異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

23話 エステラ・ずぶ濡れ物語 -4-

公開日時: 2020年10月22日(木) 20:01
文字数:1,946

「……ヤシロ……ボク、ここでご飯食べるの?」

「厨房で食わせるわけにもいかないだろう?」

 

 ――店の利益的にも。

 

「厨房でいいよ、今日だけは。こんなに見られてちゃ……落ち着いて食べられないよ」

「じゃあ、ヤツラに背中を向けて食うか?」

「やっ! そ、それは絶対ダメだよ!」

 

 エステラはややムキになって拒絶する。 

 そして、両手を素早く尻へと宛がう。

 

「…………これ、マグダの制服だから…………その…………尻尾の部分に、穴が……」

「尻丸出しなのかっ!?」

「うるさいよっ! 丸出しじゃない! ちょっと覗くくらいだよ!」

「「おぉーっ!」」

「ざわめかないでくれるかな、外野の諸君っ!?」

 

 エステラは一声吠えた後、両腕で顔を覆い隠すように机に突っ伏してしまった。耳まで真っ赤だ。

 

「マグダのアンダースコートがあっただろう?」

「……同じところに穴が開いてるじゃないか」

 

 ま、そうか。尻尾を出すための穴なんだもんな。

 

「…………もう、帰りたい」

「その格好で?」

「……………………最悪だ」

 

 雨はいまだに降り続いている。

 こんな天気じゃ、エステラの服は乾かないだろう。

 

「……今日、泊まってくか?」

「――っ!?」

 

 俯いていた顔を勢いよく上げ、見開かれた目で俺を見つめる。

 ……こ、怖ぇよ。

 

「き…………君と一緒になんて、眠れるわけないだろう?」

 

 恥ずかしさがもう限界……そんな顔で、エステラは訴えるように言ってくる。

 が……

 

「いや、部屋一つ空いてるし、ジネットやマグダの部屋でもいいし……なんで俺の部屋で寝るつもりなんだよ?」

「――っ!?」

 

 顔面が発火したのかと思うほど、エステラの顔が一瞬で赤みを増した。

 

「ち、ちが……さ、さっきまで君のベッドで寝ていたから、なんとなくそこで寝るのかと思い込んでしまっただけで…………た、他意はないよっ!?」

 

 あぁ……うん。

 言いたいことは分かるんだが……『さっきまで君のベッドで寝ていた』とか、大声で言わないでくれるかな?

 見てみろ、トルベック工務店の連中の目の怖いこと。俺の株がダダ下がりじゃねぇか。

 

「マ、マントを着て帰るから平気さ。誰にも気付かれることはない……」

「ご家族が仰天しなきゃいいけどな」

「……………………」

 

 エステラの顔色が一気に悪くなる。

 やっぱり、こいつの家って結構厳しかったりするのかね。

 

「俺の服を貸してやろうか?」

「き……君の服は、男物だろう……?」

 

 そりゃそうだろ。

 

「男物を着て帰るだなんて……そっちの方が問題だよ…………」

 

 まぁ、出かけていった娘が男物の服を着て帰ってきたら…………父親はブチ切れるかもしれんなぁ。

 

「………………濡れた服を着て帰る」

「ダメですよ、エステラさん!」

 

 いつの間にか俺の背後に立っていたジネットが、エステラの発言に食ってかかる。

 

「風邪を引いてしまいますよ」

「………………でも」

 

 驚いたことに、エステラが少し泣きそうな表情を見せている。

 ……こんなに弱っているエステラは初めて見る。

 

「……ヤシロさん」

 

 ジネットがすがるような目で俺を見てくる。

 ……そんな目で見られてもなぁ…………

 

「俺の服を着て帰って、見つからないように家に入り、自分の服に着替える。……とか出来ないのか?」

「……誰にも見つからずに、なんて…………無理だよ」

 

 なに、お前の家って、使用人がわんさかいるような豪邸なの?

 

「家のそばまで行って、草むらで着替えるとか?」

「出来るわけないだろう!? ……誰かに見られでもしたら……ボクは終わりだよ」

「んじゃ、俺がついていって見張りを……」

「もっとイヤっ!」

 

 そんな全力で拒絶しなくても……泣いてるよ、もう、心では。

 

「ヤシロさん。今から一着服を作るということは……」

「あのなぁ……やったとしても、完成する頃には夜が明けるぞ」

「……ですよねぇ」

 

 ジネットは困り顔でため息を漏らし、エステラは頭を抱え込む。

 

「……この制服で帰るわけにもいかないし……男物なんて論外だし……かと言って外泊なんて…………無理だ……絶対怒られる……」

 

 すげぇ追い詰められてる……

 

「なぁ。ちゃんと説明すればいいじゃねぇか。こういう事情があって、仕方なく男物を着ているだけで、そういうことがあったわけじゃないって」

「…………それを素直に信じてくれる相手じゃないんだよ……」

「お前…………信用ないんだな」

「うるさいなっ!」

 

 まぁ、毎朝教会への寄付のおこぼれをもらいに来るような女なのだ。

 家族からどのような目で見られているか、推して知るべしというところか……

 

「で、でもですね。真実なのですから、きっと話せば分かっていただけると思いますよ?」

「その真実を聞いてもらえればいいんだけどね……」

「ですから、そこは正直に……」

「ボクは嘘や偽りは言わないさ……けれど、話を聞かない人なんだ……あの人は」

 

 正直に。

 嘘偽りなく。

 真実を、話す………………ふむ。

 

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