついた。すぐに準備してくる」
俺は言い残して、自分の部屋へと戻る。
要は、エステラが危惧するその何某が、エステラの話をちゃんと聞けば問題は解決するのだ。聞く耳持たないヤツによく聞こえる耳を取り付けるのはほんの一瞬の思考停止だけで十分事足りる。
その何某が、「こいつは何か良からぬことをしたに違いない」という鉄壁の理論を展開する前に、こちらの意見を聞かせてやればいい。
とても簡単な方法がある。
準備も、すぐに出来る。
俺は、長持から一着のシャツを取り出す。
サイズ的には少々大きくなるが、エステラが着られないこともないだろう。
端切れを持ち出して、ちょいちょいと細工を施す。
ふと、ベッドに視線が行った。
布団が綺麗に整えられていた。
……あいつ、裸でそんな気を遣ったのか?
…………裸…………エステラが全裸でここにいたのか…………いかん、なんか悶々としてきた。
「……ここに、全裸のエステラが…………」
ジッとベッドを見下ろす。
…………横になろうかな?
「…………………………って! 変態かっ!?」
よかった。
まだ俺の中のブレーキ壊れてなかった!
いくらなんでも、そんなことではぁはぁしたのでは、俺の中の『何か』が完全に終了してしまう。こう、大人として、人として、大切な何かが。
俺は作業を急ピッチで進め、さっさと部屋を後にする。
部屋を出る間際、ほんのちょっと、ほんのちょ~~~~~っとだけ布団の匂いを嗅いだら、……泥臭かった。
だよなぁ……泥水に嵌ったんだもんな…………はは、知ってた知ってた。
なんともやるせない気持ちで、俺は食堂へと戻る。
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