「それでは、午前の屋台を頑張りましょう!」
「がばりましょー!」
テレサが来てから二階で体操服に着替え、カンパニュラは拳を握って気合いを入れる。
テレサはカンパニュラに釣られて万歳している。
「……よき」
「帰れ、ハビエル」
いつからいたのか、ハビエルがオープンもしていない陽だまり亭のフロアに陣取って、戯れるカンパニュラとテレサを眺めている。
「ハビエル。今日はカレーフェアをやりたいんだが」
「あぁ、分かった分かった。多少は寄付してやるから、しばらく静かにしててくれ」
「マグダ、ちょっとイメルダを――」
「分かった! 材料費は全額ワシが持つから! マグダちゃんはここにいて屋台の準備をすればいいんじゃないかな!?」
ふむ、仕方ない。
しかし、これで豪勢なカレーフェアが出来るな。
「ジネット、豪勢なシーフードカレーをやってみよう」
「それは楽しみですね」
ハビエルの金となれば、好きなだけ豪華な食材が買えるぞっと。
「ハビエルさん……」
ジネットがハビエルに歩み寄り、こそっと耳打ちをする。
「そうか、助かるよ店長さん」
「いいえ、こちらこそです」
おそらく「全額」をキャンセルしたんだろう。……余計なことを。
「ねぇ、ヤシロ。なんでボクまでブルマを穿かされているのかな?」
「客の前で優雅にパウンドケーキを食べるモデルに就任したのはお前の意思だろ? 客の目を引く演出は必須だろうが。」
「だからって、なにもブルマなんて……」
「じゃあ、おっぱいたすきをやってみるか? 本物を目撃した大工たちに何を言われるか分かったもんじゃないけれど!」
「断固拒否するよ!」
客の目を惹くなら、エステラは足を出すべきだ。
綺麗な足をしてるからな、こいつは。
で、足に視線が向かえば、誰も乳に意識を向けなくなるだろう。もともと存在感のない乳なんだし、ぷぷぷぷー!
「刺すよ?」
何も言ってないのに!?
怖い領主様からソッコーで目を逸らすと、カンパニュラがとことことエステラのもとへと駆けていく。
「エステラ姉様とお揃いで嬉しいです」
「そ、そうかい? ……ボクは結構微妙な気分なんだけど」
「私は嬉しいですよ。お揃いですと、なんだか制服のようですから」
えへへと笑うカンパニュラ。
その顔はとても嬉しそうで、――嬉しそうだから、改めて実感した。
……うん、やっぱそうだよな。
カンパニュラとテレサは、いつもお手伝い用のエプロンを着けて接客している。
この二人はお手伝いなので、それで何も間違ってはいない。
デリアやノーマが手伝ってくれる時も、同じエプロンを着けている。
一方、ジネットたち従業員は、陽だまり亭ウェイトレスの制服を身に纏っている。
ジネットの服をモデルに、俺が各人に合わせてカスタマイズしたオリジナルの服装だ。
一見すればメイド服っぽくもあり、落ち着いた色合いでありながら可愛らしさも演出している。
ジネット、マグダ、ロレッタの制服はすでに何着も作っている。
ディナー用とティータイム用で制服を使い分けていた時期もあった。……最近は着替えが大変なので時間で変えることはしていないが。
三人で毎日どれを着るか相談しているようだ。
もしかしたら、カンパニュラはそんな三人を見て羨ましく思っているのではないか――と、以前から思っていたのだが、ここで『制服』という言葉が出てくるあたり、俺の予想は外れていないようだ。
ふむ……制服ね。
――と、俺がそんなことを考えている横で、ロレッタがカンパニュラの発言に反応する。
「むむっ!? 制服ですか……そう言われると、なんだかあたしも追従しなければいけない気がしてきたです」
「……一理ある。いよいよ本命が本領を発揮する頃合い」
「マグダっちょ! あたしたちも着替えに行くです!」
「……ロレッタは体操服を持ってきている?」
「取ってくるです! どぎゅんと行ってばひゅんっと戻ってくるです!」
言うや否や、ロレッタは本当に「どぎゅん!」と陽だまり亭を飛び出していった。
そしてきっと、「ばひゅん!」と戻ってくるのだろう。
「エステラ様」
「なんだい、ナタリア?」
「私も、ブルマを用意していないのですが」
「君まで着替える必要はないだろう?」
「スカートを脱いでパンイチになれば、遠目にグレイのブルマに見えないでしょうか?」
「見えないし、さらっと下着の色をバラさないように!」
「では、取ってまいります」
「えぇ~……」
「君も穿くの~?」みたいな顔でナタリアを見送るエステラ。
いいじゃないか、ブルマ。増えれば嬉しいじゃないか、ブルマ。
「脚線美が増えれば、存在感のないエステラの乳へ向かう意識がますますなくなるな☆」
「『口は禍の元』という言葉を忘れないように額に刻んであげようか?」
バカだなぁ、エステラは。
額に刻んだら見えないじゃん。
だから、ナイフをしまえ。これでも慰めたつもりなんだから。
イベントの開始時間が迫り、準備を万全にしなきゃならないって時に、人がどんどん減っていく。
奔放過ぎるだろ、この店。
「ま、準備はほとんど終わってるからいいけど」
「連日ですと、さすがに慣れますね」
三日四日と続けて出店をしていれば、朝の準備もお手の物らしい。
事実、準備は完了し、ジネットは少し暇そうだ。
「じゃあ、ジネットも着替えてこいよ」
「ぅぇええ!? わ、わたしも着替えるんですか?」
「制服らしいぞ」
「で、でも……」
照れるジネットの前に、カンパニュラを連れて行く。
「みんなでお揃いは楽しいよなぁ~、カンパニュラ?」
「はい。お揃いは嬉しいです。……ジネット姉様がおいやでしたら、仕方ありませんけれど」
「いやじゃないですよ!? で、では、着替えてきます!」
うむ。
さすがカンパニュラ!
効果は抜群だ。
俺の意図を汲み、しっかりと仕事をしてみせたカンパニュラの頭を撫でてやる。
いい子えらい子すなおな子。
「えへへ……、またまた甘えてしまいました」
ジネットとお揃いがいいと、甘えたつもりらしい。
ジネットが部屋に戻り、フロアには俺とエステラ、カンパニュラとテレサが残った。
あと、おまけのハビエル。
「情報紙を見た。あと、教会からも話が来た」
ハビエルが真面目な声で言う。
視線はカンパニュラとテレサに釘づけで。
「真面目な話を片手間にすんなよ」
「今、目が離せないんだよ」
イメルダのいぬ間に命の洗濯か?
そうやって「バレなきゃOK」って考え方をしていると……いつか絶対バレるんだぞ。
それからほどなくして、ロレッタが体操服姿で「ばひゅん!」っと戻ってきて、マグダも着替えてフロアへやって来た。
マグダは随分時間がかかったなと思ったら、ジネットの手伝いをしていたらしい。
ジネットも、マグダと一緒にフロアへやって来る。
「生足パラダ~イス!」
「また懺悔室へ籠りたいのかい?」
早朝に籠ったんだから、今日はもういいだろうが。
今日一日分の懺悔は済ませてきたよ。
「お待たせいたしました。主役が遅れて登場です」
「いつ主役に抜擢されたのさ、君は?」
ナタリアも、強烈な脚線美を惜しげもなくさらして戻ってくる。
その格好で街を突っ切ってきたのか? すれ違った連中、驚いてたろ。
「では、出発しましょうか」
「あ、その前に。カンパニュラ」
ジネットが出発の号令をかけるのを止めて、カンパニュラを呼ぶ。
「足を揃えて、両腕を広げて立ってくれ」
「こうでしょうか?」
両腕を肩の位置でまっすぐ伸ばし、カンパニュラが十字架のような格好で立つ。
「じゃあ、両腕を上にあげて、くるっと一回転だ」
「こうでしょうか?」
「むっはっ! 可愛い! ヤシロ、ナイス!」
テメェを喜ばせるためにやったんじゃねぇよ。黙ってろハビエル。
「じゃあ、次はテレサ」
「あい! ばんじゃい!」
「その前に、両腕を横にな」
「えへへ~、まちまぇた」
「ヤシロ! ワシらは親友だ!」
「ミスター・ハビエル。狩りますよ?」
そうだな。
変質者を排除するのは領主の務めだろう。
しっかり働けエステラ。
その後、テレサも同じように一回転させる。
ま、こんなもんか。
「あの、ヤシロさん。今のは一体?」
「ジネットもやってみるか?」
「え!? わたしもですか?」
「体験してみれば、何か分かるかもしれん」
「で、では……」
と、ジネットが俺の前に立つ。
……むふ。
「じゃあ、ジネット両腕を広げて」
「はい」
「もっとだ」
「こ、こうでしょうか?」
「両手をパーに。もっとしっかりと指を開いて!」
「は、はい!」
ジネットが腕と指を極限までぴーんと伸ばす。
「そして思いっきり両手を胸に!」
「はい!」
むんずっ! ぷるぅ~ん!
「ふぁんたすてぃ~っく!」
「うひゃう!? な、なにをさせるんですか!?」
ジネットが自身のおっぱいを勢いよく鷲掴みにした、まさにその瞬間――世界に福音が響き渡った。
沈んだなぁ……
指、一瞬見えなくなったもんなぁ……
体操服、柔らかい布で作っといてよかったぁ……
「も、もうもう! 懺悔してください! 運動場へ行く前にたっぷり懺悔してきてください!」
「まぁ、待てジネット」
両腕をぶんぶん振って怒るジネットに近付き、こそっと耳打ちをする。
「今のはカモフラージュだ。サプライズのための、な」
「さぷらいず?」
小声で話せば、ジネットが小首を傾げる。
「カンパニュラに制服を作ってやろうと思う」
「それは……っ」
大きな声を出しかけたジネットに、「しっ!」っと合図を送る。
慌てて両手で口を押さえるジネット。
こちらを向く瞳はキラキラしている。
「……素敵な提案ですね」
「なので、今目測でサイズを測った」
「さすがですね、ヤシロさん」
こうやって、誰かが喜ぶ提案をしてやれば――
おっぱいむんず事件は綺麗さっぱり水に流されるのだ!
さすがジネット!
扱いやすい!
「……それはそれとして、君は懺悔を受けるべきだ」
俺の背後に、流されない領主が一人。
こいつには何を言っても立て板に水だもんなぁ。
この、立て板の精め。
「なぁヤシロ。マグダちゃんはくるっと回らないのか?」
で、こちらの意図も何も考えていないハビエルが一人ではしゃいでいる。
「マグダは回らないが、お前が回ってみるか? カンパニュラやテレサとお揃いだそ」
「お揃いはいいな! お揃いが嬉しいんだもんな、カンパニュラたんは!」
うっきうっきと回る気満々のハビエル。
「お前は大人だから、ハンデとして両目を瞑って回れ」
「はっはっはっ! それくらいお安い御用だ!」
「じゃ、目を閉じて、両手を上にあげて、回れ~」
「お揃い、くるくる~!」
「で、目を開けろ」
「ばぁ~!」
「おはようございますわ、お父様」
「イメルダぁぁああ!?」
ナタリアがこっそりと呼んできたらしいイメルダが、ハビエルの前に立っている。
というか、ハビエルが目を瞑った時にその場所へ誘導した。
ちなみに、ハビエルの痴態は、入り口に身を潜めていたイメルダにばっちり目撃されていた。
イメルダを呼びに行っていたからナタリアが少し遅かったのかぁ。
「では、罪人の引き渡しを要求いたしますわ」
「ヤシロ! 全額! 全額出す! 酒も付けよう! パウンドケーキの宣伝も兼ねて領民みんな呼んで盛大に盛り上がろうじゃないか! だから、な!? ヤシロ!」
被告人の涙の訴えは――残念ながら聞き入れられなかった。
「ハビエルよ、安らかに眠れ」
「見捨てないでくれ、ヤシロぉぉー!」
だから言ったろ?
「バレなきゃいい」って考えは、いつかバレるんだって。
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