「だがよぉ、ヤシロよ」
ハビエルが、ドーナツを摘まみながら眉間にしわを寄せる。
「崖と森に囲まれた場所に港なんか作れるのか? 崖だって、そんなに削っちまうわけにはいかねぇだろうよ」
崖を大きく削れば、きっと三十区からクレームが来る。
行商人が馬車を走らせる街道が削られかねないからな。そうでなくても、地盤沈下は怖い。
なので、弄るのは最小限に抑えるつもりだ。
「新しく作る港は、三十七区の物よりさらに小さくする予定なんです」
「それでいいのか? 利益減っちまうぞ、ヤシロ」
「ボクたちは港での利益を考えてはいないんです。四十二区内で消費する程度の魚が手に入れば御の字なんですよ」
「ん~……相変わらず、ヤシロの考えてることはよく分からねぇな」
「あの、ミスター・ハビエル……しゃべってるの、ボクなんですけど?」
エステラの説明を聞きながら俺に疑問を投げかけてくるハビエル。
お前はウーマロか。
「あぁ、すまんすまん。どうせこういうことを考えつくのはヤシロだろうと思ってな」
「まぁ、その通りなんですが」
俺たちは、三十五区や三十七区の港から利益を奪い取ろうなどとは考えていない。
俺たちが今欲しいのは『港がある』という事実だけだ。
なので、エステラの言った通り、四十二区内で安く海魚が手に入る程度の水揚げ量で充分なのだ。
アッスントが口を挟んできそうではあるが、それはまた別の話だ。
「しかし、リカルドとアンブロースはいいとして、三十九区と三十八区の領主が文句を言いそうだよなぁ。あいつらは『通り道』であることで利益を得ているからよぉ」
あまり食いつかず、あくまで一歩引いた姿勢でハビエルが言う。
通行税などは取っていないが、行商ギルドが行き来することで得られる利益がある。
が、まぁ、その辺は大丈夫だろう。
「お前ら二人が恫喝すれば、ヤツラは黙るだろうよ」
と、ハビエルとメドラを指して言う。
ついでに、マーシャまで加われば完璧だ。
「がはは! まぁ、確かにな」
「だけど、スマートじゃないねぇ。アタシの好みじゃあないね、それは」
「私は協力してもい~よ~☆ 四十二区に来やすくなるのは嬉しいしねぇ☆」
「甘ったるい声出すんじゃないよ、海漁の! ダーリン! アタシも四十二区に住んであげようか?」
「話がブレるから、冗談はそれくらいにしておけな、メドラ」
お前を街門に括りつけとけば、魔獣除けの効果があるかもしれんが、俺が安心して眠れなくなるからな。
「ワシも四十二区に仮住まいを造ろうかなぁ」
「お父様……縁を、切りますわよ?」
「なっ!? ち、違うぞ、イメルダ! ワシは、可愛いイメルダのそばに少しでもいたいと……お、親心だ!」
「ちなみに、ハビエル。別荘を建てるならどこがいい?」
「もちろんニュータウンだ!」
「ヤシロさん。不届きな見知らぬおじさんがいますわ。叩き出してくださいまし」
「んなぁああ!? 違うんだイメルダ! ヤシロ、余計なことを、嫌なタイミングで……!」
自身の変態がバレた責任を俺に押しつけるな。
「ワシはもちろん、イメルダのそばに別荘を建てるぞ! 例えば……おぉ、そうだ! 教会! 教会のそばに別荘建てるとしよう!」
「そこにも幼女がたくさんいますわね…………デミリればいいのですわ」
「イメルダ、頭皮に呪いをかけるのはやめてくれぇ!」
ここにいないのに大人気だな、四十区の領主は。
「……なんかさ、この一件が終わった時、四十二区の住民増えてたり、しないよね?」
エステラが嫌なことを言う。
こんな濃い連中がこぞって引っ越してきたら…………俺は逃げるかもしれない。安全な区へと。
「うふふ。賑やかになりそうですね」
ジネットは大歓迎っぽいが……それは「楽しい」じゃなくて「騒がしい」ってんだよ。
そんな騒がしい連中のやかましい声に紛れて、ドアが開く音がする。
全員が一斉に黙り、開かれたドアへと視線を向ける。
「エステラ様。『BU』からの手紙が届きました」
そこに立っていたのは、いつになく真剣な顔をしたナタリア。
今日は真面目に給仕長として動き回ってくれている。
「おそらく、我が区にも同じ内容の手紙が届けられているのだろう。一緒に見せてもらってもかまわぬか、エステラ」
「えぇ、もちろん」
エステラが手紙を開封し、ルシアと二人で覗き込む。
そして――
「ヤシロ」
「ん?」
「予想通りのことが書かれていたよ」
「そうか。まぁ、そうだろうな」
その手紙は、明々後日の呼び出し状だ。
二十九区の領主の館へと出頭し、『BU』からの通達を聞け。そんな内容だ。
そしてその最後に、とある一文が記されていた。
ヤツらが有利になるための条件を考えれば、当然提示してくるであろう事柄で、容易に想像が出来た。
『領主の館へは、招待状を持つ者以外の立ち入りを禁ずる』
招待されていたのは、領主と給仕長のみ。
ルシアのところも同じだと考えれば、呼ばれたのは四人だけ。
その一文を言い換えれば――
『オオバヤシロは、連れてくるな』
そういうことだ。
さっきのハビエルもそうだったし、ドニスもその傾向があったんだが……何かの話をする際に、俺に話を振るヤツが多い。
それは、その連中は「一連の事象の中心にいるのはオオバヤシロだ」と認識しているということを意味し、そして、ドニスみたいな知り合って間もない領主ですらそう思い、そのように対応していたということは、俺の存在は相当に目立っていたということだ。
トレーシーやドニスの動向を見張っていた『BU』の連中も思ったんだろうよ。
「オオバヤシロは、邪魔になる」と。
「ふん。カタクチイワシさえいなければ、我々二人は取るに足らんとでも言うつもりか? 舐められたものだな。なぁ、エステラよ」
「そうですね。けれど……」
この予想通りの展開に、エステラは複雑な表情を見せる。
「予想が当たったという驚きと、……あまりにヤシロの言った通りになり過ぎている状況に畏怖を禁じ得ませんよ、ボクは」
祟り神でも見るような目で俺を見るエステラ。
祀るべきか封じるべきか、そんなことを考えていそうな目だ。
「よいではないか。今はこちらの味方なのだ。利用できるものは利用し尽くしてやればいいのだ。馬車馬のように働くのだぞ、カタクチイワシ」
「俺に利益があるうちはな」
「今は味方」という表現に、エステラが口元を歪める。
笑み――ではなく、への字に。
「……そうやってこっちが油断している間に、一番の利益を掻っ攫っていくのがヤシロなのに…………ルシアさんも、まだまだ甘いなぁ……」
ため息交じりの言葉は、ルシアには聞こえないように吐き出された。
マーシャがその言葉を拾ってころころと笑っている。
「それにだ、エステラよ」
エステラにまで危惧されているルシアがニュータウンを指さす。
「こうなることを前提に、現在用意させているモノが無駄にならなくてよかったではないか」
「まぁ、そうですね……今は、前向きに状況を捉えておきましょう」
とか言いながらも、一応とばかりに俺を睨んでくるエステラ。
俺、何もしてねぇだろうが。心外なヤツめ。
「ではみなさん。その重要な任務に就いてらっしゃる大工さんたちにお夕飯を届けに行きましょう」
ぱんっと手を叩いてジネットが立ち上がる。
窓の外には、真っ赤な空が広がっていた。もうとっくに飯時だ。
ジネットは会話の切れ目を探っていたのかもしれないな。
「準備してきますね」
嬉しそうに厨房へと駆けていくジネット。
それを見送ってから、俺とエステラも立ち上がる。
まぁ、そうだな。
飯を運びがてら、激励にでも行ってやるか。
ベッコとロレッタ率いる、一大プロジェクトチームの連中を。
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