その後、ややあって、ジネットとマーシャが風呂へ向かい、先に風呂に入っていた女子たちがわらわらとフロアへと出てきた。
「ぁは……ぃいぉ湯だったぁ~」
ほこほこミリィが、頭にバスタオルを巻いてフロアに出てくる。
「よし、確保!」
「総員、あの危険人物を排除!」
「「「いえす、うぃーきゃん!」」」
エステラの号令に、パウラたち湯上がり女子たちが俺を拘束する。
おぉう……レジーナ特製のシャンプーの香りがムラムラ……いや、ドキドキ……えぇいムラムラする!
「あぁ、せや。船旅の途中、二つほど小さな村に停泊する予定やったらしいんやけど、天候が悪ぅて寄らずにさっさとバオクリエアに向こぅたんやけどな、クルーから『この先の村を二つ、停泊せず通過します』って言われた時、『ほほ~ぅ、つまり「村々スルー」やね!』って思ぅたんよなぁ~」
「なんの話をしているんだい、レジーナ!?」
「いや、おっぱい魔人はんの顔を見て思い出した旅の冒険譚や」
「……どこが冒険譚なのさ」
各駅停車が天候の影響で準特急くらいになっていたのか。
それで、レジーナが結構早く戻ってこられたんだな。
もともと、何かある度に飛ばされる程度の小さな村なのかもしれないけれど、そう考えるとなかなかグッジョブだな、村々スルー。
「最高だな、ムラムラスルー!」
「今の発言を『会話記録』で読み返すと、かなり最低な発言になっていますね、ヤシロ様」
「うわっ、ホントだ。ヤシロサイテー」
さくっと『会話記録』を確認したパウラが俺から離れていく。
あぁ、ネフェリーも、ノーマまで!
ノーマなんて、ムラムラさせてナンボみたいなところあるくせに!
「ムラムラって、どんな感じなんだ? あたい、よく分かんなくてさぁ」
「あんたは分かんなくていいさね」
「では私が教えてあげよう、デリりん!」
「強制排除する、三十五区の人間の責任において」
ギルベルタがルシアの首根っこを掴まえてフロアの端へ引き摺っていく。
そのまま三十五区まで連れて帰ってくれればいいのに。
騒がしいのが遠ざかったので、ちょっとリサーチをしておくか。
「なぁ、ミリィ。ラベンダーとかを使ってハンドクリームとか作れないか?」
「ラベンダーのハンドクリーム!? なにそれ、すごく素敵そう! てんとうむしさん作れるの!?」
「いや、作れないかって聞いてんだけどな……」
「いいや、君なら作れるはずだよ、ヤシロ! レジーナも帰ってきたんだ、鬼に金棒じゃないか!」
「え、なんやて? お気にの金と棒やて?」
「ナタリア、排除」
「え、どちらをですか?」
「なんでボクとレジーナを交互に見てるのさ!?」
「金とか棒とかいう主は少し……」
「言ってないよね!?」
「言ったとか言ってないとか、関係ないのです!」
「大ありだよ! むしろ、そこだけが重要!」
メンバーが変われどいつも賑やかな四十二区女子たち。
ただし、そこにレジーナが入ると卑猥が三割増しになる。
レジーナとナタリアのコンビは危険だな。
ハウリングを起こすみたいに卑猥が増幅していく。
いや、それよりも、ハンドクリームだ。
よくよく考えたら、スキンケア用品ってほとんどないよな。
化粧水とか、乳液とか。
折角素敵やんアベニューが出来たんだから、そういう商品も作っていかないとなぁ。
四十二区に誘致した砂糖工場、ほぼ機能してないしな。
いや、パーシーが張り切って砂糖を作ってこっちに直接持ってくるからさぁ。
最初に数が必要で四十二区に呼んだ砂糖工場、生産数すっげぇ低いみたいでなぁ……
新しい事業が必要だな。アホのパーシーのせいで!
頑張るなよ! オールブルーム随一のフーテンキャラのくせに!
「ハンドクリームってたしか、蜜蝋とオイルと精油で作れたっけ?」
「せやね。せやけど、ワセリンとか使ぅてもえぇ感じになるで」
「ワセリンあるのかよ!?」
なんとなく呟いた言葉にレジーナが食いついてくる。
「あるわな。当たり前やん」
にこにこっと笑って――
「括約筋付近で活躍するために、な☆」
――最低なことをほざく。
うん、聞かなかったことにしよう。
「ちなみにレジーナ、化粧水とか乳液とか、分かるか?」
「バオクリエアでは、スキンケア用品の開発も盛んやったさかいな。一応の作り方は分かるで。ウチ自身、スキンケアに興味なかったさかいに自分で研究とかはしてへんかったけど」
あるのか!
すげぇな、バオクリエア!?
「……なんか、わざとバオクリエアに攻め込ませて、メドラで返り討ちにして、バオクリエアを植民地化したくなってきたな」
「ヤシロ。腹黒い企みが口から漏れ出ているよ。口を閉じて! 早急に!」
いや、こういうのを呟いたら「それいいね! じゃあ、そうしよう!」ってどこからともなく賛同が得られるかと思ったんだが……
「グリセリンとか、分かるか?」
「化粧水の材料やね。今はあらへんけど、頼めば手に入ると思うで」
なるほど。
「ちなみに、精製方法もばっちり入っとるで」
と、自身の頭をとんとんと指さす。
すごいぞ、レジえもん! どんな素敵アイテムも思いのままじゃねぇか!
「がっぽり儲けよう!」
女性の美しさのために、ひと肌脱いでやるぜ!
「あ、本音と建前がひっくり返った」
「大丈夫だよ。君の本音は建て前を突き破って前面に出てくるタイプだから、結果一緒さ」
そんじゃあ、この先も本音全開で生きよ~っと。
「そんじゃあ、ハンドクリームの試作でもしてみるかな」
「ほ~、そらえぇな。ほんならウチも一丁噛ませてもらおかな」
「あんたら、今そんなことやってる余裕あるんかぃ?」
「まぁ、大丈夫だろう。二十四時間気を張っているわけでもないし。空いた時間で進めれば、その分早くハンドクリームが完成するしな」
「そうだね、ヤシロ。ちなみに、ラベンダー以外でも作れるよね、もちろん?」
「あぁ、ミルク風味にして『おっぱいの香り』なんてハンドクリームも可能だぜ!」
「そんなものは求めてないよ!」
「ブレへんなぁ、領主はんは」
「ブレてないのはヤシロだよ!」
「あぁ、言い間違えたわ。揺れへんな~」
「よしレジーナ、表で語り合おうじゃないか!」
どんなに高速移動をしてもブレないバストの領主がパトスを滾らせる。
前回ウィシャートのところへ行って明日で九日。
動くとすれば明後日だ。
ゴッフレードが『十日後にまた来る』と伝えているはずだからな。
それに合わせる必要がある。
……まさか、レジーナが間に合うとは思わなかった。
これで、かなりやりやすくなる。
まぁ、その前にやるべきことをやっておかないといけないんだけどな。
「ほんなら、今からちょっと試作してみぃひんか?」
「今からかい? 材料はどうするのさ?」
「ウチがぱーっと行って取ってくるわな」
「何かそのまま戻ってこない気がするです、レジーナさんの場合!」
「そ、そそそ、そんなことあらあらあら……あられもない姿!」
「噛み過ぎて変なとこに着地しちゃったですよ!?」
あられもない姿で戻ってくるのか、お前は。
「レジーナ一人じゃ危ないよ。いくら、レジーナ以上の変質者はそうそういないって言ったってさぁ」
「パウラ、正直過ぎるよ」
「ネフェリーも大概さね」
まぁ、普通なら、こんな夜中に女子を出歩かせるなんてことあっちゃいけないんだが――
「んじゃ、俺がついて行くよ。お前ら、全員風呂上がりだしな」
「ヤシロが? ……余計危険じゃない?」
「大丈夫や。おっぱい魔神はんがウチになんかするわけあらへんやん」
けらけらと笑って、こちらへ視線を向ける。
「せやんな?」
そんな呟きは、いつものレジーナらしからぬ柔らかい視線と共にこちらへ向けられた。
……くっ。だから、そーゆーのとかが……
「精霊神とジネットのおっぱいに誓って、変なことはしないと誓おう」
「じゃあ大丈夫ね」
「え、パウラ。それはどっちへの誓いで確信したの?」
「皆まで言わせんじゃないさね、ネフェリー」
もしかしたら、全員ハンドクリームが楽しみなのかもしれない。
俺とレジーナは二人でレジーナの家へ向かうことになった。反対する者は出なかった。
「レジーナも、帰ってきたばかりなんだから、あんまり無茶しちゃダメだよ」
「心配いらへんって。ウチ、船ん中でず~っと寝とったさかい、ちょっと散歩するくらいがちょうどえぇ運動になるわ」
そんなセリフを遺して、レジーナは陽だまり亭を出る。
そして、俺もそれに続く。
ドアが閉まり、夜の闇の下で二人きりになる。
まるで、レジーナが出発したあの夜のように。
「…………」
「…………」
「……ほな、行こか」
「……ん。だな」
短く言って、俺たちは歩き出した。
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