「なっ!? 何よ!?」
思わず飛び退く。と、赤髪の少女を庇うように格式高そうなメイドがナイフを構えていた。
「あなたのお話を伺っていると、まるで……あなたは『お嬢様を詐欺にかけた』と言っているように聞こえるのですが?」
「う……っ」
しまった。余計なことをしゃべり過ぎたか……
「もしそうであるのでしたら……お嬢様に狼藉を働いた者として統括裁判所へ突き出し、しかるべき罰を受けてもらうことになります。良家の子女を詐欺にかけた罪は、おそらく……死罪となるでしょうが」
「やっ! ち、違う! 詐欺だなんて! そうじゃなくて! あの、体質によって効き目が変わるっていうか……!」
「でしたら、お嬢様にだって効果があるかもしれないではないですか」
「だから、そうじゃなくて…………あぁ、もう! 分かったわよ! 買い取るわよ! あなたの希望を薬ごと全部買い取るわ!」
「では、4万Rbになります」
「よ……っ!?」
このお嬢様……バカなのか?
「4万Rbって……、売値の倍じゃない!?」
「はい。それが、何か?」
「それが何かって…………」
「では、交渉は決裂ということで……」
「分かった! 払う! 払うわよ!」
そうよ!
この損失分は、バカなミスをしたこのイタメンに補填させればいいのよ!
被った苦痛の賠償と合わせて、骨の髄までしゃぶりつくしてやるわ! ふっふっふっ……
「……3…………4万っと。確かに、受け取ったよ」
「さぁ、その薬を全部寄越しなさい!」
とにかく解毒! 解毒が済んだらイタメンを……
「いや~、よかったなぁ」
イタメンが、神経を逆撫でするような間抜けな声を発する。
……イラァッ!
「何がよかったのよ!? こっちは死にかけるわ、大損するわ……っ! 見てなさい! この埋め合わせは絶対にしてやるんだからね!」
「ん? なんでお前が割って入ってくるんだよ?」
「『お前』……? ちょっと、ふざけんじゃないわよ!? 割って入るって何よ!? どういう神経してんのあんた!?」
「だから、割って入んなよ」
詰め寄る私を乱暴に腕で押し退け、イタメンは赤髪の少女の前へと歩み寄る。
「よかったなぁ、エステラ。『ただの乾燥キノコの粉末を豊胸の秘薬だなんて言われて騙し取られたお金が取り返せて』」
…………え?
「おまけに、『ムム婆さんのしみ抜き代として渡されたカードを悪用されて被った海漁ギルドのマーシャの損失分まで取り返せて』」
…………汗が、止まらない。
「おまけに、『ラグジュアリーで二席ほど席をあけてもらった分の費用と、売り切れさせるために買い占めたケーキ代、それと四十区領主の専用馬車をチャーターした分、あぁそうそう、そこに一人一般人を乗せた運賃も合わせて請求できて』」
…………ま、まさか…………こいつ、最初から全部…………
「ヤシロさん」
木こりギルドのお嬢様が立ち上がり、腰に手を当てて尊大に言い放つ。
「木こりギルドの大スター、このイメルダ・ハビエルの特別出張費と超プレミアム出演料もお忘れなく!」
「あぁ、はいはい。『じゃあ、それも含めて』な」
……イタメンが、くるりとこちらを振り返る。
とても邪悪な笑みを浮かべて……
「最初の2万Rbと合わせて、締めて4万Rbだ。まいどあり」
「あなた……あなたは…………」
「あ、そうそう。ウチの店長が言ってたように、ここでのケーキ代は取らないでおいてやるよ」
店長……あの爆乳娘が…………『お代は結構ですので』……って、そんな小さいサービス、どうでもいいのよ!?
「あなた、何者なの!? 最初から全部分かってやっていたの!?」
全部嘘だったっていうの……? でも、『精霊の審判』はイタメンの言葉に嘘は無いと判断した……分からない。何が嘘で、何が本当なのか……
心臓が軋む。
息苦しい気がする。
これは毒の影響? それとも、気のせい?
真実を見極めようと、私はイタメンを睨む。
表情、仕草、声……どんな些細な変化も見落とさず、相手の感情を瞬時に汲み取れる。それが一流の詐欺師というものだ。
こいつの考えくらい……私の観察眼にかかれば…………
「ケーキに毒が入っていたっていうのも、嘘なのね?」
肯定? 否定?
どちらでもいい、あんたの意見を聞かせなさい。
そうすれば、あんたの考えてることが露呈するんだから……
だが、イタメンはうっすらと笑みを浮かべただけだった。
…………読めない。
こいつが何を考えているのか……まるで分らない。
うすら寒さが全身を覆い尽くす。……吐きそうな、気持ち悪さが込み上げてくる。
「……なぁに。キノコを飲んでりゃ大丈夫さ」
「――っ!?」
今のは警告? 挑発?
くそっ! バカにして!
すべてはこいつの思い通りだったってこと!?
私は、こいつの手のひらの上で踊らされていただけだっていうの!?
「一体どこからあなたの仕組んだことだったの!?」
木こりギルドのお嬢様がグルということは、四十区から?
……いや、だとすればラグジュアリーでのポンペーオさんの発言もおかしい……あんなにタイミングよく馬車が店の前に着いて…………はっ!? そういえば、私が入店する前に馬車が着いてドヤドヤと人が裏口から駆け込んでいったような…………
「まぁ、親切に全部を説明してやる必要もないんだが……一個だけ、いいことを教えといてやる」
イタメンがグッと私に身を寄せ、耳元で囁く。静かでよく響く……鼓膜に突き刺さるような恐ろしい声で…………
「俺のテリトリーで好き勝手遊んでんじゃねぇよ……このド三流が」
堪らず、身を引いた。
条件反射のように、体が後方に飛んだ。
テーブルにぶつかり、激しい物音が響く。
声を注ぎ込まれた耳が熱い……鼓膜が疼いている…………こ、こいつ…………
こいつは、一流の詐欺師だ……
目が、普通じゃない。
発するオーラが別格だ。
どうして今まで気が付かなかったの?
いや、違う……今の今まで、私は『騙されて』いたんだ……
この一流が、凡人であるだなどと……騙された…………
詐欺師は、己のテリトリーを荒らされるのを何より嫌う。時には……命を奪うことだって…………
――ゾクッ!
途端に背筋に寒気が走った。
……ダメだ。こいつに……この一流詐欺師に逆らっては……この世界で生きていけなくなる…………
「ゎ、わた……わたし…………かっ……かえ……かえ、る…………」
ダメだ、声が出ない…………
「そうか。帰るのか」
「ひ……っ!?」
この男の声が、まるで凶器のように私の心を切り刻む……
「お客様のお帰りだ。お見送りして差し上げろ」
「はい。では、こちらへ」
あぁ……この人はなんて温かいんだ……この恐ろしい場所から私を救い出してくれるのか…………陽だまり亭の店長…………せめて、あんたの名前だけでも知りたかったわ…………
「……じゃま、したわね」
震える足で、店のドアをくぐる。
外はすっかり夜になり、風は冷たかった。
…………助かった。生きて、出られた…………
「あ、あの……」
ふらつきながらも、早くこの場所を去りたい。そんな私を、陽だまり亭の店長が呼び止める。
振り返ると、少し寂しそうな顔をした店長がこちらを見ている。
「もしよろしければ……、また、ご来店ください。その時は、全身全霊でおもてなしさせていただきますので」
そう言って腰を直角に曲げ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
…………ダメだ。格が違い過ぎる。
敵うわけがない……こんな、『バケモノが二人もいるような店』……今の私には分不相応過ぎる。
でも……
「この店に相応しい人間になれたら……」
そうなった時には……
「また、お邪魔させてもらうわ」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
夜空に浮かぶ月より明るい、まるで陽だまりのような温かい笑顔に見送られ、私はその店を後にした。
そこからの記憶はあいまいだが、気が付いた時、私は実家に戻っていた。
それでも、たった一つはっきり覚えているのは……あのケーキが最高に美味しかったっていうこと…………
「あぁ……今さらだけど、実家のキノコ栽培でも継ごうかな……」
そんなことを思ってしまうほどに、あの出会いは衝撃的だった。
またいつか……あのケーキが食べられるように…………私は………………
「よしっ! とーちゃん! かーちゃん! ちょっと話があんだけどさ~ぁ!」
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