「なんだか、すごく大事になってきましたね」
企画の芽が出る瞬間を目の当たりにしていたジネットが、どんどん加速していく規模の拡大に戸惑いを覗かせる。
企画立案から準備段階の間というのは、だいたいこんなものだ。
やりたいことをあれこれと詰め込み、それらがどこまで可能で、どこから切り捨てるか、こいつは経験が物を言うのだが、その見極めが難しい。しかし、一度波に乗ってしまえば企画は一気に加速しノーストップで走り抜けていくのだ。
体力の限界を気力でカバーするようになってからが本番だ。まだまだこんなもんじゃない。もっともっと加速していくのだ。
この祭りは絶対に成功させる。
イメルダを納得させるには、ちょっとやそっとの感動ではダメなのだ。
直感に訴えかけるような、揺るぎない『楽しさ』がそこになければ、きっとあのお嬢様は納得しない。
見下していた四十二区。それが想像をはるかに超える変貌を見せ、己の価値観を揺さぶられた高揚感。そんなテンションで宿泊したウーマロ自慢の最高級の宿。
そんなものが入り混じって、相乗効果で天井知らずなまでに高評価をつけたのだろう。
その評価を上回らなければいけないのだ。上書きしてしまう必要があるのだ。
中途半端じゃいられない。
やるならとことんだ。
そして、イメルダを納得させ、木こりギルドの支部と街門を街の西南に建設させる。
そこまで行ってようやく街道が作られるのだ。
すべては、俺の利益のために!
揺るがないぜ、俺は。
やると言ったらやるのだ。
この祭り、絶対成功させて、ガッポガッポ儲けてやるからなぁ!
見てろよ!? ガッポガッポだからな! 笑いが止まらなくなるんだからな!
「な、なんだかヤシロさんがとても燃えています! すごいやる気ですっ!」
「……な~んか、ヤシロがこういう顔をすると裏がありそうなんだよねぇ…………」
「そんなことないですよ。きっとヤシロさんは、この四十二区をよくしたい一心で行動されているんですよ」
「ヤシロが……?」
「もしかしたら! 精霊神様の素晴らしさ、尊さに気付かれて、アルヴィスタンとして開眼されて……っ!」
「それはない。うん。それだけはないよ、ジネットちゃん」
エステラが言いたい放題だが、概ね当たっているので反論はしない。
ふん。裏も何も、俺は最初から陽だまり亭の前に街道を通すことだけを考えて行動してるんだっつの。
パスタも売れるようになったしな。
俺の目論みはだいたいうまくいく。ふはは、才能が怖いぜ。ふふん。
「ヤシロさん。もしわたしにお手伝いできることがあれば、なんでも言ってくださいね」
妙な勘違いを信じきっているような顔で、ジネットが俺にグイッと詰め寄ってくる。
胸の前で手を組み、まるで俺を拝むかのような格好で。
「わたしに出来ることでしたら、どんなことでも協力させていただきますので!」
この無防備な顔……この笑顔は親しい者の前でしか見せないと、エステラは言っていた。
……親しいね。
ならいつか頼んでみるかな。
実は俺、女の子とお祭り行くのが夢だったんだよな。
そう言ったら、こいつは付き合ってくれるだろうか。
あぁ、そうだ。
さっきの自分の考えを少し訂正しておきたい。
陽だまり亭の前に街道を通すことだけを考えて行動していたと言ったが……
商売柄、四十二区内であっても遠出が出来ないジネット。
なら、楽しいものを近くに持ってきてやれば、こいつも楽しいのではないか……
そんな企みが俺の心の隅っこで確かに燻っていた。っていうのは、否定できない。
だから、陽だまり亭の前に街道を通すこと『だけ』ってのは無しで。
「それじゃあ、さっそく実行委員に入ってくれそうな人のところを回ろうか」
「あぁ。ジネット。俺とロレッタが抜けるが、店は大丈夫そうか?」
「はい。妹さんたちがお手伝いをしてくださいますので、なんとかなりますよ。マグダさんも、今日は狩りがありませんし」
そいつはよかった。
これから祭りまでの間は、街全体が忙しくなるだろう。
ジネットたちにも迷惑をかけてしまうことになるだろうが……でも大丈夫だろう。
ジネットなら、その忙しさまでもを「楽しい」と言ってくれるに違いないからだ。
文化祭の前の忙しさって楽しいだろ?
あれと同じだ。
夜の学校に泊まり込んで、それこそ徹夜で準備をしたりして――あの楽しさを味わえる数少ない機会なのだ。
折角なので、俺も楽しんでしまおうと思う。
そうでもなきゃ、実行委員長なんて面倒くさいことやってられないからな。
「よぉしっ! それじゃあ、これから祭りまで、全力で駆け回るぜ!」
「はい!」
「ほどほどに願いたいね」
「今から楽しみです、出店…………精霊神様に感謝を示すお祭りが」
「おい、そこの本音ぽろりエルフ」
「精霊神様に感謝を示すお祭りが」
「二回言っても誤魔化せないからな?」
「精霊神様に感謝を示すお祭りが、とても、楽しみです」
「……出店はやっぱり無し、って言ったら?」
「中止です」
「精霊神が食い物に負けてんじゃねぇかっ!?」
「もう、シスターは……ダメですよ?」
すちゃらかなシスターを諌めるようにジネットが言い、エステラは呆れた様子ながらもその光景に頬を緩ませる。
俺もつられて笑い、俺たちの企画は動き出した。
これから始まる大きなプロジェクトにテンションが上がり…………俺は失念していた。
文化祭になぞらえて今の状況を説明したわけだが…………
夜の校舎は何も楽しいことだけではないことを……
それこそ、文化祭なんて行事がない時はそっちの噂しか耳にしないってことを……
そんなところまでなぞらえる必要はないってのに…………
俺は、祭りの準備を進める最中、巻き込まれてしまうことになるのだ……
幽霊騒動なんて、ふざけたものに……
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