「ど、どう……かな?」
四十区にてデミリーたちと話をした翌日。
エステラは約束通り陽だまり亭に飯を食いに来ていた。
寄付の時に姿を見かけなかったのでまだへこんでいるのかと思ったのだが……
「ひとまず先に手紙で謝意を伝えておこうと思って。ほらボク、シャイだし」
つまらないダジャレにはデコピン一発。
「ぁうっ!? ……元気になったアピールなのに……」
その空元気が少々目につくからこそのデコピンだ。
もっと普通にしていればいいものを……
今日のエステラは、少し落ち着きがない。
まぁ、一念発起したところで、そうそう変われるものではない。
もうしばらくは空回りの時期が続くだろう。
エステラの手紙は実にシンプルでありつつ、誠意が込められていた。
まず、自分の至らなさに気が付いた経緯を説明し、これまでのことを書面で明確に謝罪している。先代領主の葬儀や、領主のお披露目に出席しなかったこと。街門の利用料や狩猟ギルドに関するあれやこれやの取り決めをなぁなぁに踏襲していること。……まぁ、まだ領主が引退していない以上、踏襲云々は微妙な問題な気がしなくもないがな。
そして、すべてを手紙で済ませてしまった無神経さに対する反省が、エステラの言葉でしっかりと綴られていた。
そして最後に、この次会った時に改めて、今度は顔を見て謝罪させてほしいというお願いが書かれていた。
「いきなり押しかけて一方的に謝るのも、結局はこっちの都合だからさ……どうするのが一番いいのかは分からなかったけど、これが今ボクに出来る最善のことだと思ったんだ」
「まぁ、いいんじゃないか?」
手紙だけで済まさず、会って謝りたい旨を伝えてあるんだ。
この手紙に関しては目くじらを立てられることもないだろう。
「三者会談の日程はまだ決まってないけど、その日までにはきちんと……」
エステラがグッと拳を握る。
「リカルドを殴り飛ばしたい衝動をコントロール出来るようになっておくね!」
「……殴りたいのを我慢してたのかよ」
こいつ、リカルドの前で大人しかったり、ちょっと震えたりしてたのは、緊張してたからじゃないのかよ……
「いやぁ、小さい頃からホンッッッッッッッッッッットいろいろされてきたからねぇ。食べようと思ったスープの中に飛び込んでくる虫より大っ嫌い」
すげぇ爽やかな笑顔で言い切りやがった。
けどまぁ、そういうことが口に出来るようになったのは、きっと心の中で何かが整理された証拠なんだろう。
これまでのこいつなら、そんなことすら言えなかったろうしな。
「まぁ、領主代行として礼を失していたことは認めなきゃいけないしね。でも、ただの幼馴染として会う機会があれば、四発殴る」
領主にオフなんて日があるのかは知らんが、ただの幼馴染同士なら、好きにすればいいさ。
やり過ぎない程度にな。
「あと、六発蹴る」
「何をされてきたんだよ、これまで……」
骨にひびくらい入りそうな、本格的なダメージを与えにいってんじゃねぇか。
六発もローキックを入れられたら、俺は立てなくなる自信がある。
「リカルドは、お前のことが好きだったのかもしれないぞ?」
「あははっ、ヤシロ~…………統括裁判所に訴えるよ?」
「……顔が、マジ、怖いです」
そんなに嫌か?
「でも、ガキの頃って、好きな娘をいじめて興味を引こうとしたりするからよ」
「リカルドのはそういうんじゃないよ。……ボクたちは、良くも悪くも領主の子供だったんだよ」
とにかく対抗意識があったと、エステラは苦笑を浮かべる。
リカルドにしても、格下の区の、それも娘にだけは負けるわけにはいかなかったのかもしれない。それで、ことあるごとにいじめて自分の方が上だと力を鼓舞したのかもしれないな。
まぁ、憶測でしかないが。
ただ、そんなことを繰り返してきたのなら…………蛇蝎の如く嫌われても仕方ないだろうな。
エステラとリカルドの件は、俺に言わせればどっちもどっちだ。もちろん、軍配はややエステラの方に寄っているけどな。
ガキの頃から敵意剥き出しで、今もなお不遜な態度のままの、器の小さい狭量なリカルド。
子供時代と領主代行としての立場の線引きが明確に出来ていなかったエステラ。
外野が騒げば、自分の知り合いが絶対的に正しいと水掛け論になること必至な状況だ。
ならば、これまでのいざこざはいったん脇に置いておいて、先のことを話し合った方がよっぽど建設的だろう。
先にエステラは誠意を見せた。
あとは向こうがどう出てくるか、ってところだな。
「まぁ、どっちにしても三者会談まではちょっと時間があくだろう。それまではゆっくり過ごすとしようぜ」
「うん。そうだね」
少し晴れやかな表情で、エステラはパスタをちゅるんと啜る。
……麺類を啜る文化圏なんだな。箸もあるし、日本に近いんだよな、ここ。
「今日はこの後、溜まった書類の整理だよ……あぁ、憂鬱だよぉ」
カツカツと、パスタにフォークを突き立てる。刺さらないぞ、たぶん。
「そうだ! 困った時はヤシロに頼もう!」
「気安く使うんじゃねぇよ」
「えぇ~……昨日は……その、困った時は俺を頼れとか……言ってくれたのに……」
おいおい。言って照れるんなら口にすんじゃねぇよ。
そもそも、雑用を引き受けるために言ったわけじゃない。
「エステラさん」
水を注ぎに来たジネットが柔らかい笑みをエステラに向ける。
「お仕事が大変なようでしたら、ご相談くださいね。わたしに出来ることはなんだって協力しますよ」
「ほ~ら、気を遣わせた」
「あ、いやいや。冗談だよ、ジネットちゃん。美味しいご飯を作ってくれるだけでもう感謝感謝だよ」
ニへラと笑ってパスタを啜るエステラ。……ソースを飛ばすんじゃないよ。子供みたいに。
「ヤシロさん」
「ん?」
水差しを手に持ったまま、ジネットが俺に笑みを向ける。
「ヤシロさんは平気ですか? また無理をされてはいませんか? わたしに出来ることがあれば、なんだって言ってくださいね」
……昨日の今日なんで、そういう顔をされると……ちょっと照れる。
「らいじょ~ぶなのらっ!」
「どんなキャラだい、それは?」
「うっさいな! 素だよ!」
「……なら、一層深刻だよ」
エステラが深刻そうな表情で俺を見る。
バッカヤロウ。語尾が「ら」になると可愛さ急上昇だろうが!
過去に可愛いもの好きを豪語していたくせに『かわいいヤシロたん』には一切目もくれなかったエステラは、ちゅるちゅるちゅっちゅとパスタを完食し、仕事のために館へと戻っていった。……割と可愛いのになぁ、俺。
さて、俺もやるべきことをやっておくかな。
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