「随分と賑やかですね」
落ち着いた、涼やかな声がした。
見ると、ビックリするような美人が立っていた。
思わず回転を止めて見入ってしまった。
美しい銀髪に、翡翠のような透き通った瞳。鼻筋は通っていて、絵本に出て来る精霊やエルフのような、現実離れした美しさだ…………あ、エルフ。この人エルフなのかもしれない。耳が尖っている。
「シスター、おはようございます」
「おはようございます、ジネット。ところで、これはなんの催し物なのでしょう」
「はい。ヤシロさんが面白い遊びを教えてくださっているんです」
「ヤシロ? とは、彼のことですか?」
「はい。オオバヤシロさん。昨日からウチのお店でお手伝いをしていただいている方です」
「まぁ……ジネットの食堂で……」
美人シスターが細いアゴに指を添え、俺をまじまじと見つめてくる。
な、なんか……美人に見つめられると緊張するな……
なんというか、クールビューティーってのか?
あまりに整い過ぎた顔のせいで、少し冷たい印象を受ける。この人に怒られたら泣いてしまいそうだ。
「それで、ここに並べばいいのですか?」
「そうですね。一緒に並びましょう」
「おい、大人二人!」
あ……ジネットレベルなのか、この美人シスター。
お前らを抱えると、いろんなモンがいろんなとこに当たって大変なことになるだろうが。
「あら、子供専用なのですか」
「大人は別料金になります」
お金を出してくれるならやってやってもいい。……無論、いろんなところを触るけど。
「でしたら諦めましょう。金銭的な余裕は、残念ながらあまりありませんので」
特に残念そうな素振りもなく、シスターはあっさりと引き下がる……それはそれで、こっちがちょっと残念なような……
「私はベルティーナと申します。この教会でシスターをしております」
ベルティーナと名乗ったシスターは右手を差し出し、握手を求めてきた。
俺の名前はさっきジネットが言っていたから……省略でいいか。
俺はベルティーナの手を握り挨拶をする。
「よろしく、ベルティーナ」
と……物凄い握力で俺の右腕が圧迫されていく。
「イダダダダダッ!」
「……初対面の相手を呼び捨てにするとは、どういう教育をされているのでしょう? それに、まだあなたから直接お名前を伺っていないのですが」
「ご、ごめんなさい! オオバヤシロと言います! 名前がヤシロです! よろしくお願いします、ベルティーナさん!」
「はい。こちらこそよろしくお願い申し上げます」
涼しい顔でそう言って、ベルティーナは俺の手を解放する。
……俺が魚だったら、小骨の五、六本折れてるとこだぞ……
怖ぇ、この人。超怖ぇ……
「シスターは普段とても優しい方なのですが、礼儀にはうるさく、怒ると非常に怖いんですよ」
ジネットがこそっと俺に耳打ちをする。
……先に言え、そういうことは。
「では、ジネット。申し訳ありませんが、本日もよろしくお願いいたしますね」
「はい! みなさん、お手伝いしてください!」
「「はーい!」」
ジネットが言うと、子供たちは元気よく返事をし、荷車を引きながら敷地内へと入っていった。
朝食の準備でもするのだろう。
都合がいい。
「ベルティーナさん。少し、いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
ジネットと子供たちが教会の中へ入ったことを確認して、俺は口を開く。
「ジネットのことはよく知っているんですか?」
「えぇ。あの娘が幼い頃から知っています」
「では、あいつの家のことも?」
「お祖父様が遺した食堂を、今はあの娘が継いでいますが……経営は芳しくないようですね」
「なら話は早い」
表情が変わらないベルティーナに向かい合い、俺は単刀直入に言う。
「食事の寄付、打ち切らせてもらいたいんです」
「……それは、ジネットの意志ですか?」
「いいえ。俺の考えです」
「……理由を伺っても?」
「ジネットは、他人に寄付をしていられるような経済状況にありません。店の椅子なんて全部ガタガタで、仕入れられる食材はクズ野菜ばかりだ。これじゃ、いつまでたっても生活はよくならない」
「確かに……その通りですね」
「そのうち、あいつは倒れますよ。過労で」
「その懸念は以前よりずっとしておりました」
「じゃあ、寄付の打ち切りを了承してもらえますね?」
「お断りします」
「…………は?」
「承服はしかねると申したのです」
「いや、だって……」
びっくりした。
話の流れ的に「しょうがないな」となると思っていた。
この人、自己中心的なのか?
「教会にはたくさんの子供たちがいます。ジネットの寄付が途切れれば、彼らを飢えさせることになるでしょう」
「子供たちが大切なのは分かりますが、ジネットが己の身を切ってまで寄付を続けることはないでしょう? それを強要するのは、あまりに酷だ」
「同感です」
「なら、打ち切りを了承……」
「お断りします」
…………こいつ。
美人だからって、なんでも許されると思うなよ?
「私は……もっと以前……あの娘のお祖父様が亡くなられた頃から、寄付は必要ないと申してきたのです」
「え?」
ベルティーナが、無表情で俺を見つめている。
静かな瞳に見つめられて、背筋がぞくっとした。
「ジネットがそう望んでいるのなら、寄付の打ち切りはいつでも了承いたします。もともと、強要できるものではありませんから」
「でも、あいつはそんなこと、たぶん……」
「言わないでしょうね。口が裂けたとしても」
「それが分かっていて……」
「あの娘の善意を利用している……と?」
「違いますか?」
「半分はそうですね……あの娘の優しさに甘えている部分は確かにあります」
「もう半分は?」
「……親としての、責任です」
親……?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!