異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

挿話17 マグダ×アイズ 上巻

公開日時: 2021年2月11日(木) 20:01
文字数:5,181

 天井……

 マグダの部屋の、天井。

 毎朝、一番最初に見る光景。

 

 ――チャリ。

 

 そして、いつも最初に聞く物音は、廊下を歩く足音と小銭の音。

 ヤシロがポケットに入れている小銭がぶつかる音。

 そして、静かなノックの音と……ドアを開けてマグダに問いかけてくるヤシロの声……

 

「マグダ。もう起きてるか? 入るぞ」

 

 もう起きている。

 けれど、マグダはいつも起きていないことにする。

 

 ベッドに近付いてくるヤシロに、マグダのしどけない寝姿を見せつけるために。

 今日は、気だるげなポーズで、セクシーさをアピールしてみる。

 

「……むふ~」

「すごい寝相だな、首の筋おかしくするぞ?」

 

 ……おかしい。

 生唾ごっくんものの悩殺ポーズのはずなのに。

 

「起きられるか?」

 

 マグダの頭を撫で、ヤシロが聞いてくる。

 当然、起きられる。もう、脳も体も覚醒しているのだ。

 これは寝たフリなのだ。

 

「……むにゅ…………あと七十分」

「長ぇよ」

 

 実は、嘘だ。

 意識だけは起きているが、体が重い。まぶたが開かない。……とにかく眠い。

 朝、早起きできる人間なんて、本当は存在していないというのがマグダの持論だ。

 朝は起きるものではない。朝とは、もう一度寝るものなのだ。

 

 早起きが出来る店長は規格が普通に人間からほんのちょっと逸脱しているのだ。あのおっぱいを見ても分かるように、店長は普通の人類とは違う、アナザーヒューマン……いや、ネオヒューマンなのだ。……つまり、おっぱいが大きいと早起きが出来る……えっ、眠気はおっぱいに隔離することが…………可能?

 

 なんということだろうか……マグダはまたひとつ、世界の真理を解き明かしてしまった……わけ……だ………………むにゅむにゅ……

 

「おい、こら! 二度寝すんな!」

 

 ヤシロはまだ知らない。胸が控えめな女子は眠気を隔離することが出来ない、これは仕様。

 だから、二度寝は当然許された権利…………むにゅむにゅ……むにゅう…………誰が無乳か。エステラじゃあるまいし。

 

「起ーきーろー。今日は魔獣のスワーム討伐に行くんだろ?」

「……そうだった」

 

 一気に眠気が吹き飛んでいった。

 今日は、狩猟ギルド本部と四十二区支部の合同狩猟が行われるのだ。

 ギルド長、メドラ・ロッセルと共に森へ行ける、初めての機会。逃すわけにはいかない。

 

 マグダも、いつかあの強さを手に入れるために。

 同じ戦場に立つチャンスを逃すわけにはいかない。

 

「……着替える」

「んじゃ、下に行ってるからな」

 

 なぜ下に行くのか。

 手伝ってもいいのに……ヤシロは少々強引さに欠ける。『押し』にはとことん弱いくせに。

 

 ほんの少しの不満を覚えつつ、マグダは『外』行きの服へと着替える。

 街門の外は街の中とは違う。

 命を守るための装備に身を包み、愛用のマサカリを握る。

 これを持つと気合いが入る。『敵』を見つけ次第に斬りかかれそうなほどに。

 

 一階へ降り、食堂のフロアへ出ると……

 

「ダーリン! 今日は頑張ってくるから、応援しておいておくれよ!」

 

 メドラ・ロッセルがいた。

 マグダは、床を蹴って一気に懐に潜り込む。

 

 強襲――

 

「おぉ、気合いが入ってるね虎っ娘!」

 

 しかし、巨大なマサカリの一撃を、メドラ・ロッセルはじゃれつくネコをいなすような手つきで軽く受け止める。

 

「しかし、いくら寝ぼけてるからって、アタシを魔獣と間違うのは失礼なんじゃないのかい?」

 

 強者の余裕に満ちた笑みを向けられる。

 くっ……強い。

 

「いや、起き抜けにお前を見たら、俺も同じような行動を取る。もっとも、俺は腕力に自信がないからソッコーで逃げるけどな」

「んもぅ! ダーリンのいけずぅ! 冗談が過ぎるよ!」

「……冗談じゃ、ないんだけどな」

 

 メドラ・ロッセルが、数十年もの間ひた隠しにしてきていたであろう女の武器……『かわいらしさ』を遺憾なく発揮しヤシロへとこれでもかと浴びせかける。

 明確な好意を寄せられて、嫌な気分になる男はいないと聞く。……ヤシロもおそらく、満更ではないはず。あの心底嫌そうな「やっべぇ、夜食食ってたらリバースしてたかもしれねぇ」みたいな顔も、きっと照れ隠し。すなわち、好意の裏返し……メドラ・ロッセルもそれが分かるからこそ、攻めの手を休めない。

 

 さすがと言わざるを得ない。

 メドラ・ロッセルは相手の特性をよく把握し、最良の戦法を瞬時に展開する、狩猟ギルドの長に相応しい経験と智謀、そしてそれを即実行できる判断力を持っている。

 

 ヤシロは、『押し』に弱い。

 まさか、これほどの短期間でヤシロの弱点を見抜ける女が現れるとは……

 そしてもう一つ…………ヤシロは三度の飯より巨乳が大好き。

 

 すなわち、メドラ・ロッセルは…………マグダの恋敵。

 

「……やぁー」

「おいおい、虎っ娘! ゆっくり考えた後で攻撃を再開するってのはどういう了見だい?」

 

 ……くっ。やはり物理攻撃では太刀打ちできない……か。

 

「……ヤシロ」

「ん?」

 

 何も言わず、ただジッとヤシロを見つめる。

 ヤシロなら、きっとこれで分かってくれる。

 

「……はいはい。まったく、お前は甘えん坊だな」

 

 軽く息を吐き、ヤシロがマグダの頭を撫でる。

 そして、耳の付け根をもふもふと軽く揉んでくれる。

 

「……むふー!」

 

『甘えん坊』という見解はいささか遺憾ではあるが、もふもふのためならば致し方なく、甘んじて受け入れる所存である。

 

 ちらりとメドラ・ロッセルを見やると、羨ましそうにマグダを見つめている。……いや、もふもふしているヤシロを見つめている。……あれは、捕食者の目。

 

「……よしっ!」

 

 メドラが、何かを思い至ったように手を打つ。……と、馬車と馬車が正面衝突したような音が鳴る。……あそこに挟まれると……死ぬ。

 

「……はぁぁぁあああああああっ!」

「なんだなんだなんだ!? どうした、メドラ!?」

 

 メドラ・ロッセルが腰を落とし、前屈みになり全身に闘気をみなぎらせる。

 陽だまり亭が吹き飛ばされそうな荒々しさで闘気が舞い乱れる。

 そして、メドラ・ロッセルの頭にぴょこんと耳が生える。

 

「……ダーリン………………ジィィィィ」

 

 そして、ヤシロを見つめる。

 ガン見。

 凝視。

 ロック・オン。

 

「ご…………ごめんなさい、今、お金とか、なくて……」

 

 メドラ・ロッセルの熱視線を、ヤシロはカツアゲと判断したらしい。

 致し方ない。

 察しの悪さもヤシロらしさの一つ……もっとも、察しが良過ぎてワザと外している可能性も微レ存…………

 

「んも~ぅ! ダーリンのいけずぅ!」

 

 脇をキュッと締め、握り拳を頬に当てるぶりっこポーズで上半身を「イヤイヤ」と揺するその様は…………かわいい。

 メドラ・ロッセル……強敵。

 おそらく、ヤシロのドストライク。ヤシロはきっと、こういう押しの強い巨乳に弱い。陥落も時間の問題。

 ……うかうかしていられない。

 

 マグダの目にはただのバケモノにしか映らなくとも、男にとってこういう従順な女子は無条件で可愛く見えるものだと聞く。

 また「アバタもエクボ」という言葉もある…………侮れない。

 

「おーい、マグダ! 準備できて…………ママッ!?」

 

 陽だまり亭へとやって来たウッセ・ダマレが、店内で「イヤイヤ」と体を揺するメドラ・ロッセルを目撃して白目を剥く。……あ、なんとか気絶を免れた。強い精神力。伊達に支部の代表は任されていない。

 

「ヤシロ…………お前の守備範囲は四次元級か……」

「なぜ俺に言う!? つか、いいからお前ら、さっさと四十一区行けよ! なんでここに集まってんだよ!? 門があるのは四十一区だろうが!」

「俺はマグダを迎えに来たんだよ」

 

 ウッセ・ダマレがマグダを指さして言う。

 今日は狩猟ギルドの馬車に乗って、支部の面々と一緒に四十一区へ向かうことになっていた。

 が、わざわざ迎えに来る必要などないのに……

 

 ウッセ・ダマレの魂胆は分かっている。

 

「ウッセさん。おはようございます。今日は頑張ってくださいね」

「お、おぉ、店長さんか! 奇遇だな! お、おう! 頑張るぜ! 任せとけ!」

 

 ……身の程知らずにも、ウッセ・ダマレは店長のファンなのだ。

 チラチラと、視線が店長の胸元へと行ったり来たりしている。課金制にしてやろうか? ……あ、ダメだ。ヤシロが破産する。

 

「……メドラ・ロッセル」

「ママと呼びな、虎っ娘!」

 

 ……………………くわっ。

 

「嫌そうな顔すんじゃないよ!」

 

 マグダのママは世界にただ一人なので、メドラ・ロッセルをママとは呼べない。

 

「ギルドにはギルドのルールがあるんだ! そいつが守れないんなら、首にしちまうよ?」

 

 それは、困る……

 マグダは狩猟ギルドの一員であるからこそ、陽だまり亭に置いてもらえている身。

 ちらりと店長を見る。

 

「どうかしましたか、マグダさん?」

 

 マグダがいなくなると、また店長は一人で頑張り過ぎてしまう……

 そして、ヤシロを見る。

 

「ん?」

 

 ヤシロには…………マグダが必要。理由はいらない。きっと必要。いないと泣く。……泣け。

 

 ならば、マグダは狩猟ギルドを追い出されるわけにはいかない。

 必要としてくれる人がいるから。

 だから……

 

「………………メドラママ」

「ふん………………、まぁ、いいだろう」

 

 ここがぎりぎりの妥協点。

 

 それよりも、メドラ・ロッセルには報告しておかなければいけないことがある。

 

「ウッセ・ダマレは重度の巨乳好き」

「おぉい、マグダ!? お前、何言い出してんだ!? お、おおおお、俺がいつそんなことを……!」

「……巨乳とあらば見境なくガン見・チラ見の大暴走」

「聞けよ、人の話ぃ!」

「ウッセ、あんた! アタシの胸をそんな目で見てたのかい!?」

「見てねぇよ、ママ!?」

 

 メドラ・ロッセルに詰め寄られ、ウッセ・ダマレは顔を真っ青にする。

 ふむ。これくらいの罰は受けておくべき。

 

「テメェ、マグダ! あとで覚えてろよ!」

「……ウッセ・ダマレ」

「んだよ!?」

「…………なぜ、呼び捨て?」

「え……なに、お前? 俺にさん付け強要する気? つか、お前が俺を呼び捨てにしてる方が問題だろうがよ」

 

 まったく、これだからウッセ・ダマレは……

 

「……人間には、『格』というものがある」

「なんで俺を格下に見てくれてんだ、テメェは!?」

「つか、お前ら、いいからさっさと行けよ」

 

 朝から騒がしいウッセ・ダマレがヤシロに怒られる。ウッセ・ダマレだけが。

 

「……怒られてやんの」

「お前も含まれてるからな!?」

 

 ウッセ・ダマレが意味のよく分からないことを言う。そうだ、無視をしよう。

 

「……しーん、無視」

「あっ、お前っ、ムカつく!」

 

 ムキになるウッセ・ダマレは、まるで子供のようだ。

 やだやだ。成長できない大人は……

 

「マグダさん」

 

 そして、成長し過ぎた大人である店長が、マグダの前にやって来る。

 

「……今朝もけしからん」

「なんの話でしょうか!?」

 

 そう言いながらも胸を隠す。

 もう、分かってるくせに……

 

「今日は、ギルド長のメドラさんたちとご一緒ということで、マグダさんは後方支援であると伺っています」

 

 不安そうな顔をして、ギュッと、マグダの両手を包み込むようにして握りしめる。

 

「お仕事を一所懸命頑張ることは尊いことですが、どうか、くれぐれもお怪我などされませんように……マグダさんが無事に帰ってくることを、精霊神様にお祈りしておきますね」

 

 いつも、マグダが狩りに出る前に、店長はこうしてマグダの無事を祈ってくれる。

 ここに来るまで、一度もされたことがなかった。

 ここに来てからは、必ずされている……

 

 これが当たり前になっても、マグダはきっと感謝の心を忘れない。

 

「……店長のおっぱいに誓って」

「どこに何を誓ったんですか!?」

 

 マグダの手を離し、またおっぱいを隠す店長。

 ……課金制になると、マグダも相当お金を持っていかれてしまうかもしれない。……どうにかウッセ・ダマレからだけ徴収できないものか……

 

「もぅ、マグダさん。女の子がそういうことを口にしてはいけませんよ」

「……気に留めておく」

「気を付けないと、ヤシロさんみたいになっちゃいますよ」

「ん。じゃあジネット。あとで今の発言の真意について詳しく聞かせてくれるかな?」

「はぅ!? す、すす、すみません、つい、出来心で……」

 

 店長は、ちょっと天然だ。

 

 ………………訂正。かなり天然だ。

 

 この店はいい。

 ここに住んでいると、出掛ける度にこう思う。

 

『ちゃんと、帰ってこよう』……と。

 

「……ヤシロ、店長。行ってくる」

「おう、気を付けてな」

「マグダさん。これ、お弁当です。お腹が空いたら食べてくださいね」

「…………多い」

「はい。朝ご飯とお昼と、『赤モヤ』使用時の保険で、合計五つです」

「……助かる」

 

『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』を略したことは気になるが、まぁ店長なら仕方ない。正式名称を覚えるとか。ちょっと、店長には難しいはず。

 

「ダーリン。アタシも頑張ってくるからねっ!」

「はいはい。精々頑張ってこい」

「うんっ!」

 

 メドラ・ロッセルが満面の笑みを浮かべる。

 ヤシロ、もしかして……猛獣使いの素質が……

 

「んじゃあ、行くよあんたたち!」

「おう!」

「……了解」

 

 そうして、マグダたちは陽だまり亭を後にした。

 

 

 

 

 

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