「ベルティーナ」
「はい」
「体操服に着替えたら?」
「へ……」
硬直。
後に、油の切れたブリキの人形のように鈍い動きでジネットの服装を観察するように眺めるベルティーナ。
そして、徐々に頬の朱を濃くしていく。
「む、無理です……こ、こんな恥ずかしい格好……」
「はぅっ!? ……は、恥ずかしい……でしょうか?」
「あぁ、いえ! ジネットは平気ですよ! よく似合っていますし、とても可愛いです! けど私は……」
「ベルティーナにも似合うと思うけどなぁ」
ここで俺の援護射撃である。
誰の援護かって? 俺のだよ。セルフ援護射撃だ。
「ベルティーナはジネットに負けず劣らず可愛いし」
「へぅ!?」
「にゃふ!?」
奇妙な声を上げる似たもの母娘。
「それに、『年甲斐もなくこんな服着られませ~ん』なんて年齢でもないだろう?」
「そうですね!」
うん。すげぇ早かったな。即答だ。
ここは、今だけは認めるわけにはいかないもんな。
「エステラも言っていたぞ。隠しているのが見えてしまうと恥ずかしいけど、ジネットたちみたいに堂々としていれば艶めかしいとは映らない」
「そう……でしょうか?」
「それに、これは健全なスポーツの祭典だ。なにも恥ずかしいことじゃない。でなきゃ、ここにいる女性たちがみんな卑猥な格好をしてるってことになっちまうだろ?」
「そ……れは、…………そう、ですね」
ベルティーナ自身、ジネットやエステラの格好を『破廉恥だ』という目で見ていたわけではない。
ただ、自分が着るとなるとちょっと恥ずかしいなぁ~というだけなのだ。
で、恥ずかしいのはなぜか?
年齢のせいか? それは否だ。
「要するに、着慣れていないから抵抗を感じるだけだ。去年の川遊びは楽しかったろ?」
「それは……あの時は、ヤシロさんくらいしか異性がいませんでしたし……」
ウーマロやパーシーもいたんだけどな。
記憶にないか。そうかぁ。残念だな、あいつら。
まぁ、そんな些末なことはどうでもいいとして、俺はここ一番で最も効果を発揮する言葉をベルティーナの耳に入れておく。
「ガキどもを安心させるためだよ。それに――」
あとは、必要以上に緊張しているベルティーナをほぐしておく。
「この街で一番ベルティーナの生足に興味津々な俺にもう見せちまったんだ。他の連中なんか誤差みたいなもんだよ」
一瞬きょとんとして、そして「くすっ」と吹き出し、そのあとで表情筋を必死にシスターの顔に戻して俺の肩をぺしりと叩く。
「もう。エッチなのはダメですよ、ヤシロさん」
そう言った後で、また表情を柔らかくして――
「そうですね。この街で一番エッチな方に見せてしまったのですから、今さらですね」
――そんなことを言って「べ~」と舌を覗かせる。
やっべ! 直撃受けた! ……ちょっとときめいちゃったじゃねぇかよ、ったく。
不意に可愛い表情するのやめてくれる? 飛びついちゃうぞ、日光の方のテーマパークのマスコットキャラみたいに。
「ジネット、あの……着替えを手伝ってくれますか?」
「はい。構いませんよ」
「その……やっぱりちょっと、恥ずかしいので」
「ふふ。……はい。きちんと面倒見ます」
照れる母と、微笑む娘。
「よし、俺も手伝ってやろう!」
「「ヤシロさん」」
「……冗談だよ」
今日は『精霊の審判』が禁止だからな。
嘘吐き放題だ。……全然冗談じゃなかったんだけどなぁ! あわよくば! あわよくばだったのに! ……ちぇ~。
しょうがないので、真面目な方の選択肢を取っておく。
「レジーナ! 二人を手伝ってやってくれ」
「えっ、ウチ?」
「そうだ。お前だ」
「なんでウチが…………あぁ、そういうことかいな」
俺の言わんとすることを悟ってレジーナが重い腰を上げる。
ベルティーナも気が付いたようで、俺に微かな微笑みをくれた。
その笑みは「ヤシロさんだって、心配し過ぎですよ」という非難をしているように見えた。
ベルティーナは本当に無理をすることがあるからな。
着替えと称して更衣室に入り、ガキどものいないところでレジーナに診察してもらうのだ。本当に怪我がないかを。
もし捻挫でもしていたら、見えないところで処置してもらえばいい。
それでガキどもの不安は消える。
「じゃあ、さっさと着替えてこいよ」
「はい。……ヤシロさん。ありがとうございます」
小さな声で言って、ベルティーナは俺の髪を一撫でして更衣室へと向かった。
レジーナが何かをジネットに耳打ちして、二人してこっちを見てくすりと笑った。……いいから早く行けよ、お前ら。
「ありがとう」なんて言葉は大袈裟だ。
やった方がいいと思ったならやっておくに限る。それだけのことだ。
「ありがとう」の安売りなんかしない方がいいっつの。こんな気楽な大会で。
そんなことを思った数分後。
「ありがとぉぉぉおおおおお!」
俺は全身全霊で「ありがとう」と叫んでいた。天に向かって。
「も、もう! ヤシロさんっ、やめてください」
照れて露わになった太ももを押さえるポニーテールのベルティーナ。
ジネット。お前、ポニーテール屋を始めても食っていけるぞ! それくらいにジネットはポニーテールがうまい! つまり、ベルティーナのポニーテール、超似合ってる!
いつもはゆったりしたローブに阻まれ微かな膨らみすらなかなかお目にかかれない隠れ巨乳だが、シンプルな体操服ではその圧倒的存在感を隠しきれずにふっくらと緩やかな弧を描いている。
そして、細い足を一層魅力的に見せ、太ももの純白をさらに引き立たせる紺色の……ブルマっ!
えんじ色のジネットと紺色のベルティーナ。どっちのブルマもいい! 捨てがたい! いや、捨ててなるものか!?
誰か、今から小一時間で一眼レフカメラとか発明してくれないかなぁ!?
「とりあえず、ブルマで三角座りしてくれるかな!?」
「ヤシロさんっ!」
怒られてもくじけない!
だって照れ可愛いんですもの!
「もう、ヤシロさん。女性をそういう目で見てはいけないと言ってるでしょう」
ベルティーナを庇うように立つジネット。
そして、人差し指をぴんと立てて、シスターのような風格を持ってはっきりと宣告する。
「シスターをそういう目で見てしまうというのなら、懺悔をしてくださいっ」
ザッ――
そんな足音がしたかと思われた直後、ウーマロが建てたのだという出張版懺悔室に長蛇の列が出来た。
「な、なんですか、これは!?」
「会場の男性のほとんどが懺悔室に!?」
「しょ、諸君、どうしたっていうんだい、これは!?」
ジネットにベルティーナにエステラまでもが戸惑っているが、懺悔室に並んでいる野郎どもは、どこか清々しい表情をしていた。
おのれの罪を認めながらも、その行いに後悔はないという、悟りの境地にほど近い精神状態だ。
それはつまり、この会場にいた汚れなき少年を除いた全男性が……そーゆー目で見ちゃったんだな、ベルティーナの生足を。
いやぁ、すごい威力だなぁ、ベルティーナのブルマは。
よし。俺も並んでこよっと。
体操着シスターに懺悔を聞いてもらえるあの待機列に。
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