異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

298話 促進と打倒と宣伝を兼ねて -1-

公開日時: 2021年9月17日(金) 20:01
文字数:3,381

『Re:Born』販売促進のため、情報紙打倒のため、ついでに素敵やんアベニューのオープンが間近に迫ったのでその宣伝もかねて、なんと全四十名にも及ぶ大キャラバン隊が結成されることになった。

 

 移動は巨大な三頭立ての馬車を四台も使い、仰々しく外周区を渡っていく。

 新しいスイーツなどを紹介する料理隊。

 メイクやファッションなどオシャレを提案する美容隊。

 マッサージや体操などを体験できる健康隊。

 しみ抜きや家具の修理など暮らしに役立つ情報を提供する生活隊。

 以上四つの部隊が連なり、三十五区へ向けて一泊二日の日程で行脚するのだ。

 

 そんな大規模な催し物は、準備にも時間がかかるし、受け入れる側にも準備が必要だ。プレゼンをする者たちの練習や、人員が抜けることで生じる仕事の穴の補填など、決めることが様々ある。

 そもそも、キャラバンをまとめる者の人選、キャラバンに参加する者たちに定めるルールの構築などなど、基本的なところすら決まっていないのだ。

 こりゃあ出発はずっと先になるだろうな。

 早くて一ヶ月後か、二ヶ月後か……

 

「――って思ってたら、なんで二日後に出発なんだよ!?」

 

 アッスントがそんな話を持ち掛けてきたのが昨日だから、実質三日――いや二日半で出発することになる。

 

「即断即決が、ボクの長所だからね」

「計画性皆無の無鉄砲っていうんじゃないのか、それ?」

「大丈夫! ナタリアのGOサインも出てるし」

「依存し過ぎだろ、領主様よぉ」

「ボクの参謀がこう言ったんだよ。『有能な人材を使いこなしてこその領主だろうが』ってね。細かいニュアンスは忘れたけど」

 

 誰が参謀だ。

 そんな役職に就いた覚えはないし、報酬ももらった記憶がねぇよ。

 つか、細かいニュアンスを忘れたも何も、一言一句間違わずに覚えてんじゃねぇか。

 定期的に『会話記録カンバセーション・レコード』とか読み返してんじゃねぇだろうな。

 

「こういうのはさっさとやっちゃわないと、またどこから横やりが入るか分からないからね」

「どこからって? あっちからだろ?」

 

 四十二区の西側、崖の上の三十区を指さして言ってやる。

 

「あそこから発進して、どのルートを通ってくるか分からないだろ? 昨日もね、土木ギルド組合から手紙が届いたんだよ」

「組合から?」

 

 ぺらっと、ぺたっとした胸元から手紙を取り出すエステラ。

 組合の役員が領主に送るにしてはペラペラだ。

 

「ぺったんこだな」

「手紙が、だよね?」

 

 あぁ、すまん。

 今なんか、似たような擬音がいっぱい頭の中に浮かんできててさ、ついこの場に一番適しているであろう擬音が口をついて出てきちまったぜ。

 

「実に簡素な内容だったよ。『今後、トルベック工務店に仕事を依頼するなかれ。違反すれば、組合に所属する土木ギルドの人員は一人たりとて貸さない』ってさ」

「いらねぇだろ、他所者なんて」

「うん。だから、速攻で手紙を送り返しておいたよ。『組合の関係者は一人も必要ありませんのでご心配なく』ってね。こっちも輪をかけてペラッペラの手紙でね」

「見ただけで誰から届いたか分かるようにか?」

「手紙の薄さでボクだと認識するような無礼な組織は合法的に潰しに行くよ!?」

 

 やっべ、じゃあ俺潰されちゃうじゃん。

 

「それにしても、すげぇ人が集まったな」

「なんだかんだ、みんな楽しみにしてるんだよ。この街が変わるのをさ」

 

 情報誌に『Re:Born』なんて名前を付けたが、ここの連中は生まれ変わるというより覚醒していくって感じだな。

 アッスントが対外的に跳び回るのはこれまでもあったが、陽だまり亭や領主関係者以外の、本当になんの変哲もない連中が他区に出かけて新しい文化を宣伝するなんて、ちょっと前の四十二区じゃ考えられなかったよな。

 アッスントに泣かされて、「ご飯が高くて買えない……」なんて嘆いていた頃のこいつらじゃな。

 

「ヤシロさ~ん! エステラさ~ん!」

 

 ジネットが俺たちを見つけて駆けてくる。

 うん、訂正。

 走っているつもりな顔で歩いてくる。気持ち肩がいつもより揺れている。

 

 俺たちは今、街門前広場に来ている。

 話を聞いたハビエルが、取って置きだといういい馬を十二頭も貸してくれることになり、現在その馬たちはイメルダの館の馬小屋で面倒を見られている。

 その馬に合わせて、三頭立ての巨大な馬車を作るということで、トルベック工務店&カワヤ工務店の大工を数十名引っ張り出してきて、急ピッチに作業が進められている。

 大まかな設計はウーマロがやり、そこから先は作りながら各隊の者たちに「こういうのが欲しい」とか「もっとこうしてほしい」という要望を聞きながら臨機応変に改良を加えて作られていく。

 ……作り手としたら、かーなーりーやりにくい作り方だ。最初に「これ!」と決めてくれた方が作るのは断然楽だ。作業が始まってからの変更なんて、面倒くさくて聞いてられない。

 実際、カワヤ工務店の大工たちは注文が入る度に「今それを言うか!?」とか「さっきそれはいらないって言ったじゃん!」とか、いちいち頭を抱えている。

 一方のトルベック工務店はというと、「あ、やっぱこれはあった方がいいでしょ? そうだと思って作っておきましたよ」「え? ここを取り外しできるように? じゃあ五分で改良します」と、テキパキと作業を進めている。

 やっぱり、経験の差だよなぁ。

 

「「どっかの誰かさんに無茶ぶりばっかりされてるから、トルベック工務店の大工はタフになったもんだ」」

 

 と、俺が今まさにエステラに言いたかった言葉をエステラが俺に向けて発してくる。

 いやいや、お前だからな!?

 

 とかなんとかやっている間に、ジネットがちょっとずつちょっとずつ近付いてくる。

 遅いなぁ、お前は。

 

「はぁ、はぁ、お待たせしました」

 

 ナイスバウンド。

 

「むぅっ、懺悔してください」

 

 何も言ってないのに!?

 

「ヤシロ、視線。あとほっぺたが融解してるよ」

 

 マジかぁ。まぁ仕方あるまい。

 ばるんばるんだったしな。真正面の特等席だったし。

 

「そっちはどうだ、順調か?」

「はい。ゼルマルさんが頑張ってくださったおかげで、出かけ先でも十分なパフォーマンスが発揮できるかと思います」

 

 大工は港の工事で忙しい。

 だが、横暴な領主が思いつきで無茶な大事業を持ち込んだせいで人手が足りない。

 そんなわけで、とっとと引退した老い先短い元家具職人まで引っ張り出されたわけだ。

 木工細工ギルドの古株らが、ゼルマルの周りに集まって一緒に作業を行っている。

 一丁前に慕われてやがる。

 

「ムム婆さんにいいところ見せたいからって……年寄りの冷や水って耳元で百回唱えてきてやろうかな」

「うふふ。叱られますよ」

 

 は?

 返り討ちですが?

 

「ゼルマルに何を作ってもらったんだい? 調理台か何かかな?」

「いいえ、椅子です」

「……イス?」

 

 若干、嫌な予感がする。

 エステラもその気配を感じ取ったようで、微かに頬が引きつっている。

 

「はい。深く腰掛けられて、手すりもしっかりしているので多少暴れても転倒したり転げ落ちたりはしないだろうと、ゼルマルさんが太鼓判を押してくださいました」

「なんでお前、健康隊の方にいるの!?」

 

 お前は料理隊だろ!?

 

「今回、お料理隊の陽だまり亭代表はクレープをマスターしたロレッタさんにお願いしました」

 

 キャラバンではスペースが限られる関係で、なんでもかんでも作れるわけではない。なので、陽だまり亭からは現在一番ホットなクレープを商品として紹介する予定でいる。

 クレープは生地の薄さはもちろん、クリームの盛り付けやフルーツのカットなどその見た目も重要になる。

 

「フルーツはジネットが切らなきゃだろ!?」

「はい。そこはわたしが担当して、たくさん下ごしらえしておきます」

 

 ダメだー!

 こいつ、何がなんでも健康隊で足つぼやるつもりだー!?

 ついに、料理よりも優先されるものが登場してしまったー!

 

「マグダさんは美容隊でモデルをされる予定ですし、みなさんで精一杯頑張りましょうね」

「エステラ、区間抗争に発展したらごめんな」

「いや、大丈夫……だと、思…………い、たい」

 

 エステラも、ジネットの暴走は度々目撃している。

 なまじ、ジネットだけに「いい加減しろ!」とツッコミにくい。

 

 どうか、死人だけは出ませんように。

 

 とりあえず、俺は先んじて健康隊に確保しておいた自分のマッサージスペースが、意図せずジネットを見張る大切なポジションになるんだろうなぁ、なんてことを感じていた。

 

 

 

 そんな波乱含みで、キャラバンの準備は進んでいく。

 

 

 

 

 

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