異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

47話 被害の後に -1-

公開日時: 2020年11月15日(日) 20:01
文字数:3,976

「また、大量に持ってきやがったな、このヤロウ……」

「いやぁ、ギルドのみんなも困っててよぉ」

 

 モーマットが申し訳なさそうに頭をかいている。

 ……そんなもんで誤魔化せると思うなよ?

 

 大雨の被害を受けた野菜をゴミ回収ギルドで引き取るという話をした翌日、モーマットは朝も早くから陽だまり亭のドアを叩き、アホみたいに積まれた野菜を俺の前に差し出してきやがった。

 

「すごい量ですねぇ」

 

 山盛りの野菜を見て、ジネットが喜色を浮かべる。

 ……買わされるんだぞ、これ。喜んでる場合か。

 

「ですけど、ロレッタさんの弟妹さんやトルベック工務店の方々もいらっしゃいますし、賄い料理を提供するにはちょうどいいんじゃないですか?」

 

 大量の野菜を見て即賄い料理という発想に結びつく。

 本当に、お人好しの見本みたいなヤツだ。

 国語辞典を引いたら名前載ってんじゃないのか? 【お人好し:ジネットのこと】みたいな感じで。

 

「形は崩れちまってるが、味は折り紙付きだ。もちろん、腐ってるものなんか含まれてねぇ」

「まぁ、そこら辺は信用してるがなぁ……」

 

 モーマットは、自分たちの野菜に誇りを持っている。

 中途半端な商品は渡してこないだろう。

 形が悪いのだって、本当は売りたくなどないのだろうが、背に腹は代えられないという状況なのだろう。

 

「ヤシロさん。これを細かく刻んで、タコスにしてみるのはいかがでしょうか?」

「タコスか……」

 

 ヤップロックのところから買い付けているトウモロコシはポップコーンだけではない。

 フリントコーンをトウモロコシ粉に製粉してから卸してもらっている。トウモロコシ粉で作ったトルティーヤは教会の定めるところの『パン』には分類されず、陽だまり亭での調理が可能な主食だ。

 

 傷付いた野菜は刻んでしまえば分からない。

 タコスのソースに刻み野菜を入れるのは有りだ。

 

「じゃあ、タコスと……あとはミネストローネ風野菜スープでも作るか」

「美味しそうですね。わたし、頑張ります!」

 

 と、ウチの店長が大張り切りをしてしまったので、これらの野菜を購入することが決定してしまった。きっとこいつは百人前でも二百人前でも平気で作ってしまうのだろう。

 

「妹さんたちがお手伝いしてくださるので、お料理も今はスムーズに出来るんですよ」

「教えたのか?」

「見学しているうちに覚えてしまったそうですよ?」

 

 なんだ、そのスポンジみたいな吸収力。

 未来の天才はハムスター人族から誕生するんじゃないだろうか。

 

「え、えっと……つまり、この野菜は……?」

「全部もらおう。いくらだ?」

「ぉ…………ぉおおおおっ!? 本当か!?」

「これが嘘を言っている目に見えるか?」

「………………………………ちょっと見えるんだよなぁ……」

「じゃあ嘘だ。帰れ」

「あぁー! 見えない見えない! 全然見えてない!」

「『精霊の……』」

「わぁああああ、嘘です! ちょっと見えてるけど気を遣って『見えない』って言ってましたぁ! ごめんなさい、勘弁してくださいっ!」

「ヤシロさん。いじめちゃダメですよ?」

 

 くすくすと笑いながらジネットが優しく諌めてくる。

 ふん。そもそもこのワニが失礼なことを抜かすからだ。

 

「で、全部でいくらだ?」

 

 移動販売初日の収入が結構あるので、足りないなんてことはないだろう。

 たしか、諸経費諸々差っ引いても1500Rbくらいは余裕があるはずだ。

 

「1500Rbでどうだ!?」

 

 わぁ~お。

 

 だからさぁ、RPGのチュートリアルかって。

 なんでピッタリ持っていこうとするかなぁ、この世界の神様は。

 

「1トンあるんだ! 今ゴミ回収ギルドは10キロ20Rbで買ってくれてるだろ? 1トンだと2000Rbだ。そこを1500Rbでいいって言ったんだから、お買い得だろ!?」

「本当ですね! お買い得ですよ、ヤシロさん!」

「ジネットはちょっと黙ってろ」

 

『2000Rbを1500Rbでいい』だと? …………は?

 

「これを行商ギルドに売ったら、いくらになるんだろうなぁ?」

「う……そ、それは……」

「そもそも、値が付くのかなぁ?」

「………………いや、あの…………」

「800Rb。これ以上は無理だ。災害に遭って不利益を出してるのはお前のところだけじゃないんだぞ?」

「…………………………ヤシロっ!」

 

 言葉に窮したモーマットが急に大声を張り上げてデカい体を揺さぶった。

 殴られるのかと身構えたが、モーマットは地面に四肢をついた。

 雨上がりでぬかるむ地面で土下座しやがったのだ。

 

「頼むっ! 俺にはギルドの連中を守らなきゃなんねぇ責任があるんだ!」

「ちょ、お、おい……モーマット」

「調子がいいこと言ってんのは分かってる! お前がこんなお涙頂戴に揺らがないことも重々承知だ! その上で、今回だけ! 今回だけはどうか折れてはくれねぇか!?」

「そんなこと言われてもだな……」

「これを1500Rbで買ってくれたら、この後俺はなんだってする! 奴隷になれというならなったっていい! 今回だけは、どうしても金が必要なんだ! 頼む!」

 

 これは……正直予想外だ…………

 

 以前の俺なら、目の前にさらけ出された後頭部を踏みつけてやるくらいのことは出来ただろうが…………

 今現在、陽だまり亭に入ってくる野菜はすべてモーマット率いる農業ギルドからゴミ回収ギルドを経由したものだけだ。行商ギルドからの仕入れルートはこちらから遮断してしまった。

 それを、うまいこと恩を着せることでこちらが優位であると思わせているが、実のところ、野菜の供給を断たれると困るのはこちらの方なのだ。

 まぁ、モーマットはバカだから気付かないだろうけど、でも、ここで関係を拗らせると、後々俺にとって不利益となって……

 

「何を難しい顔をしてるんだい?」

 

 いつの間にか、土下座をするモーマットの向こうにエステラが立っていた。

 モーマットの頭上を通り越して、俺の顔を見つめて微笑を浮かべている。……なんかイラッてする余裕を感じる笑みだ。

 

「善行を行うのに理由が必要とは、君も難儀な生き方をしているよね、ホント」

「言ってる意味がよく分からんが。俺ほど善良な人間もそうそういないだろうに」

「ははは。君がカエルになる時は、ボクの機嫌を損ねた時かもね」

「それは気を付けないとな……お前、胸に弾力がないからすぐ心が傷付きそうだし」

「あれあれぇ? それは遺言のつもりなのかなぁ?」

 

 エステラの笑顔からどす黒いオーラが吹き出してくる。

 ほら見ろ。弾力不足だからす~ぐ怒る。弾力不足だから!

 

「モーマット、ちょっといいかい?」

「ん? な、なんだよ?」

 

 エステラが地べたに這いつくばるモーマットの腕を引き立ち上がらせる。

 そして、俺から遠ざかるように距離を取って、こそこそと耳打ちをし始めた。

 エステラの視線はチラチラとこちらを窺っている。

 なんつーか、探られているみたいで非常に不愉快だ。

 

 っていうか、モーマット。

 お前気付いてないかもしれないけど、そいつ、お前が「一度くらいは話をしてみたい高嶺の花だ」つってたヤツだぞ。

 

 モーマットがエステラにつられるように俺を見て、「なるほどぉ」と言わんばかりの表情で大きく頷いた。

 ……何を入れ知恵されやがった…………

 

「さぁ、モーマット。交渉の再開だ」

「こら、エステラ。お前何を……」

「ヤシロォ!」

 

 声がデカいよ、モーマット。

 俺がモーマットのバカ声に耳を塞いでいる隙に、エステラはモーマットの背後へと避難しやがった。

 くそ……こんな当て馬の相手してないで、サクッと敵の将を仕留めるのが得策だってのに……

 

「俺たちは困っているんだ! この野菜を1500Rbで買ってくれ!」

 

 入れ知恵された結果がそれか?

 泣き落としの声がデカくなっただけじゃねぇか……なんとも稚拙な……

 

「とりあえず一度、責任者と話し合ってみてくれ!」

「……責任者…………」

 

 背中にじったりと汗が浮かぶ。

 ……そうか、エステラ。そういうことか…………

 

「さぁ、後ろにいるジネットちゃん……いや、『陽だまり亭・本店』の最高責任者と協議してくれ!」

 

 …………くそ。

 俺がこの体勢から、絶対に視線をずらさなかったことに気が付いていやがったのか…………

 

 俺の左斜め後ろには、ジネットが立っている。

 俺は、この交渉が終わるまで、絶対にそちらを見ないと決めていた……なぜなら…………

 

「さぁ、ジネットちゃんを見ろ、ヤシロォ!」

「……くっ!」

 

 呪いにでもかかったかのように、俺の首がゆっくりとジネットの方へと向いていく。

 これはなんだ……ジネットの念か? モーマットの執念か!?

 嫌だ……見たくない…………今、こんな状態でジネットの顔なんか見ちまったら…………

 

「…………ヤシロさん……」

 

 もし、ジネットが夜の闇を引き裂く朝陽なのだとしたら、俺はそれに照らされた吸血鬼か何かなのだろう。

 ジネットの顔から発せられる『なんとかしてあげられないでしょうか?』オーラに当てられ、俺の体細胞が塵と化していく。

 他人の足元を見て、欺き、己の利益を少しでも得ようとする俺の中の邪悪なる闇の部分が、天上から差す聖なる光に照らされて浄化されていくのが手に取るように分かる。

 

 だからな、ジネット。

 そのウルウルした瞳にすべての想いを詰め込んで、囁くように俺の名前呼ぶの、やめてくれるかなぁ……

 つか、その技、使用限度設けない?

 チートだ、チート。

 

 ズッリィよなぁ…………

 

「あ~ぁ…………………………………………分かったよ」

「ヤシロさんっ!」

「ぅぉおおおっ!」

「ふふ……」

 

 ジネットが手を鳴らして表情を輝かせ、モーマットが握りしめた二つの拳を振り上げて雄叫び、エステラが遠くで腕を組んだまま余裕の笑みを漏らす。

 ……あぁ、あぁ、もう……煩わしい。

 

「その代わり、さっきの言葉を忘れるなよ?」

「へ? なんだ?」

 

 すっとぼけモーマットに釘を刺しておく。

 こいつ、マジで忘れかねないからな。

 

「俺が何か協力を要請した時は、何がなくとも協力しろよ! 最優先でだ!」

「あぁ! 任せとけ!」

 

 任せられねぇ……

 

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