「……ヤシロ……ボク、ここでご飯食べるの?」
「厨房で食わせるわけにもいかないだろう?」
――店の利益的にも。
「厨房でいいよ、今日だけは。こんなに見られてちゃ……落ち着いて食べられないよ」
「じゃあ、ヤツラに背中を向けて食うか?」
「やっ! そ、それは絶対ダメだよ!」
エステラはややムキになって拒絶する。
そして、両手を素早く尻へと宛がう。
「…………これ、マグダの制服だから…………その…………尻尾の部分に、穴が……」
「尻丸出しなのかっ!?」
「うるさいよっ! 丸出しじゃない! ちょっと覗くくらいだよ!」
「「おぉーっ!」」
「ざわめかないでくれるかな、外野の諸君っ!?」
エステラは一声吠えた後、両腕で顔を覆い隠すように机に突っ伏してしまった。耳まで真っ赤だ。
「マグダのアンダースコートがあっただろう?」
「……同じところに穴が開いてるじゃないか」
ま、そうか。尻尾を出すための穴なんだもんな。
「…………もう、帰りたい」
「その格好で?」
「……………………最悪だ」
雨はいまだに降り続いている。
こんな天気じゃ、エステラの服は乾かないだろう。
「……今日、泊まってくか?」
「――っ!?」
俯いていた顔を勢いよく上げ、見開かれた目で俺を見つめる。
……こ、怖ぇよ。
「き…………君と一緒になんて、眠れるわけないだろう?」
恥ずかしさがもう限界……そんな顔で、エステラは訴えるように言ってくる。
が……
「いや、部屋一つ空いてるし、ジネットやマグダの部屋でもいいし……なんで俺の部屋で寝るつもりなんだよ?」
「――っ!?」
顔面が発火したのかと思うほど、エステラの顔が一瞬で赤みを増した。
「ち、ちが……さ、さっきまで君のベッドで寝ていたから、なんとなくそこで寝るのかと思い込んでしまっただけで…………た、他意はないよっ!?」
あぁ……うん。
言いたいことは分かるんだが……『さっきまで君のベッドで寝ていた』とか、大声で言わないでくれるかな?
見てみろ、トルベック工務店の連中の目の怖いこと。俺の株がダダ下がりじゃねぇか。
「マ、マントを着て帰るから平気さ。誰にも気付かれることはない……」
「ご家族が仰天しなきゃいいけどな」
「……………………」
エステラの顔色が一気に悪くなる。
やっぱり、こいつの家って結構厳しかったりするのかね。
「俺の服を貸してやろうか?」
「き……君の服は、男物だろう……?」
そりゃそうだろ。
「男物を着て帰るだなんて……そっちの方が問題だよ…………」
まぁ、出かけていった娘が男物の服を着て帰ってきたら…………父親はブチ切れるかもしれんなぁ。
「………………濡れた服を着て帰る」
「ダメですよ、エステラさん!」
いつの間にか俺の背後に立っていたジネットが、エステラの発言に食ってかかる。
「風邪を引いてしまいますよ」
「………………でも」
驚いたことに、エステラが少し泣きそうな表情を見せている。
……こんなに弱っているエステラは初めて見る。
「……ヤシロさん」
ジネットがすがるような目で俺を見てくる。
……そんな目で見られてもなぁ…………
「俺の服を着て帰って、見つからないように家に入り、自分の服に着替える。……とか出来ないのか?」
「……誰にも見つからずに、なんて…………無理だよ」
なに、お前の家って、使用人がわんさかいるような豪邸なの?
「家のそばまで行って、草むらで着替えるとか?」
「出来るわけないだろう!? ……誰かに見られでもしたら……ボクは終わりだよ」
「んじゃ、俺がついていって見張りを……」
「もっとイヤっ!」
そんな全力で拒絶しなくても……泣いてるよ、もう、心では。
「ヤシロさん。今から一着服を作るということは……」
「あのなぁ……やったとしても、完成する頃には夜が明けるぞ」
「……ですよねぇ」
ジネットは困り顔でため息を漏らし、エステラは頭を抱え込む。
「……この制服で帰るわけにもいかないし……男物なんて論外だし……かと言って外泊なんて…………無理だ……絶対怒られる……」
すげぇ追い詰められてる……
「なぁ。ちゃんと説明すればいいじゃねぇか。こういう事情があって、仕方なく男物を着ているだけで、そういうことがあったわけじゃないって」
「…………それを素直に信じてくれる相手じゃないんだよ……」
「お前…………信用ないんだな」
「うるさいなっ!」
まぁ、毎朝教会への寄付のおこぼれをもらいに来るような女なのだ。
家族からどのような目で見られているか、推して知るべしというところか……
「で、でもですね。真実なのですから、きっと話せば分かっていただけると思いますよ?」
「その真実を聞いてもらえればいいんだけどね……」
「ですから、そこは正直に……」
「ボクは嘘や偽りは言わないさ……けれど、話を聞かない人なんだ……あの人は」
正直に。
嘘偽りなく。
真実を、話す………………ふむ。
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