「なぁ、デリア。ノーマ」
「なんだ?」
「なんさね?」
この、出来のいい指導者にも、一応声をかけておく。
「暇な時でいいからさ、お前ら講師をやってみる気はないか?」
「「こうし?」」
昨日エステラたちと話した『美の街』計画を掻い摘まんで説明してやると、ネフェリーとパウラが目をキラキラさせて聞き入っていた。やっぱ、興味あるんだ。
「そこで、綺麗なプロポーションの作り方とか、ヘルシーで満腹感を味わえる料理とか、そういうのを教えてやってほしいんだ」
当然、次の講師が育つまでという期限付きで。
いつまでも四十二区の人間を四十一区に貸してやるわけにはいかない。
…………もっとも、熱狂的な信者が付いたら『それなりの報酬』でお貸しする分には、こちらはやぶさかではないけれどな、ふふふ……ロイヤリティうまうま。
「ん~、暇な時なら……でも四十一区かぁ…………面倒くさいなぁ」
「そっかぁ。デリア、スタイルいいからいい講師になると思ったんだけどなぁ」
「えっ!? あたい、スタイルいいのか!?」
「おぅ。女子が憧れる完璧なスタイルだと思うぞ」
「うぉお!? ヤシロに褒められた!?」
「デリアの綺麗なプロポーションを、みんなに伝授してやってほしかったんだけどなぁ……ちらっ」
「やる! やってやる!」
はい。いっちょ上がり。
デリアのような、見た目に「すげぇ!」って思わせるスタイルの講師ってのは、それだけで集客力があるのだ。
「あんなプロポーションになりたい!」って、素直に思えるし、説得力があるからな。
「アタシも暇な時なら構わないさよ。今回、店長さんに料理教えてもらえて楽しかったし……その楽しさをお裾分けしてあげるさね」
「ノーマさん…………ぎゅっ!」
楽しかったと言ってもらえたのが嬉しかったようで、ジネットがノーマにぎゅっと抱きついた。
突然のことにノーマは戸惑い、ちょっと照れている。
「……いいなぁ、ノーマ。むぎゅってしてもらえて」
「『ぎゅっ』ですよ!?」
「確実にとある部分の柔らかさが加味されてるさね……」
何言ってんだよ。
ぎゅっとしたらむぎゅっとなるだろうが、どう考えても!
「店長さんも講師をやればいいんさよ。教えるの、好きなんさろ?」
端から見ていてそういう風に見えるのだろう。ノーマは自信ありげにそんなことを言う。
確かに、ジネットは誰かに料理を教えるのが好きなように見える。とにかく楽しそうにしているしな。
「そうですね。では、機会がありましたら」
「あーっと、それはちょっと待ってほしいです!」
待ったをかけたのはロレッタだった。
その理由はというと……
「店長さんは他の人の前に、あたしやマグダっちょに料理教えてです!」
「じゃあ、お前も通えよ、ジネットの料理塾。金を払って」
「あたしとマグダっちょは店長さんの直弟子です! その他大勢の素人さんとなんか同列では教われな……お金取るですか!?」
当たり前だろう。
技術というものはそれだけで価値があるのだ。金になるのだ。
だが、まぁ……ジネットはその技術を無料でぽんぽん教えちゃうんだろうけどな。
『直弟子』とか言われてすげぇ嬉しそうにしてるし。
「では、ロレッタさんとマグダさんには、特別なレッスンをご用意しますね」
「やったです!」
「えぇ~、いいなぁ。あたしも教わりたい」
「私も~」
「ダメです! これは陽だまり亭メンバーのみに許された特権です! 絆の深さが違うんです!」
とか言っているロレッタを、楽しそうに見つめているジネット。
自身が受けている特別扱いが嬉しいのか、特別扱いを喜んでいるロレッタの様が嬉しいのか。
「あたしは、いつか店長さんの味をマスターして、ゆくゆくは陽だまり亭をのれん分けしてもらうです!」
そんな野望を抱いてやがったのか。
「でも、離ればなれは寂しいですので、ここの庭先に三号店をオープンさせるです!」
「系列店を並べんじゃねぇよ」
お前は計画性のないコンビニか。
おんなじ店を道を挟んだ向かいに建てたりしやがって……
で、お前は三号店なんだな。
二号店はマグダか。それがもう自然なんだろうな、陽だまり亭では。
そんな浮かれるロレッタの隣では、パウラが少し曇った表情を見せる。
「けどさぁ、『綺麗になれる街』って宣伝してもさ……」
「うん。私たちはヤシロやジネットのことよく知ってるから、『あ、この人たちならなんとかしてくれるんだろうな』って思えるけどさ」
「他の街の人が食いついてくれるのかな? ご飯を食べて綺麗になるとか、ちょっとピンとこないじゃない、やっぱり」
トマトを食べると血液がさらさらになって、肌に張りが生まれる。――といっても、「は? トマトを食べると? なんで?」みたいな反応をするヤツもいる。
聞く側にある程度の知識がないと、こちらがどんなに訴えかけても心にまでは届かない。
信憑性がないからだ。
岩盤浴が美容にいい、とだけ言われても、知識がなければやってみようとまでは思わせられない。やってもいい――もっと言うなら、「時間と金をそこに費やしても後悔はない」とまで思わせるには、ある一定以上の信憑性を提示してやる必要がある。
「そのためのエサに、これから会ってくる」
だから分からせてやるのさ。
食の大事さを。
誰もが納得するしかないような分かりやすさで。
百聞は一見にしかず。
それを体現してやるつもりだ。
「じゃ、今度こそ行ってくる」
「はい。お気を付けて」
ジネットに見送られ、陽だまり亭を出る。
そして、ジネットに午後の予定を書いた紙を渡しておく。
「へ? あの、これは……」
「ま、あとで読んでくれ」
それだけ告げて、俺は大通りを目指して歩き出した。
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